

「体が揺れる」は病名ではなく、患者が感じている状態を表す言葉です。「船に乗っているようだ」「地面がふわふわする」「立つと左右に流れる」など、同じ表現でも背景は異なります。自分の体が揺れているように感じる非回転性めまい、立位・歩行時の不安定感、周囲が動いて見える感覚などが含まれます。持続性知覚性姿勢誘発めまい(persistent postural-perceptual dizziness:PPPD)の診断基準でも、揺らぐ、上下に揺れる、弾むといった疑似運動感覚が記載されています。
参考)https://www.memai.jp/wp-content/uploads/2020/07/pppd2017.pdf
診療では、本人が揺れを感じていることと、観察上の体幹動揺や歩行障害があることを分けて記録します。「座っていても内側が揺れる」のか、「立つと姿勢を保てない」のかを確認すると、症状と機能障害の関係が明確になります。PPPDには特異的な診断検査がなく、症状の経過や増悪条件が重要です。一方、急性めまいでは歩行不安定性の程度が中枢性疾患の評価に役立つため、自覚症状と診察所見の両方を扱う必要があります。
ただし、「ぐるぐる回るなら耳の病気」「ふわふわ揺れるならストレス」という二分法では鑑別できません。急性めまいの診療指針GRACE-3は、症状の形容だけに依存する方法よりも、いつ始まり、どの程度続き、何が引き金になるかに基づく診療を重視しています。「体が揺れる」という言葉を出発点に、持続性か反復性か、明確な誘因があるかを整理することが、検査の選択につながります。
参考)https://www.saem.org/publications/grace/grace-3
SAEM:急性めまい診療ガイドラインGRACE-3
原因疾患を考える際は、症状が始まる条件と、すでにある症状が強くなる条件を区別します。例えば、寝返りをしたときだけ短い発作が生じる状態と、一日中続くめまいが頭を動かすと悪化する状態は同じではありません。GRACE-3では、急性に始まり持続する型、明確な誘因なく発作を繰り返す型、頭位変化などで短い発作が誘発される型を分けて評価しています。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 良性発作性頭位めまい症(BPPV) | 寝返りや起き上がりなど、頭の位置の変化で短いめまい発作が誘発される | 典型例は一分以内に軽快する。後半規管型ではDix-Hallpike検査が診断に用いられる。 |
| メニエール病 | 反復するめまいに、変動する難聴、耳鳴り、耳閉感などを伴う | 聴覚症状と発作の時間的関係を確認する。 |
| 前庭神経炎などの急性前庭障害 | 急性に発症し、持続するめまいや不安定感を呈する | 類似した経過をとる脳卒中との鑑別が重要となる。 |
| 起立性低血圧 | 起立後三分以内に収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下する | 起立時のふらつき、眼前暗黒感、失神と血圧変化との関連を評価する。 |
| PPPD | 浮動感、不安定感、非回転性めまいの一つ以上が、三か月以上ほとんど毎日存在する | 立位、動き、視覚刺激による増悪など、診断基準全体の確認が必要となる。 |
| 脳卒中などの中枢性疾患 | 急性のめまい・不安定感に、神経学的異常や著しい歩行障害などを認める | めまいの表現だけでは除外せず、眼球運動、協調運動、歩行を評価する。 |
起立性低血圧が疑われるときは、単に「血圧が低い」と判断するのではなく、臥位と立位の血圧・脈拍、起立後の症状を対応させます。診断後には、脱水や薬剤の影響、自律神経障害などの原因検索が必要です。症状のために転倒する患者もいるため、測定時にも立位保持の安全性を確認します。
また、急な難聴を伴うめまいは、単純なBPPVとして扱わないことが重要です。BPPVでは通常、難聴や耳鳴りを伴わないため、新たな聴覚症状があれば別の疾患を検討します。急性前庭症候群では、聴覚評価も中枢性と末梢性を検討する診察の一部に位置付けられており、「耳の症状があるから脳卒中ではない」と決めつけることも避けます。
体が揺れる訴えで優先すべきなのは、良性の原因を探す前に緊急性を判断することです。特に突然の発症に、顔や手足の左右差、構音障害、言語障害が重なる場合は脳卒中を疑います。厚生労働省の情報でも、顔の片側のゆがみ、片腕の脱力、言葉の異常が突然起きた場合には、直ちに救急車を呼ぶよう勧めています。
参考)広報誌「厚生労働」2024年10月号 連載|厚生労働省
参考)脳血管障害・脳卒中
医療従事者は、患者が使う「揺れる」という表現の軽さに引きずられず、発症時刻、経過、神経所見、歩行能力を評価します。顔・腕・言葉の異常は分かりやすい警告徴候ですが、それだけで急性めまいの鑑別が完結するわけではありません。GRACE-3は、脳神経、視野、眼球運動、四肢の協調運動、歩行を含む評価を推奨しています。
HINTSは、頭部衝動試験、眼振の評価、眼位の垂直偏倚の評価を組み合わせる診察です。ただし、すべての「体が揺れる」患者に使える検査ではありません。GRACE-3では、眼振を伴う急性前庭症候群の患者に対し、訓練を受けた臨床医が使用することを推奨しています。短い頭位誘発発作や慢性の浮動感へ一律に適用せず、中枢性を示す結果や判定困難な結果ではMRI・MRAによる評価につなげます。
画像検査も、実施した事実だけで安全を保証するものではありません。同指針は、急性めまいで中枢性と末梢性を区別する目的の単純頭部CTをルーチンに用いることを推奨していません。必要な画像の種類と緊急度は、臨床像や診察結果に基づいて判断します。「CTで異常がないから問題ない」という説明ではなく、何を疑い、何を評価したかを明確にすることが大切です。
「ずっと船の上にいるようだ」「人混みや店内で揺れが強くなる」といった慢性症状では、PPPDが鑑別に入ります。PPPDは、姿勢制御や空間認知などに関わる感覚処理の機能的な異常として捉えられる疾患であり、単純に「気のせい」「精神的な問題だけ」と説明するものではありません。ほかの前庭疾患と併存することもあります。
診断には、浮動感、不安定感、非回転性めまいの一つ以上が三か月以上、ほとんど毎日存在することに加えて、立位姿勢、能動的・受動的な動き、動くものや複雑な視覚パターンという三つの要因による増悪を確認します。症状は時間単位で続くことが多い一方、一日中同じ強さである必要はありません。また、三つの増悪要因の影響が同じ強さである必要もありません。
さらに、平衡障害を起こす前庭疾患、神経・内科疾患、心理的ストレスなどが先行していること、顕著な苦痛または機能障害があること、ほかの疾患や障害だけでは十分に説明できないことを含め、診断基準A~Eをすべて満たす必要があります。「三か月続く」「検査が正常」という二点だけでは診断できません。
問診では、立ち仕事や歩行で増悪するか、乗り物やエレベーターで強くなるか、人混み、流れる映像、模様の多い床面、パソコン画面などで症状が誘発・増悪するかを具体的に尋ねます。患者が増悪を避けて外出や画面作業を控えている場合には、その回避行動も診断の手がかりになります。検査所見だけでなく、何ができなくなったかを把握することが重要です。
一方、発症の経緯が不明瞭で、ふらつきが徐々に進行している場合は、PPPDと早期に決めつけず診断を再評価します。PPPDの診断基準にも、先行する病態を同定できず、特に緩徐に悪化する場合には経過観察と再評価が必要であると示されています。機能性疾患の診断は、必要な鑑別を省略する理由にはなりません。
初診では、時間経過を軸に、「いつ始まったか」「一回の症状は何秒・何分・何時間続くか」「症状のない時間はあるか」「寝返りや起立で始まるか」を整理します。そのうえで、聴覚症状、頭痛、神経症状、意識の遠のきなどの随伴症状を確認し、眼振、眼球運動、協調運動、歩行、必要に応じた起立時血圧の評価につなげます。検査を一律に並べるのではなく、病歴から想定した病態に合わせて選択します。
BPPVが疑われる場合は、適切な頭位検査で病型を評価します。GRACE-3では、後半規管型BPPVの診断にDix-Hallpike検査を用い、診断された患者にはEpley法を推奨しています。ただし、Epley法は「体が揺れる」という訴え全般の治療ではありません。診断がつかないまま一律に実施したり、患者へ無条件の自己実施を勧めたりせず、対象となる病型と実施の適否を確認します。
起立性低血圧では、原因薬剤、循環血液量の減少、自律神経機能などを検討し、原因に応じた対応を行います。血圧低下の数値だけでなく、症状や失神、転倒との関係を評価することが重要です。めまいのために立位が不安定な患者では、診察や検査の移動時にも介助を検討し、転倒を防ぎながら評価を進めます。
PPPDでは、病態の説明、前庭リハビリテーション、認知行動療法、必要に応じた薬物療法などが検討されます。ただし、「臨床で使われている治療」と「効果が十分に確立した治療」を区別して説明する必要があります。2023年のCochraneレビューでは、診断基準を満たすPPPDに対するSSRI・SNRIについて、適格なプラセボ対照無作為化比較試験が確認されず、有効性と有害性には不確実性があるとされました。
患者への説明では、揺れがあっても直ちに危険な病気とは限らないことと、突然の神経症状や著しい歩行障害があれば緊急評価が必要なことを分けて伝えます。慢性の揺れについても、検査で明らかな異常がないことを理由に訴えを否定せず、症状が強くなる条件と生活上の支障を言語化します。病歴と診察所見を結び付け、危険な病態を見逃さず、原因に合った治療・支援へつなげることが、「体が揺れる」訴えへの診療の基本です。