

膠芽腫(こうがしゅ、glioblastoma)は、成人型びまん性神経膠腫に分類される悪性の原発性脳腫瘍です。2021年WHO中枢神経系腫瘍分類では、成人型びまん性神経膠腫を、乏突起膠腫、IDH変異型星細胞腫、IDH野生型膠芽腫に大別します。膠芽腫はCNS WHOグレード4に位置づけられますが、これは一般的ながんで使う「ステージ4」と同じ意味ではありません。グレードは腫瘍の生物学的な悪性度を示すもので、遠隔転移の存在を意味するものではありません。
参考)神経膠腫(グリオーマ) 治療:[国立がん研究センター がん情…
医療従事者が注意したいのは、従来の「IDH変異型膠芽腫」と現在の診断名の違いです。2021年WHO分類では、IDH変異を有するグレード4の星細胞系腫瘍は「星細胞腫、IDH変異型、CNS WHOグレード4」として扱い、IDH野生型膠芽腫とは区別します。過去の臨床試験や患者向け資料を読む際は、その研究で用いられた病理分類を確認する必要があります。旧分類の膠芽腫集団を、そのまま現在のIDH野生型膠芽腫だけの集団と捉えると、予後や治療効果の解釈にずれが生じます。
膠芽腫の治療を難しくする大きな要因が、周囲の脳実質への浸潤です。画像で見える腫瘤と正常脳の間に明瞭な境界があるとは限らず、造影される病変を摘出しても、周辺に腫瘍細胞が残存する可能性があります。そのため、画像上の全摘出は、腫瘍細胞をすべて除去したことや治癒を保証するものではありません。手術に放射線治療と薬物療法を組み合わせる理由は、この浸潤性にあります。
なお、日本脳腫瘍学会の2024年版膠芽腫ガイドラインの公開本文には、病理分類の記載が前版を継承し、2021年WHO分類に準拠していない旨が明記されています。診療ガイドラインを利用する際も、治療の推奨と病理分類の更新状況を分けて読む姿勢が重要です。
参考)日本脳腫瘍学会オフィシャルホームページ! Welcome t…
国立がん研究センター「神経膠腫(グリオーマ)治療」
脳腫瘍の症状は、病変の部位と周辺脳への影響によって変わります。頭痛、悪心・嘔吐、てんかん発作に加え、運動麻痺、言語障害、視覚の変化、認知機能や性格の変化などが診断の契機になります。これらは膠芽腫に特異的な症状ではないため、発症様式と神経学的所見を整理し、他の占拠性病変や脳血管障害なども含めて評価します。
画像診断ではMRIを中心に病変の局在、造影所見、周囲の浮腫、浸潤の広がりを評価します。一方、急性の意識障害や出血が疑われる場合などには、迅速に撮影できるCTが重要です。ただし、画像所見のみで膠芽腫を確定することはできません。転移性脳腫瘍、中枢神経系原発悪性リンパ腫、膿瘍などとの鑑別を含め、原則として摘出術または生検により組織を採取し、病理学的診断と分子診断を統合します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 造影MRI | 腫瘍の局在、造影病変、周囲の浮腫や広がりを評価する | 画像だけでは確定診断できず、病理所見との統合が必要。 |
| IDH1・IDH2 | 成人型びまん性神経膠腫の分類に関わる | IDH変異型星細胞腫グレード4とIDH野生型膠芽腫を区別する。 |
| 壊死・微小血管増殖 | 膠芽腫を支持する代表的な組織学的所見 |
組織所見が乏しくても、分子所見が診断に関わる場合がある。 |
| EGFR・TERT・染色体7/10 | 適切な診断文脈で膠芽腫を支持する分子所見 | 特にTERTプロモーター変異単独では、他の所見との慎重な統合が必要。 |
| MGMTプロモーターメチル化 | アルキル化薬の治療効果予測と予後評価に関わる |
膠芽腫という腫瘍型そのものを決める検査ではない。 |
MGMTは、アルキル化薬によって生じたDNA損傷の修復に関わる酵素です。MGMT遺伝子のプロモーター領域がメチル化され、発現が抑制されている腫瘍では、一般にテモゾロミドの利益が大きい傾向があります。ただし、これは「メチル化があれば必ず効く」「非メチル化なら無効」という二分法ではありません。特に高齢者や併用治療が難しい患者では、全身状態とともに治療選択を支える情報として用います。
初発膠芽腫の治療の基本は、神経機能を温存しながら可能な限り腫瘍を摘出し、その後に放射線治療とテモゾロミドを組み合わせる集学的治療です。手術には、診断に必要な組織を確保する意義と、腫瘍量を減らして圧迫や頭蓋内圧上昇を軽減する意義があります。運動野や言語野などに近い場合には、覚醒下手術、術中モニタリング、手術ナビゲーション、5-ALAを用いた蛍光診断などを病変の条件に応じて利用します。
目標は、摘出率だけを高めることではなく、術後の生活機能と追加治療を受けられる状態を守ることです。深部病変や重要な神経機能に関わる病変など、広範な摘出で重大な障害が予想される場合には、生検を選択し、その後の治療につなげます。摘出度と良好な予後には関連がありますが、観察研究には年齢、病変の位置、全身状態などによる選択の影響がある点も理解しておく必要があります。
維持テモゾロミドについては、国内の患者向け情報に6~12コースとする記載もあります。一方、EANOガイドラインでは、6コースから12コースへの延長による無増悪生存期間・全生存期間の改善は示されていないとしています。長く継続するほど効果が高いと説明するのではなく、根拠となる標準的な期間、施設方針、患者の病勢と有害事象を区別して検討することが大切です。
テモゾロミド治療では、悪心、便秘、倦怠感だけでなく、血小板減少、好中球減少、リンパ球減少などに注意します。特にリンパ球減少は日和見感染のリスクにつながるため、血球数の推移やステロイド併用などを踏まえ、ニューモシスチス肺炎の予防を検討します。また、日本脳腫瘍学会ガイドラインでは、治療前にHBs抗原、HBc抗体、HBs抗体を測定し、B型肝炎の状態に応じて専門医と連携することを推奨しています。投与量や休薬・減量の判断は、最新の電子添文と施設の管理手順に従います。
脳浮腫に伴う症状にはステロイドを用いますが、症状改善と副作用の両方を評価します。高血糖、感染、消化管障害などに注意し、神経症状と投与量の推移を記録することが重要です。てんかん発作を認める患者では抗発作薬による管理が必要ですが、発作歴のない患者に対する一律の予防投与とは分けて考えます。不要な投薬による有害事象や相互作用を避ける視点も欠かせません。
治療後のMRIで重要なのが偽増悪です。化学放射線療法後、治療に伴う変化によって造影病変が一時的に増大し、腫瘍が進行したように見えることがあります。特に放射線治療終了後の約3カ月以内は、真の増悪との鑑別が難しい時期です。造影病変の増大だけで直ちに治療失敗と判断すると、有効な維持療法を中断する可能性があります。画像の経時変化に加え、神経症状、全身状態、ステロイドの必要量を合わせて判断します。
一方、画像上の増大をすべて偽増悪とみなすことも危険です。急速な神経症状の悪化、強い頭痛や嘔吐、意識状態の変化がある場合には、腫瘍進行だけでなく脳浮腫、出血などの評価を急ぐ必要があります。鑑別困難な症例では追加の画像評価や再手術による組織確認を検討しますが、単一の所見だけで確実に区別できるとは限りません。
膠芽腫では、初期治療後も局所再発が大きな課題になります。再発時には、病変の局在と広がり、前治療からの期間、神経症状、全身状態、本人の希望を踏まえ、再手術、薬物療法、再照射、臨床試験などを検討します。初発時のように全例へ適用できる単一の治療方針ではなく、得られる利益と治療負担を症例ごとに評価することが必要です。局在した再発病変に対して定位放射線照射を考慮する場合もあり、初発時と再発時では位置づけが異なります。
薬物療法の選択肢の一つがベバシズマブです。血管新生に関わるVEGFの働きを抑え、脳浮腫やそれに伴う神経症状の改善を期待して用いることがあります。ただし、腫瘍の縮小や浮腫の軽減を、そのまま治癒と同義に説明してはいけません。高血圧、蛋白尿などを確認し、治療目的が症状緩和なのか、病勢の制御なのかを患者・家族と共有します。
また、条件を満たす患者では、がん遺伝子パネル検査を通じて治療候補や臨床試験を探す場合があります。ただし、遺伝子異常が見つかることと、有効な治療へ到達できることは同じではありません。研究段階の治療を紹介するときは、期待される効果だけでなく、適格条件、通院や入院の負担、不確実性も説明し、標準治療との位置づけを明確にします。
予後説明では、研究集団の数値と患者個人の見通しを区別することが重要です。2005年に公表されたStuppらの試験では、放射線単独群の生存期間中央値は12.1カ月、テモゾロミド併用・維持療法群は14.6カ月でした。これは当時の登録条件と病理分類に基づく試験結果であり、現在のすべての患者の余命を示す数字ではありません。生存期間中央値は、集団の半数が生存していた期間を示す統計値であり、個人の生存期間の上限でもありません。
患者ごとの見通しは、年齢、全身状態、術後の神経機能、摘出状況、MGMTプロモーターメチル化などによって異なります。予後を伝える際には、単一の数字を断定的に提示するのではなく、治療で目指すこと、今後起こり得る変化、本人が大切にしたい生活を一緒に確認します。診断名や研究成績の説明と、患者の希望を踏まえた意思決定支援は切り離せません。
緩和ケアとリハビリテーションは、治療を尽くした後だけに行うものではありません。診断時から頭痛、倦怠感、不安などに対応し、運動障害や高次脳機能障害に応じて理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などが介入します。認知機能の変化は本人が自覚しにくい場合もあるため、家族の観察を診療に取り入れ、服薬、通院、在宅生活を支える体制を整えることが、膠芽腫診療における重要な実践となります。
米国国立がん研究所「中枢神経系腫瘍の治療・医療従事者向けPDQ」