

性交痛のうち、腟への挿入時に入口付近が痛むものを表在性の痛み、深い挿入や性交中・性交後に骨盤の奥が痛むものを深部の痛みとして整理します。「性交痛で奥が痛い」という訴えでは、子宮内膜症、卵巣腫瘤、骨盤内の癒着、骨盤内炎症性疾患などを鑑別します。ただし、痛みを感じる場所と原因となる組織が一対一で対応するわけではなく、骨盤底筋機能障害や潤滑不足などでも、深部痛を含む症状が起こり得ます。
参考)https://www.aafp.org/afp/2021/0515/p597
臨床では、患者の「奥」という表現をそのまま臓器名に置き換えないことが重要です。「入口を通過するときか、深く入ったときか」「下腹部の中央か、左右のどちらかか」「性交が終わった後も残るか」と具体化します。表在痛と深部痛が併存する患者もいるため、どちらか一方に無理に分類せず、複数の痛みのパターンを記録します。痛みの部位、強さ、持続時間、誘発する行為を組み合わせることで、診察で確認すべき対象が明確になります。
診療の軸となるのは、
深部性交痛
を単なる体位や挿入の問題として片づけず、身体的要因と心理社会的要因を並行して評価することです。性交痛は生活の質、親密な関係、精神的健康にも影響します。一方、不安があることや画像で異常が見つからないことを根拠に「気のせい」と結論づけるべきではありません。複数の要因が関わり得る症状として、患者の体験を否定せずに評価を進めます。
American Family Physician:Dyspareunia in Women
子宮内膜症を疑う重要な症状の一つが、性交中または性交後の深部痛です。月経痛、慢性骨盤痛、月経に関連する排便痛や排尿症状、不妊の相談が重なる場合は疑いが強まります。一方、分泌物の変化、不正出血、下腹部痛などを伴う場合には、骨盤内炎症性疾患も考えます。発熱の有無だけで感染症を除外できず、症状が軽い場合にも注意が必要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 子宮内膜症 | 深部性交痛に月経痛、慢性骨盤痛、周期性の排便痛・排尿症状などが重なる | 診察や超音波検査が正常でも否定できない。 |
| 骨盤内炎症性疾患 | 下腹部痛に加え、子宮頸部移動痛、子宮圧痛、付属器圧痛などを認める | 分泌物や不正出血が手がかりになるが、軽症例もある。 |
| 卵巣嚢胞などの卵巣腫瘤 | 性交時の痛みが左右いずれかに偏り、付属器の触診で圧痛を認めることがある | 経腟超音波検査で病変の有無を評価する。 |
| 骨盤底筋機能障害 | 骨盤底筋の触診で疼痛や緊張を認め、性交後の鈍痛や排尿・排便の困難を伴うことがある | 入口の痛みと深部の痛みの両方を生じ得る。 |
| 癒着・慢性骨盤内炎症 | 骨盤手術歴や骨盤内炎症の既往があり、深い挿入で鋭い痛みが起こることがある | 内診で骨盤内臓器の可動性低下を認める場合がある。 |
| 間質性膀胱炎・膀胱痛症候群 | 深部痛とともに尿意切迫、頻尿、夜間頻尿などを認める | 膀胱底の圧痛や排尿症状を手がかりに評価する。 |
| 潤滑不足・閉経関連の腟粘膜変化 | 乾燥感や灼熱感があり、入口から内部にかけて痛みを感じる | 授乳、閉経、使用薬剤などの背景も確認する。 |
子宮後屈などの解剖学的特徴が深部痛に関与する場合もありますが、位置の所見だけで原因を確定することは避けます。体位との関連、子宮を動かした際の疼痛、付属器の異常、子宮内膜症の可能性などを合わせて判断します。また、子宮内膜症などの骨盤内病変と骨盤底筋の圧痛が同時に存在する可能性も考え、一つの病名を見つけた時点で評価を終わらせないことが大切です。
問診は、患者が性的な悩みを安心して話せる環境で行います。パートナーの性別や性的行動を決めつけず、診療に必要な範囲で具体的に尋ねます。「性交で痛むことはありますか」と入口を作り、痛みの部位や時間的経過、膀胱・腸管症状、出産や授乳、過去の治療を確認します。暴力や性被害の可能性も配慮すべき背景ですが、回答を強要せず、患者が話せる範囲を尊重します。
緊急度の判断では、性交痛として相談された場合でも、現在の主症状が急性の下腹部痛になっていないかを見極めます。突然の強い痛み、強い片側痛、嘔吐、発熱などがある場合は、卵巣捻転、卵巣嚢胞に関連する病態、重症感染症、虫垂炎などを含む急性腹症の鑑別が必要です。妊娠の可能性がある下腹部痛では異所性妊娠も考え、慢性的な性交痛の評価だけで済ませないようにします。
骨盤内炎症性疾患が疑われ、外科的緊急疾患を除外できない場合、卵管卵巣膿瘍がある場合、妊娠中、重症で嘔吐や高熱がある場合、外来内服治療が困難な場合などは、入院を含めた対応が必要になります。「性交のときだけ相談しづらい痛み」として受診が遅れないよう、症状の強さと全身状態に基づいて受診先や対応速度を判断します。
診察では、何を確認するための診察かを説明し、患者の同意と忍容性を確認しながら進めます。外陰部の視診に続き、必要に応じて綿棒による圧痛の確認、潤滑した一指による骨盤底筋の評価を行います。筋を触れた際の疼痛や緊張、膀胱底の圧痛、子宮や付属器の異常を段階的に調べます。最初から腟鏡や双合診を一律に行うのではなく、症状と診察の必要性に合わせて進めることが重要です。
双合診では、子宮の大きさや位置、可動性、子宮頸部移動痛、子宮・付属器の圧痛や腫瘤を確認します。子宮内膜症が疑われる場合には、後腟円蓋の圧痛を伴う結節や骨盤内臓器の可動性低下などが手がかりになります。内診を希望しない場合や適さない場合には、腹部診察と画像検査などを組み合わせて評価します。内診ができなかったことを理由に、訴え自体の評価を中断しないことが大切です。
検査は鑑別に沿って選択します。子宮内膜症が疑われる場合、NICEは診察所見が正常でも経腟超音波検査を提案しています。卵巣子宮内膜症性嚢胞や深部子宮内膜症、ほかの骨盤内病変を調べる目的です。経腟検査が適さない場合や患者が希望しない場合には、経腹超音波検査を検討します。深部病変の診断や広がりの把握には、専門的な超音波検査や骨盤MRIが役立ちます。
特に重要な限界は、診察と超音波検査が正常でも子宮内膜症を除外できないことです。症状が持続・再発する、日常生活に支障がある、初期治療で改善しない場合には、画像が正常でも婦人科への紹介を検討します。腹腔鏡による評価が必要になる場合もありますが、全員に最初から手術を求めるものではありません。なお、血清CA125を子宮内膜症の診断に使用しないことも、NICEの推奨に含まれます。
感染症が疑われる場合には、淋菌・クラミジアなどの検査を行い、診察所見と統合します。ただし、子宮頸部の淋菌・クラミジア検査が陰性でも、上部生殖器の感染は除外できません。CDCは、性感染症リスクがあり、ほかに原因を特定できない骨盤痛・下腹部痛に、子宮頸部移動痛、子宮圧痛、付属器圧痛のいずれかを認める場合、骨盤内炎症性疾患の経験的治療を開始する考え方を示しています。三つすべての圧痛を必須とすると、診断の感度が低下します。
治療は「奥が痛い」という症状名に一律の薬を当てはめず、推定される原因と患者の希望に合わせます。子宮内膜症に関連する疼痛では、鎮痛薬やホルモン療法などを検討し、効果不十分、忍容性不良、禁忌、生活への大きな影響がある場合は専門診療へつなげます。治療の選択は病期だけでなく、疼痛、本人の優先事項、妊娠希望を踏まえて行います。現在妊娠を希望している場合には、ホルモン療法による疼痛管理と妊娠に向けた方針を分けて検討する必要があります。
骨盤内炎症性疾患では、後遺症を防ぐために、臨床的に疑った段階で適切な抗菌薬治療を遅らせないことが重要です。CDCでは、外来治療開始後72時間以内に改善しない場合、診断、治療内容、入院の必要性を再評価するとしています。また、治療終了、症状消失、必要なパートナー治療が完了するまで性交を控えるよう説明します。抗菌薬の具体的な選択は、妊娠、アレルギー、重症度などを考慮し、実際の診療地域で適用される指針に沿って判断します。
骨盤底筋の圧痛や過緊張が関与する場合には、骨盤底機能に詳しい専門職による理学療法を検討します。骨盤底の問題をすべて筋力低下と考えるのではなく、筋の緊張、疼痛、収縮と弛緩の状態を評価したうえで介入を選びます。膀胱症状、排便困難、腰や鼠径部の痛みが重なる場合には、それらも治療対象として扱います。必要に応じて婦人科、泌尿器科、疼痛診療、リハビリテーションなどの連携を検討します。
乾燥や潤滑不足がある患者には、潤滑剤や腟保湿剤が選択肢になります。ただし、深部痛が続く患者に「潤滑剤を使えばよい」とだけ説明すると、子宮内膜症や感染症などの評価が不十分になり得ます。性交時の深さや体位の調整が役立つ場合もありますが、痛みを我慢して続けることを治療目標にはしません。心理療法や性に関するカウンセリングも、身体疾患の評価の代わりではなく、必要に応じて組み合わせる支援として位置づけます。
患者説明では、「原因は一つとは限らない」「画像が正常でも症状を説明する病態が残る」「治療の反応を見ながら評価を更新する」と伝えます。子宮内膜症が疑われる場合には、月経周期、性交時・性交後の痛み、排尿・排便症状を記録した日誌が診療に役立ちます。再診時には痛みの強さだけでなく、持続時間、日常生活への影響、治療への満足度、妊娠希望の変化を確認し、症状が持続する場合は専門紹介を含めて方針を見直します。