

「咳と熱だけがある」「鼻水も喉の痛みもない」という訴えから、特定の病原体や疾患を確定することはできません。咳を主症状とする急性気管支炎、インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、肺炎などが鑑別に入ります。厚生労働省は、急性呼吸器感染症(ARI)を、病原体による急性の上気道炎または下気道炎を呈する症候群の総称としています。つまり、同じ咳と発熱でも、感染の部位と原因微生物は一様ではありません。
参考)令和7年度 急性呼吸器感染症(ARI)総合対策に関するQ&A…
医療従事者が最初に意識したいのは、患者のいう「だけ」と、診察で確認できる所見を区別することです。患者が息切れや食欲低下を主症状として認識していない場合もあるため、訴えの数をそのまま重症度に置き換えるべきではありません。日本呼吸器学会によると、肺炎では咳、痰、息切れ、胸痛、発熱などがみられますが、高齢者では典型的な症状が乏しく、「いつもと様子が違う」「ぼんやりしている」「食欲がない」といった変化から発見されることがあります。
参考)A-04 市中で起こる肺炎 - A. 感染性呼吸器疾患|一般…
問診では、現在の症状だけでなく、発症からの時間軸を確認します。最初に咽頭痛や鼻汁があり、その後に咳が目立つようになったのか、発熱と咳がほぼ同時に始まったのか、一度軽快した後に再び発熱したのかでは、評価すべき病態が変わります。感冒では症状が順番に出現することがあり、通常の経過から外れて進行性に悪化する場合や、軽快後に再増悪する場合には、二次的な細菌感染症の合併を検討します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001630903.pdf
また、「咳と熱だけだから風邪」と説明するより、「現時点で何を疑い、どの所見から緊急性を判断したか」を明確にすることが重要です。特に高齢者や心肺疾患などの基礎疾患を持つ患者では、ウイルス性気道感染症であっても呼吸困難を伴い、入院が必要になる場合があります。健康な成人の軽症例を前提とした考え方を、そのまま高リスク患者へ当てはめないようにします。
鑑別では、病名を列挙するだけでなく、咳の持続期間、発熱の推移、流行状況、接触歴、胸部所見を結び付けて判断します。厚生労働省の「抗微生物薬適正使用の手引き」では、発熱や痰の有無を問わず、咳を主症状とする急性気道感染症を急性気管支炎に分類しています。ただし、肺炎が疑われる患者では、その評価を別に進める必要があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 急性気管支炎 | 咳が主症状で、発熱や痰を伴うことがある。 | 原因の多くはウイルス。膿性痰だけで細菌性とは判断できない。 |
| インフルエンザ | 比較的急速に出現する発熱、倦怠感、筋肉痛などが手掛かりになる。 | 咳を伴うが、症状だけで新型コロナウイルス感染症と確実に区別することは難しい。 |
| 新型コロナウイルス感染症 | 発熱、呼吸器症状、接触歴、地域の流行状況を合わせて評価する。 | 鼻症状や咽頭痛の有無だけで判断せず、必要に応じて病原体検査を検討する。 |
| 市中肺炎 | 発熱と咳に加え、息切れ、胸痛、診察所見などを確認する。 | 診察、胸部エックス線画像、血液検査などを用いて診断する。 |
| 百日咳 | 長引く強い咳、咳込み後の嘔吐、吸気時の笛声、患者との接触が手掛かりになる。 | 症状のみでの診断は困難であり、流行状況に応じた検査を考慮する。 |
| 肺結核 | 咳が2~3週間以上続く場合には鑑別に加える。 | 単なる咳の遷延として扱わず、接触歴などと合わせて検討する。 |
「乾いた咳だからマイコプラズマ」「黄色い痰だから細菌感染」といった単純化にも注意が必要です。日本呼吸器学会は、若年者の市中肺炎では肺炎マイコプラズマの頻度が高いとしていますが、年齢や咳の性状だけで原因菌を確定できるわけではありません。また、急性気管支炎では膿性痰や痰の色の変化だけでは細菌性かどうか判断できないとされています。病原体の推定と、肺炎の有無の判断を混同しないことが大切です。
咳が長引いている場合は、発熱も続いているのかを分けて確認します。急性気道感染症による咳は2~3週間続くことがありますが、それは「発熱が続いていても同じ期間は放置してよい」という意味ではありません。咳の遷延だけなのか、全身状態の悪化や再発熱を伴うのかを見極め、必要に応じて診断を見直します。
咳と熱だけを訴える患者の初期対応では、病原体を当てることより先に、重症度を評価します。厚生労働省は、高熱が続く場合、呼吸が苦しい場合、意識状態がおかしい場合などに、早めの医療機関受診を勧めています。医療現場でも、呼吸状態や意識の異常を認める患者を、通常の軽症外来と同じ優先度で扱わないことが重要です。
胸部画像検査を考える際には、対象患者の条件を限定して基準を使います。厚生労働省の手引きでは、基礎疾患がない70歳未満の成人について、体温38℃以上、脈拍100回/分以上、呼吸数24回/分以上というバイタルサインの異常と、胸部聴診所見の異常がいずれもなければ、通常は胸部レントゲン撮影は不要とされています。これは、いずれかを満たせば必ず肺炎という診断基準ではなく、画像検査の必要性を考えるための情報です。
逆に、「咳と熱だけ」で実測体温が38℃以上ある患者は、この画像検査を通常不要とする条件を満たしていません。ただし、それだけで全例に画像検査を行うという意味でもありません。呼吸数、脈拍、胸部所見、基礎疾患、経過を合わせて判断します。また、この考え方を乳幼児、高齢者、慢性呼吸器疾患患者、免疫不全患者へ機械的に外挿しないよう注意します。
乳幼児は症状を正確に訴えることが難しく、成人と同じ分類で評価しにくい集団です。小児の発熱では、気道症状があっても菌血症や尿路感染症などへの配慮が必要とされています。成人の「咳と発熱」の診療手順を、そのまま乳幼児へ適用せず、年齢に応じた診療につなげます。
検査を選ぶ際には、「肺炎があるかを調べたいのか」「原因病原体を確認したいのか」という目的を整理します。市中肺炎の診断では、診察所見、胸部エックス線画像、血液検査が用いられ、肺炎と診断した場合には原因微生物を調べる検査が追加されます。病原体検査だけで胸部病変の有無まで判断しようとせず、臨床評価と画像検査の役割を区別します。
インフルエンザと新型コロナウイルス感染症は臨床症状が重なるため、症状だけで両者を鑑別することは困難です。厚生労働省の手引きでも、地域の流行状況によっては両方を考慮し、同時に検査する場合があるとしています。鼻水や咽頭痛がないことを理由に、どちらか一方を除外するのではなく、流行状況と検査結果が治療判断に与える影響を考えて選択します。
発症からの時間も、検査と治療を組み立てるうえで重要です。インフルエンザでは、適切な時期に抗ウイルス薬を開始すると発熱期間の短縮などが期待されますが、全患者への投与が必須ではありません。新型コロナウイルス感染症でも、抗ウイルス薬ごとに投与開始時期や禁忌、併用薬の確認事項が異なります。重症化リスクがある患者では、発症日と内服薬を初診時に把握し、治療機会を逃さないよう評価します。
長引く強い咳では、急性期と同じ検査を繰り返すだけでなく、鑑別そのものを更新します。百日咳が疑われる場合には、接触歴や咳込み後の嘔吐などを確認し、核酸検出検査などを検討します。また、咳が2~3週間以上続く場合には結核も考慮する必要があります。「最初は風邪らしかった」という情報より、現在の経過が想定内かどうかを重視します。
咳と発熱がそろっていても、それだけで抗菌薬の適応にはなりません。厚生労働省は、感冒に対して抗菌薬を投与しないこと、慢性呼吸器疾患などの基礎疾患や合併症がない成人の急性気管支炎では、百日咳を除いて抗菌薬を投与しないことを推奨しています。熱が高い、咳が強い、痰に色が付いているといった情報だけで、細菌感染と判断しないことが基本です。
一方、抗菌薬を控えることを優先するあまり、細菌性肺炎などの治療を遅らせてもいけません。ウイルス性疾患に抗菌薬は効きませんが、高齢者や慢性疾患患者、免疫機能が低下している患者では、ウイルス感染に細菌感染が重なることがあります。この場合は、合併した気管支炎や肺炎などに対する治療として抗菌薬が使用されることがあります。「ウイルス感染らしい」という初期判断を、再増悪後も固定しないことが重要です。
外来で経過観察とする場合には、十分な休養と水分補給を基本として説明します。また、「抗菌薬は不要です」だけで終わらせず、急性気道感染症では咳が2~3週間続く場合があること、咳が残ることだけで細菌感染の合併を意味するわけではないことを伝えます。そのうえで、高熱の持続、息苦しさ、意識状態の変化、いったん改善してからの悪化があれば再評価が必要であると説明します。
患者説明の例としては、「現時点では抗菌薬が必要な病態を積極的に疑う所見はありません。ただし、今後の経過で判断が変わる可能性があります。咳が残ることはありますが、呼吸が苦しくなる、熱が続く、いったん良くなってから悪化する場合は再度受診してください」と伝える形が考えられます。処方の有無と、今後の観察が必要かどうかは別の問題として説明します。
感染対策についても、症状の軽さだけで省略しないようにします。厚生労働省は、急性呼吸器感染症の症状がある場合、人混みへの外出を控えること、無理に学校や職場へ行かないこと、咳エチケットを実践することを勧めています。医療従事者が患者に説明する際も、休養、周囲への感染予防、再受診の目安を組み合わせ、診察後に何をすればよいかが分かる形にすることが大切です。
厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版 医科・外来編」
本稿は、主として外来における医療従事者の情報整理を目的とした解説です。個別患者の診療では、年齢、基礎疾患、免疫状態、診察所見、施設の診療体制に応じて判断してください。特に抗微生物薬の処方では、最新の電子添文を確認し、必要に応じて専門医へ相談することが求められます。