

熱射病とは、暑熱環境への曝露や運動による熱産生などを背景に、著しい高体温と意識障害などの中枢神経障害を生じる、生命に関わる病態です。英語ではheat strokeと呼ばれます。単に「暑さで体調が悪くなった状態」ではなく、全身性炎症反応や多臓器障害を伴い、死亡や神経学的後遺症につながる可能性がある救急疾患として理解する必要があります。
参考)熱射病 - 22. 外傷と中毒 - MSDマニュアル プロフ…
熱中症は、暑熱に関連して発生する健康障害をまとめた総称です。めまい、筋痙攣、頭痛、悪心などを呈する比較的軽い病態から、意識障害や臓器障害を伴う重症例までを含みます。熱射病はこの幅広い病態のうち重症側を表す言葉であり、熱中症と対立する別の疾患ではありません。日本の診療では、熱痙攣、熱疲労、熱射病という名称だけで判断するのではなく、日本救急医学会の重症度分類を用いて必要な医療介入につなげます。
参考)https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf
病態の中心となるのは、熱そのものによる細胞障害と、発汗や水分摂取不足に伴う脱水です。循環血液量の減少に加え、損傷した細胞から放出されるDAMPsと呼ばれる分子が炎症反応を促進し、血管内皮障害や凝固異常に関与します。その結果、播種性血管内凝固症候群(DIC)や多臓器不全へ進展することがあります。このため、水分を補えばすべて解決する病態ではありません。
発症状況からは、運動や肉体労働に伴う労作性熱射病と、日常生活の暑熱曝露を背景とする古典的・非労作性熱射病に分けて捉えます。後者では高齢者、基礎疾患のある人、冷房を十分に使用できない人などへの注意が必要です。屋外で激しい運動をしている若年者だけでなく、暑い住居内で反応が鈍くなった高齢者も重要な診療対象になります。
熱射病を疑う際に重視するのは、暑熱曝露の状況、高体温、中枢神経症状の組み合わせです。会話がかみ合わない、見当識が低下している、異常行動がある、歩行が不安定、痙攣している、呼びかけに反応しないといった所見は、単なる疲労として扱わないことが重要です。また、熱射病でも発汗が認められるため、「汗をかいているから熱射病ではない」という判断は誤りです。
日本救急医学会の2024年版ガイドラインでは、従来のⅢ度を細分化して最重症群のⅣ度を新設しました。Ⅳ度の基準は、深部体温40.0℃以上、かつGCS8以下です。ただし、heat strokeという病態概念と、日本のⅣ度という最重症区分は完全に同じ範囲ではありません。Ⅳ度に該当しない場合でも、中枢神経障害や肝・腎障害、凝固異常があれば、重症熱中症として治療が必要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| Ⅰ度 | めまい、立ちくらみ、大量の発汗、筋肉痛、筋肉の硬直など | 冷所での安静と水分・電解質補給を行い、症状の改善を確認する |
| Ⅱ度 | 頭痛、嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下など | 医療機関での評価が必要となる段階として捉える |
| Ⅲ度(2024) | 中枢神経症状、肝・腎機能障害、血液凝固異常のいずれかを認め、Ⅳ度に該当しないもの | 入院管理や積極的冷却を含む集学的治療を検討する重症群 |
| Ⅳ度 | 深部体温40.0℃以上、かつGCS8以下 | 早急な積極的冷却と集中治療を要する最重症群 |
| qⅣ度 | 表面体温40.0℃以上または皮膚に明らかな熱感があり、かつGCS8以下またはJCS100以上 | 深部体温を測定できない現場で最重症例を疑うための迅速判定 |
上表は日本救急医学会の重症度分類と診療上の要点を整理したものです。qⅣ度はⅠ~Ⅳ度に追加された独立の重症度ではなく、Ⅳ度の可能性が高い患者を現場で拾い上げるための概念です。該当した場合には、深部体温による評価と並行して、迅速な冷却および高次医療機関への搬送につなげます。
GCSは開眼・言語反応・運動反応で意識状態を評価する尺度であり、8以下は重度の意識障害を示します。分類を記録すること自体が目的ではなく、最重症例を見逃さず、冷却と全身管理を早期に開始することが導入の狙いです。特に「Ⅳ度の基準を満たさないので積極的冷却は不要」と解釈しないよう注意が必要です。
熱射病の診断は、病歴と身体所見を軸に臨床的に行います。単一の血液検査で確定できる疾患ではありません。暑熱環境にいたか、運動や作業をしていたか、いつから意識や行動に変化が出たか、どのような冷却や補水が行われたかを確認し、意識状態、循環動態、体温、臓器障害を総合して判断します。
深部体温の評価には、直腸温や膀胱温などを用います。腋窩や皮膚表面の温度と深部体温は同じではないため、重症例の判断を表面温だけに依存しないことが大切です。一方で、深部体温を測定する準備に時間がかかるからといって、明らかな高体温と重度意識障害のある患者への対応を止めるべきではありません。qⅣ度の考え方を活用し、評価と治療を並行して進めます。
検査値は、熱射病の確定診断だけでなく、合併する横紋筋融解、急性腎障害、肝障害、DICなどを把握するために重要です。ただし、日本救急医学会は、特定のバイオマーカーだけで重症度や予後を判定できるほどの根拠は十分でないとしています。意識状態や尿量、循環動態と併せて評価し、検査値だけで安全性を判断しない姿勢が求められます。
鑑別疾患には、感染症、悪性症候群、甲状腺クリーゼなどがあります。暑熱曝露があるという理由だけで、ほかの高体温や意識障害の原因を検討しないのは危険です。また、感染症などの基礎病態と熱中症が併存する場合もあるため、「ほかの原因が見つかったので熱中症ではない」と機械的に切り分けることも避けます。
熱射病が疑われる場合の中心的な治療は、積極的冷却です。医療機関外では直ちに救急要請し、暑熱環境から離して余分な衣服を除去し、安全に実施できる冷却を開始します。院内では気道・呼吸・循環の評価と支持、深部体温測定、静脈路確保などを並行して進めます。意識障害がある患者に無理に飲水させず、補液を含む管理を医療者が判断します。
日本救急医学会の2024年版ガイドラインは、重症熱中症に対して点滴だけでなく、Active Coolingを含めた集学的治療を早急に行うことを提案しています。ここでいうActive Coolingには、冷水浸漬、蒸散冷却、体表冷却機器などが含まれます。一方、涼しい部屋での休息や冷蔵保管された輸液製剤の投与は、このガイドラインではPassive Coolingに分類され、重症例に対する積極的冷却の代わりにはなりません。
冷却方法の選択では、国内外の推奨を区別して読む必要があります。日本の2024年版は、個別の冷却法に推奨順位を付けていません。一方、米国集中治療医学会(SCCM)の2025年ガイドラインは、迅速な体温低下が得られる冷水・氷水浸漬を、利用できる環境では優先する方針を示しています。両者に共通するのは、方法の検討に時間を費やすより、実施可能な有効な冷却を速やかに進めるという方向性です。
冷却目標について、SCCMの2025年ガイドラインは39℃未満を目標とし、症状を認識してから30分以内に目標体温へ到達できる方法と、毎分0.155℃以上の冷却速度を優先するよう示しています。ただし、これは30分間待ってよいという意味ではありません。実際の冷却終了判断は、深部体温の推移、使用する方法、施設の手順に基づき、過冷却を避けながら行います。
参考)Guideline for the Treatment of…
アセトアミノフェン、NSAIDs、サリチル酸系薬剤を体温低下目的で routinely使用することは、SCCMでは避けるよう示されています。熱射病の高体温を感染症などによる発熱と同じように扱い、解熱薬の効果を待つ対応は適切ではありません。また、熱射病に対するダントロレン投与も推奨されておらず、薬剤による体温管理を積極的冷却の代替にしないことが重要です。
SCCM「Guideline for the Treatment of Heat Stroke(2025)」
体温が下がったことだけで、熱射病の治療が完了したとは判断できません。中枢神経障害、肝・腎障害、横紋筋融解、凝固異常などの評価を継続し、臓器障害に応じた支持療法を行います。重症度の再評価では、深部体温だけでなく、意識状態、呼吸・循環動態、尿量、検査値を組み合わせて、入院や集中治療の必要性を判断します。
補液についても、すべての患者に同一の量を投与するという発想ではなく、脱水と循環不全の程度、心疾患・腎疾患などの背景、尿量や電解質を踏まえて調整します。重症熱中症の診療は、「冷却か補液か」の二者択一ではありません。熱による障害に対する冷却と、脱水や循環障害に対する治療を同時に組み立てることが基本です。
再発予防では、患者本人の知識だけでなく、生活環境や支援体制を確認することが重要です。独居で発見が遅れる、介護が必要で自力の飲水や移動が難しい、冷房を使用していないといった背景は、退院後にも残る場合があります。家族や介護職と情報を共有し、室温管理、飲水支援、定期的な見守りなど、実行可能な対策につなげます。
薬剤師を含む医療従事者は、利尿薬、降圧薬、向精神薬などの服薬状況も確認します。ただし、これらの薬剤と熱中症・脱水による入院との関連には観察研究に基づく知見が多く、薬剤の種類だけで原因を断定することはできません。基礎疾患、暑熱曝露、摂取状況を併せて評価し、処方の調整が必要かを個別に検討します。
労作性の発症では、運動や作業の負荷に加え、湿度や輻射熱を含む環境評価も欠かせません。暑さ指数であるWBGTは熱中症リスクの把握に役立ちますが、患者個人の安全を保証する数値ではありません。暑熱順化についても、熱耐性の向上が期待される一方、熱中症の発症や重症化をどの程度減らすかについては根拠に限界があるため、「暑さに慣れていれば発症しない」と説明しないことが大切です。
医療従事者が「熱射病とは」と説明するときには、高体温だけでなく脳機能の障害を伴い、全身の臓器へ影響が及ぶ救急疾患であることを伝えると、緊急性が明確になります。診療では発汗の有無に惑わされず、暑熱曝露と意識状態から疑い、重症度評価、迅速な冷却、全身管理へつなぐことが要点です。個々の冷却法や補助治療には研究上の限界もあるため、ガイドラインの推奨内容と施設の対応能力を踏まえた判断が求められます。