

「肘の筋肉の痛み」という訴えは、患者が感じる部位や感覚を表したものであり、診断名ではありません。肘の外側から前腕にかけて痛む場合、筋腹の障害だけでなく、前腕の筋肉が骨に付着する腱の障害が原因となることがあります。代表的な上腕骨外側上顆炎では、主に短橈側手根伸筋の起始部が障害され、物をつかんで持ち上げる動作やタオルを絞る動作で痛みが出現します。したがって、患者の「筋肉が痛い」という表現を、そのまま筋損傷と解釈しないことが診療の出発点です。
参考)「テニ&#x30B…
上腕骨外側上顆炎は「テニス肘」とも呼ばれますが、診察ではスポーツ名よりも、把持、持ち上げ、前腕のひねりなど、疼痛を誘発する負荷の確認が重要です。英国肩肘学会の診療経路では、外側肘腱障害を組織の恒常性の変化に関連する病態として扱っています。「上顆炎」という名称だけから、すべての症例を単純な急性炎症と考えず、腱障害としての負荷耐容能や機能低下も評価する必要があります。
参考)https://bess.ac.uk/wp-content/uploads/2023/11/singh-et-al-2023-bess-patient-care-pathway-tennis-elbow.pdf
肘の内側では、手関節の屈曲や前腕の回内に関与する筋群の腱付着部が問題となる上腕骨内側上顆炎が鑑別に挙がります。反復動作や過大な負荷によって腱が傷み、肘内側の痛みや握力低下を生じます。一方、肘前面の痛みが急な外傷、皮下出血、前腕を回外する力の低下とともに現れた場合には、遠位上腕二頭筋腱断裂を考えます。同じ「肘の筋肉の痛み」でも、部位と発症様式によって対応は大きく異なります。
参考)Medial Epicondylitis (Golfer&#…
日本整形外科学会:テニス肘(上腕骨外側上顆炎)
問診では患者に最も痛い場所を示してもらい、外側、内側、前面などに整理します。そのうえで、突然発症したのか徐々に悪化したのか、どの作業で再現するのか、しびれ、腫脹、可動域制限、引っかかり感があるのかを確認します。典型的な外側肘腱障害では、把持やひねりで痛みが誘発され、明らかな神経症状や関節のロッキングは通常の特徴ではありません。これらが認められる場合は、腱障害だけでは説明できない病態を再検討します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 肘外側の痛み | 把持、持ち上げ、抵抗下での手関節伸展により痛みが再現される場合、外側上顆炎を考える。 | 外側上顆周辺の圧痛を確認し、関節内病変なども鑑別する。 |
| 肘内側の痛み | 反復する手関節屈曲や前腕回内の負荷と関連する場合、内側上顆炎を考える。 | 腱付着部の圧痛と誘発動作を評価する。 |
| 肘前面の急な痛み | 受傷時の断裂感、皮下出血、回外筋力低下があれば遠位上腕二頭筋腱断裂を疑う。 | 肘を曲げられることだけでは断裂を否定できない。 |
| 内側の痛みと手指症状 | 薬指・小指のしびれを伴う場合、尺骨神経障害の合併を検討する。 | 筋・腱由来の疼痛だけに原因を限定しない。 |
| 発熱を伴う腫脹 | 肘が腫れて熱を持ち、発熱を伴う場合は速やかな医療評価が必要。 | 感染などを念頭に、通常の過負荷性疼痛とは別に対応する。 |
| 変形や著しい運動制限 | 外傷後の変形、骨折が疑われる状況、肘を曲げられない状態は早急に評価する。 | セルフケアや運動療法を先行させない。 |
例えば、荷物を持ち上げるたびに肘外側が痛み、外側上顆に圧痛があり、抵抗下での手関節伸展で同じ痛みが再現される症例は、外側上顆炎に整合的です。ただし、東京科学大学の解説では、圧痛が腕橈関節周辺や伸筋に沿って認められること、代表的な誘発テストが陰性となる場合も示されています。一つの陽性所見だけで確定したり、一つの陰性所見だけで除外したりせず、問診と複数の診察所見を統合することが重要です。
参考)テニス肘(上腕骨外側上顆炎) - 東京科学大学 整形外科
また、重い物を支えた際に肘が急に伸ばされ、その直後から前面の痛みと皮下出血が生じた症例は、慢性の過負荷性腱障害とは異なる経路で評価します。遠位上腕二頭筋腱が断裂しても、他の筋肉の働きによって肘の屈曲はある程度可能です。患者が「動かせるから大丈夫」と判断している場合でも、回外筋力の低下や腱の欠損を確認する必要があります。
外側肘腱障害の診断は、原則として病歴と身体診察を中心に行います。利き手、職業、スポーツ、症状の持続期間、外傷歴を確認し、局所圧痛と疼痛誘発動作を評価します。握力低下については、痛みによって力を出せない状態なのか、腱断裂などによる機能障害を疑う状態なのかを区別する視点が必要です。患者の「力が入らない」という表現も、痛みの程度と動作別の筋力を確認して解釈します。
典型的な外側肘腱障害では、診断確認のために全例で単純X線、超音波、MRIを行う必要はありません。英国肩肘学会は、診断に不確実性がある場合に画像検査を検討する方針を示しています。骨折、関節炎、関節内遊離体などを鑑別する目的では単純X線が、腱損傷などの評価には超音波やMRIが候補となります。検査を選ぶ際は、「何を疑い、結果によって治療方針がどう変わるか」を明確にします。
遠位上腕二頭筋腱断裂が疑われる場合には、肘前面の腱の連続性、左右の回外筋力、皮下出血や筋腹の形状を確認します。診察で明らかな場合は画像検査が不要なこともありますが、超音波やMRIは診断の補助となります。単純X線で腱そのものは描出できないため、X線に大きな異常がないことだけで腱断裂を除外しないよう注意します。
遠位上腕二頭筋腱断裂では、初期の強い痛みが1~2週間で軽くなることがあります。しかし、痛みの軽減は腱の自然修復を意味しません。米国整形外科学会は、手術を行う場合、受傷後2~3週間以内の修復が望ましいと説明しています。手術適応は活動性や全身状態などによって異なりますが、疑わしい症例を「筋肉痛」として長期間経過観察すると、治療選択に影響する可能性があります。
外側上顆炎などの過負荷性腱障害では、まず疼痛を誘発する作業を具体的に把握し、負荷を調整します。「腕を使わないでください」という一律の説明よりも、強く握る、重い物を持つ、繰り返しひねるといった負担の大きい動作を患者と共有する方が実行につながります。日本整形外科学会は、スポーツや手をよく使う作業を控えること、ストレッチ、外用薬、テニス肘用バンドなどを治療選択肢として挙げています。
運動療法では、障害された腱に関連する筋群の柔軟性や筋持久力、反復負荷への耐性を段階的に改善します。米国整形外科学会の運動プログラムは、筋持久力の向上と反復ストレスへの抵抗性の改善を初期目標にしています。実施内容は診断や疼痛、機能に合わせて選択し、外傷による腱断裂が疑われる状態に、通常の上顆炎向けの運動をそのまま当てはめないことが重要です。
英国肩肘学会の2023年の診療経路は、外側肘腱障害に対する理学療法の提供を推奨しています。ただし、短期的な全般的改善が示される一方、中長期の効果には研究上の限界があります。医療従事者は「リハビリをすれば必ず治る」と保証するのではなく、疼痛の軽減と必要な生活動作の回復を目標にし、経過に応じて介入を調整する説明が適切です。
NSAIDsの外用薬や内服薬は、短期的な疼痛緩和の選択肢です。英国肩肘学会では、外側肘腱障害に対して最長4週間の短期使用を条件付きで推奨し、内服薬の消化器系副作用を考慮して外用薬を優先する場合があるとしています。一方、根拠の質には限界があり、鎮痛薬は腱の負荷耐容能を回復させる治療と同義ではありません。薬剤の選択や継続は、個々の患者に応じて判断します。
テニス肘用バンドなどの装具も補助的に検討できますが、治癒を保証するものではありません。英国肩肘学会は、装具を提供する場合でも、利益が得られない可能性を患者に伝えることを推奨しています。短期的な使いやすさと持続的な機能改善を区別し、装具の使用だけで負荷調整や運動療法の検討が終わらないようにします。
外側上顆炎の注射治療では、短期的な鎮痛と中長期的な転帰を分けて説明する必要があります。日本整形外科学会の一般向け解説には、局所麻酔薬とステロイドの注射が治療選択肢として掲載されています。一方、英国肩肘学会の2023年の診療経路は、外側肘腱障害に対するステロイド注射を行わないことを強く推奨しています。情報源によって記載が異なるため、選択肢として掲載されていることと、比較試験に基づいて推奨されることを混同しないようにします。
英国肩肘学会が整理した研究では、ステロイド注射で最初の1か月に軽度の疼痛改善がみられても、6か月時点ではプラセボより転帰が悪くなる結果が示されています。ただし、この推奨は外側肘腱障害を対象とするもので、すべての肘疾患やあらゆる局所注射に一律に適用するものではありません。診断、治療目標、短期効果と長期転帰を明確にしたうえで、患者と治療方針を共有します。
PRP療法や手術についても、効果の説明には慎重さが必要です。同診療経路では、PRPを受ける患者に、プラセボを上回る利益がない可能性を説明するよう求めています。また、外側肘腱障害の手術についても、プラセボに対する利益を示す根拠が十分ではないとしています。これは「どの患者にも効果がない」という断定ではなく、比較研究の限界を踏まえた説明です。なお、腱断裂に対する修復術の適応とは別の議論です。
経過評価では、疼痛の数値だけでなく、患者が必要とする動作の回復を確認します。英国肩肘学会は、PRTEEという患者報告式評価尺度、痛みのない範囲での握力、仕事を休んだ期間などを評価項目として挙げています。例えば「仕事で必要な物を持てるか」「把持時の痛みが減っているか」を記録すれば、安静時の痛みだけでは分からない変化を捉えられます。治療成功の基準は、患者と相談して個別に設定します。
同診療経路では、初期対応で12~24週間以内に改善がみられない場合、専門診療への紹介を検討する目安が示されています。ただし、これは典型的な外側肘腱障害の経過評価であり、発熱、外傷後の変形、腱断裂を疑う所見などがある患者を、その期間まで待機させる意味ではありません。肘の筋肉の痛みを診る際は、初期の危険徴候を除外し、負荷調整と機能回復を進め、改善しない場合には診断と治療計画を再評価するという流れが重要です。