

「忘れる病気ではないか」という相談を受けたとき、医療従事者が最初に整理したいのは、もの忘れという症状と、その背景にある病気・状態の違いです。もの忘れがあるだけで認知症とは診断できません。一方、認知症には、記憶障害よりも言語、判断、行動、視空間認知などの変化が目立つ場合もあります。認知症とは、さまざまな原因で認知機能が障害され、日常生活に支障が生じている状態を指します。
参考)もの忘れと認知症 | 国立長寿医療研究センター
患者が「覚えられない」と表現していても、評価する機能は記憶だけではありません。注意が続かない、会話を理解しづらい、物事の手順を組み立てられない、慣れた場所で迷うといった問題が、本人や家族には「忘れる」という言葉でまとめて伝えられることがあります。問診では、実際に何が起きたのかを具体的に聞き、記憶、注意、言語、実行機能などのどこに困難があるのかを整理します。
鑑別の出発点として重要なのは、経過です。徐々に進む変化なのか、急に普段と違う状態になったのかによって、優先する評価が変わります。米国国立老化研究所は、認知機能低下の原因として、認知症だけでなく薬剤の副作用、代謝・内分泌異常、感染症などに伴うせん妄、うつ病を挙げています。慢性的なもの忘れの相談でも、こうした原因を見落とさないことが必要です。
参考)Assessing Cognitive Impairment…
国立長寿医療研究センター「もの忘れと認知症」
加齢によるもの忘れでは、出来事の細かな部分を忘れても、手がかりによって思い出せることがあります。一方、認知症に伴うもの忘れでは、経験した出来事そのものを忘れ、生活に支障が生じる場合があります。ただし、これは典型的な傾向を説明したものであり、「ヒントで思い出せたから認知症ではない」といった単独の判断には使えません。認知機能の評価と日常生活の情報を組み合わせて判断します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 加齢に伴うもの忘れ | 年齢相応の認知機能の変化で、生活に大きな支障がない。 | 出来事の一部を忘れても、手がかりで思い出せることがある。 |
| 軽度認知障害(MCI) | 年齢相応を超える認知機能低下があるが、日常生活への支障は大きくない。 | 認知症とは区別され、進行する場合も、正常な認知機能に戻る場合もある。 |
| 認知症 | 認知機能の障害によって、日常生活に支障が生じている。 | 記憶以外の機能障害でも生活上の問題が起こる。 |
| 急に生じた混乱 | 突然、注意、会話、場所の理解などが普段と違う状態になる。 | 慢性的な認知症の評価より、緊急性のある原因の確認を優先する。 |
軽度認知障害は、MCIと略されます。本人や家族が変化を感じ、認知機能の低下が認められても、日常生活への大きな支障がなければ、認知症とは区別されます。「MCIなら必ず認知症になる」という説明は不正確です。認知症へ進行する人がいる一方で、正常な認知機能に戻る人もいるため、原因評価と経過観察を組み合わせます。
生活機能の確認では、食事、着替え、入浴などに加え、服薬管理、金銭管理、買い物、電話、交通機関の利用、食事の準備を具体的に尋ねます。「生活できている」という一言だけで終えず、誰がどの作業を担っているのか、以前に比べて何が難しくなったのかを把握します。国立長寿医療研究センターも、これらの生活能力をもの忘れ外来の評価項目として挙げています。
認知症の原因疾患には、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症、正常圧水頭症などがあります。なかでもアルツハイマー型認知症は最も多い原因疾患で、海馬やその周辺の障害に関連して、新しい記憶が損なわれることが多いとされています。ただし、「最近のことを忘れる」という訴えだけで原因疾患を確定することはできません。
臨床で重要なのは、認知症を疑う評価と並行して、治療や調整によって改善し得る要因を探すことです。薬剤、抑うつ、甲状腺機能異常、ビタミンB12欠乏、代謝異常などは鑑別に含まれます。ただし、原因への介入が可能であることと、認知機能が完全に回復することは同義ではありません。認知症など別の原因も背景にないかを含め、評価を続けます。
参考)Caring for Older Patients With…
参考)Checking your browser - reCAPT…
服薬確認では、薬の名称を集めるだけでは不十分です。実際に指示どおり服用できているか、飲み忘れや重複服用がないか、薬を管理する人がいるかも確認します。薬剤が認知機能に影響している可能性と、認知機能の低下によって安全な服薬が難しくなっている可能性の両方を考える必要があります。
「昨日までは普段どおりだったのに、今日は場所が分からない」「突然、会話がかみ合わなくなった」という変化は、年齢のせいや慢性的な認知症と決めつけてはいけません。英国NHSは、突然の混乱について、生命に関わる原因が含まれるため、直ちに医療援助を求めるよう案内しています。徐々に増えてきたもの忘れとは、受診の緊急度を分けて扱います。
急な混乱の原因には、感染症、脳卒中や一過性脳虚血発作、糖尿病患者の低血糖、頭部外傷、処方薬の影響、アルコール関連の問題、てんかん発作などがあります。「忘れる」という訴えだけでは原因を特定できず、自己判断で様子を見ることは危険です。急に普段と違う状態になった場合は救急評価につなげ、日本では必要に応じて119番で救急要請します。
医療機関へつなぐ間は、本人のそばに付き、誰が付き添っているのか、今どこにいるのかを短い言葉で伝えます。混乱している人に多数の質問を続けるのは避け、安心できる対応を優先します。使用している薬を確認し、受診時に持参できるようにすることも役立ちます。
もともと認知症がある人でも、突然の変化を「いつもの症状」として扱わないことが重要です。NHSは、認知症のある人でも感染症が急な混乱の原因となり得ると説明しています。普段の状態を知る家族や介護者から情報を得て、今回の変化が急に生じたものかどうかを確認することが、緊急性の判断に役立ちます。
緊急性を評価した後は、本人の訴え、家族などからの情報、認知機能、行動、生活機能を組み合わせて確認します。米国国立老化研究所は、本人や家族から認知機能への懸念が示された場合、その内容を診療録に記録し、認知・行動・生活機能の評価につなげることを勧めています。「もの忘れあり」とだけ記録せず、同じ質問を繰り返す、薬の管理ができなくなった、といった具体的な変化を残すことが有用です。
問診では、発症時期、変化の経過、既往歴、服薬、生活状況、支援者の有無を整理します。本人への面接を大切にしつつ、日常をよく知る家族や介護者の情報も得ます。両者の話が異なる場合も、一方を直ちに否定するのではなく、具体的な出来事や支援の実態を確認します。家族などへの情報共有は、本人の同意と意向に配慮して進めます。
短時間の認知機能評価は、詳しい評価が必要かを判断する入口になります。ただし、簡便な検査の結果だけで認知症を診断することはできません。使用する検査は、対象者の言語、年齢や背景、実施環境、評価者の習熟度などに応じて選択します。検査結果と訴えが一致しない場合も、本人・家族の情報や生活機能の変化を含めて評価を続けます。
身体診察に加え、原因の鑑別に必要な血液検査や画像検査を検討します。血算、甲状腺機能、ビタミンB12、血糖、電解質、腎機能などは、認知機能低下の評価で確認される項目です。また、もの忘れ外来では、神経心理学的検査や、脳萎縮・脳梗塞などを確認する頭部MRI等を組み合わせて診断を進めます。検査は病歴や診察所見を踏まえて選択し、結果を生活上の問題と結び付けて解釈します。
専門的な評価が必要な場合は、もの忘れ外来などへ紹介します。診断の目的は病名を付けることだけではなく、治療可能な原因への対応、服薬の適正化、安全上の問題への対処、本人と家族の支援計画につなげることです。原因が明確になる前でも、薬の管理や金銭管理に困難があれば、現在の生活で必要な支援を検討します。
説明では、「忘れる病気だから何もできない」とも、「検査に大きな異常がないから問題ない」とも言い切らない姿勢が求められます。本人が何に困っているのか、今どの程度の支援が必要なのかを共有し、評価結果に応じて経過を確認します。家族・介護者にも情報と支援を提供し、本人の意思を尊重しながら、多職種や関係する専門職とケアを調整することが重要です。