

「何となくお腹が痛い」「お腹が重い」「胃腸の調子が悪い」といった表現は、患者が腹部の不快感を言語化するときによく用いる訴えです。しかし、この表現だけでは痛みの部位、程度、性質、時間経過、誘因、随伴症状が不明確であり、医学的には幅広い病態を含みます。腹部膨満、胃もたれ、鈍痛、差し込むような痛み、腹壁由来の違和感、骨盤内の痛みまで、患者がまとめて「お腹が痛い」と表現することも少なくありません。
腹痛は消化器疾患だけでなく、泌尿器疾患、婦人科疾患、循環器疾患、呼吸器疾患、代謝・内分泌疾患、精神心理的要因などでも生じます。例えば、便秘や一過性の胃腸炎、食事内容による膨満感は比較的よくみられる一方、急性虫垂炎、胆嚢炎、腸閉塞、消化管穿孔、膵炎、尿路結石、異所性妊娠、腹部大動脈瘤関連疾患などは、早期の診断と処置が予後に影響する可能性があります。
そのため、医療従事者がこの主訴に対応するときは、「軽そうに見える腹痛」と決めつけないことが出発点になります。痛みの主観的な強さは個人差が大きく、高齢者、糖尿病患者、免疫抑制状態の患者、認知機能が低下している患者では、重篤な病態であっても典型的な強い痛みや発熱が目立たないことがあります。急性腹症では、発症様式、持続痛、重症度、受診までの時間などを意識した病歴聴取が重要とされています。
参考)https://www.jsvs.org/ja/info/news/241001/20240916.pdf
患者向けの説明では、「痛みが弱いから大丈夫」ではなく、「今は軽くても、痛みの変化や一緒に起きる症状によっては早めの受診が必要になる」と伝えることが有用です。曖昧な腹痛を軽視せず、かつ不必要に恐怖をあおらないためには、症状の見える化と再評価の基準を具体的に共有する姿勢が求められます。
腹痛の評価では、まず発症時刻と発症様式を確認します。「いつからか」だけでなく、「突然始まったのか、徐々に始まったのか」「持続しているのか、波があるのか」「悪化しているのか、軽快しているのか」を具体的に聞き取ることが重要です。突然発症した強い腹痛や、短時間で増悪する痛みは、緊急性の高い疾患を念頭に置いて評価する必要があります。
次に、痛みの部位と移動を確認します。みぞおち、右上腹部、右下腹部、左下腹部、下腹部、脇腹、背部、鼠径部など、患者に指一本で最も痛い場所を示してもらうと情報が整理されやすくなります。ただし、内臓痛は初期には部位があいまいなことがあり、病態の進展とともに痛みが限局する場合もあります。したがって、最初の部位だけで判断せず、「最初に痛かった場所」「現在最も痛い場所」「移動したか」を分けて把握します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 発症様式 | 突然か、徐々に始まったか、いつから続くかを確認する | 突然の激しい痛みは緊急性を優先して評価する |
| 痛みの性状 | 鈍い、差し込む、締め付ける、波がある、持続するなど | 疝痛、持続痛、体動時痛の区別が鑑別に役立つ |
| 部位と移動 | 最初の部位、現在の最強点、背部・肩・鼠径部への放散を聞く | 痛みの移動は時間経過と合わせて評価する |
| 消化器症状 | 悪心、嘔吐、下痢、便秘、血便、黒色便、腹部膨満を確認する | 嘔吐と排便・排ガス停止は腸閉塞も念頭に置く |
| 全身症状 | 発熱、冷汗、顔面蒼白、倦怠感、ふらつき、意識の変化を確認する | 循環不全、感染、出血などの評価につながる |
| 泌尿器・婦人科症状 | 排尿痛、血尿、月経、性器出血、妊娠可能性を確認する | 尿路疾患や婦人科救急の見落としを避ける |
背景情報も重要です。年齢、妊娠可能性、手術歴、便通習慣、既往歴、内服薬、抗凝固薬・抗血小板薬の使用、糖尿病、免疫抑制状態、心房細動や動脈硬化性疾患の有無を確認します。腹部手術歴は癒着性腸閉塞のリスク評価に、抗凝固薬の使用は消化管出血や後腹膜出血などの評価に関係します。また、NSAIDs、抗菌薬、糖尿病治療薬、サプリメントなども、消化器症状や便通異常に関与していることがあります。
「何となく」という言葉の背景には、患者が痛みを過小評価している、症状をうまく説明できない、受診をためらっている、慢性的な不調に慣れているといった事情もあります。医療者側は、自由回答で話を聞いた後に、部位・時間経過・増悪因子・随伴症状を構造化して確認し、患者が言葉にできていない危険所見を拾い上げることが大切です。
腹痛への初期対応で優先すべきは、疾患名を急いで確定することよりも、重症患者を見逃さずに適切な緊急度へ振り分けることです。厚生労働省は、突然の激しい腹痛、激しい腹痛が持続する場合、吐血、血便または真っ黒な便を「迷わず119番」へつなげる症状として示しています。
参考)厚生労働省|こんな時は迷わず119へ
これらに加え、冷汗、顔面蒼白、失神や意識の変化、呼吸苦、著しいふらつき、歩けないほどの痛み、腹部が板のように硬い感覚、反復する嘔吐、水分がとれない状態、排便・排ガスが止まった腹部膨満などは、救急評価を要する可能性があります。腸閉塞では、間欠的な腹痛、嘔吐、便・ガスが出ない状態などが重要な所見として挙げられています。
参考)https://cks.nice.org.uk/topics/abdominal-pain-acute/diagnosis/red-flags/
上記に該当する場合は、自宅で経過観察を続けたり、翌日まで受診を先延ばしにしたりせず、救急要請または救急医療機関への速やかな相談を検討します。特に全身状態の悪化がある患者では、患者本人に運転をさせない、飲食や自己判断での下剤使用を避ける、経過を記録して医療機関へ伝えるといった安全面への配慮も必要です。
厚生労働省「こんな時は迷わず119へ」
一方で、痛みが軽度でも数日以上続く、同じ症状を繰り返す、食欲低下や体重減少がある、発熱・下痢・便秘・排尿症状を伴う、日常生活や睡眠に支障が出る場合は、緊急性が低そうに見えても計画的な受診が必要です。軽症の自己限定性疾患から生命を脅かす外科的緊急疾患まで原因が幅広いことが、急性腹痛評価の難しさです。
参考)https://cks.nice.org.uk/topics/abdominal-pain-acute/
医療従事者が腹痛患者に接する際は、主訴の詳細化と同時に、第一印象とバイタルサインを重視します。会話が可能か、苦悶様表情があるか、冷汗や皮膚の湿潤があるか、歩行可能か、体動で痛みが増悪するか、嘔吐しているか、呼吸状態に異常がないかを観察します。腹痛の重症度判断では、血圧、脈拍、呼吸数、体温、出血や腹膜炎を疑う所見などを参考にすることが推奨されています。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=879
腹部診察では、観察、聴診、打診、触診を患者の状態に応じて行い、圧痛部位、筋性防御、反跳痛、腹部膨満、腫瘤感、腸雑音などを評価します。ただし、腹膜刺激徴候の評価は患者に苦痛を与える場合があり、強い痛みや循環不安定が疑われる状況では、身体診察を繰り返して時間を費やすより、緊急対応・医師への報告・検査導線の確保を優先する判断が必要です。
医師への報告やトリアージでは、SBARなどの枠組みを使い、「何となく腹痛がある」という曖昧な表現を臨床情報へ変換します。例えば、「2時間前から心窩部痛があり、痛みは増悪傾向。NRSは7、嘔吐を3回認め、水分摂取不能。脈拍110回/分、血圧96/60mmHg、冷汗あり。腹部膨満と上腹部圧痛を認める」と整理すれば、緊急度と必要な初期対応が共有しやすくなります。
腹痛の患者は、痛みへの不安、がんや手術への恐怖、仕事・育児・介護による受診の先延ばしなどを抱えている場合があります。単に「様子を見てください」と伝えるのではなく、「何時間または何日程度で改善しなければ受診するか」「どの症状が出たら時間帯を問わず相談するか」「飲水量、尿量、便の性状、体温をどう記録するか」を具体化すると、患者の安全なセルフモニタリングにつながります。
なお、鎮痛の必要性を過度にためらう必要はありませんが、投薬後に症状が変化した場合も、発症様式、最強痛、投薬時刻、効果、バイタル変化を記録して再評価につなげます。痛みが軽くなったことだけをもって重篤な病態を除外せず、全身状態、腹部所見、経過を統合して判断することが重要です。
赤旗症状がなく、全身状態が安定しており、医師または医療機関の評価で緊急対応が不要と判断された場合には、自宅での観察項目を明確に伝えます。腹痛は診察時点で病態が完成していないこともあり、時間経過で症状が変化するためです。特に、痛む場所が移る、痛みが強くなる、食事や水分がとれなくなる、発熱が出る、嘔吐が始まる、便や尿に異常が出るといった変化は重要です。
自宅では、症状日誌の形で「発症時刻」「食事内容」「痛みの部位とNRS」「体温」「嘔吐・下痢・排便・排尿の回数と性状」「服用した薬」「月経や性器出血の有無」を記録すると、再診時の情報精度が上がります。患者が「昨日から何となく痛い」と表現していても、記録から食後に悪化している、夜間に増悪している、便秘と腹部膨満が進んでいる、鎮痛薬が効かなくなっているなどの臨床的に意味のある変化が見えてくることがあります。
食事については、強い吐き気や嘔吐がなければ、無理のない範囲で水分を少量ずつ摂ることを基本とします。ただし、反復する嘔吐、意識障害、嚥下困難、腹部膨満の増悪、緊急手術や処置が疑われる腹痛では、自己判断で飲食を続けず医療機関へ相談することが優先されます。下剤、浣腸、市販の鎮痛薬、胃腸薬なども、症状や背景によっては適さない場合があるため、強い腹痛や原因不明の腹痛で安易に追加使用しないよう説明します。
「何となくお腹が痛い」という訴えへの対応では、消化不良やストレスといった比較的頻度の高い原因を考慮しつつ、重篤疾患の可能性を見落とさない二段構えが重要です。患者が安心して適切なタイミングで受診できるよう、危険な変化を具体的に伝え、症状の経過を再評価する仕組みをつくることが、医療従事者に求められる実践的な支援といえるでしょう。