

上腕骨内側上顆炎は、上腕骨内側上顆に起始する前腕屈筋・回内筋群の腱付着部に生じる疼痛性疾患です。英語ではmedial epicondylitisと呼ばれ、通称はゴルフ肘です。ただし、発症はゴルフ愛好者に限りません。投球、ラケットスポーツ、重量物の取り扱い、強い把持を伴う作業など、手関節屈曲や前腕回内に負荷がかかる活動に関連し、明確な外傷歴がない人にも発症します。
参考)Medial Epicondylitis (Golfer&#…
内側上顆周辺には、円回内筋、橈側手根屈筋、長掌筋、浅指屈筋、尺側手根屈筋に関連する共同屈筋腱が存在します。これらは手関節や手指の屈曲、前腕回内などに関与します。反復動作や過大な筋収縮によって腱起始部に微小損傷が蓄積し、修復が追いつかなくなることで疼痛や機能障害が生じると考えられています。とくに円回内筋や橈側手根屈筋の関与が重視されますが、病変範囲は一定ではありません。
上腕骨外側上顆炎との違いは、主な障害部位と負荷動作です。外側上顆炎は前腕伸筋群の起始部、内側上顆炎は屈筋・回内筋群の起始部が中心となります。また、内側上顆の後方には尺骨神経が走行し、深部には肘関節の外反安定性に関わる内側側副靱帯が位置します。この解剖学的な近接関係から、内側上顆炎では腱だけでなく、神経障害や靱帯損傷の併存にも注意が必要です。
主症状は肘内側の疼痛と圧痛です。把持、物を持ち上げる動作、手関節屈曲、前腕回内などで増悪し、前腕へ放散することがあります。握力低下や疼痛による可動域制限を伴う場合もあります。問診では発症時期、外傷の有無、仕事・家事・競技の内容、直前の活動量増加、疼痛を再現する具体的な動作を確認します。「肘が痛い」という訴えだけでなく、どの負荷で、どこに、いつ痛むかを把握することが診断の出発点です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 問診 | 把持、手関節屈曲、前腕回内などで生じる肘内側痛を確認 | 競技歴に加え、職業性負荷や日常動作も聴取する |
| 触診・誘発テスト | 内側上顆前方・遠位の圧痛、抵抗下の手関節屈曲・前腕回内での疼痛 | 患者が普段感じる痛みと同じかを確認する |
| 神経学的診察 | 環指・小指の感覚、手内筋筋力、尺骨神経部のTinel徴候など | 尺骨神経障害の併存や別病態を検討する |
| 単純X線 | 骨折、関節症、骨変形、石灰化などを評価 | 腱病変そのものの評価には限界がある |
| 超音波検査 | 共同屈筋腱の肥厚、低エコー域、線維構造の変化、断裂などを評価 | 検査者の技量に影響されるため臨床所見と統合する |
| MRI | 腱病変の範囲や内側側副靱帯などの併存病変を評価 | 診断不明例や保存療法に反応しない例などで検討する |
表の評価項目はいずれも補完的なものです。上腕骨内側上顆炎は基本的に臨床診断であり、すべての患者にMRIを実施する必要はありません。画像検査は、外傷後の骨性病変の除外、診断が不明確な場合の確認、遷延例での腱損傷や靱帯病変の把握など、検査によって解決したい疑問を明確にして選択します。
超音波では腱の状態に加えて周辺組織も観察できますが、画像所見だけで症状の原因を決めないことが大切です。MRIも同様に、異常信号の存在だけで治療法を決定するのではなく、疼痛部位、身体診察、機能障害の程度と照合します。しびれや筋力低下を伴う場合には、神経圧迫の評価を目的とした電気生理学的検査が追加されることがあります。
肘内側痛を直ちに上腕骨内側上顆炎と判断すると、治療対象を誤る可能性があります。とくに重要なのは、肘部管症候群を含む尺骨神経障害と、内側側副靱帯損傷です。これらは内側上顆炎に似た症状を示すだけでなく、併存することもあるため、腱由来の疼痛が確認できても評価を終了しない姿勢が必要です。
鑑別では、疼痛の位置だけでなく、負荷の方向と随伴症状の関係を整理すると有用です。手関節屈曲や回内への抵抗で典型的な痛みが再現される場合は屈筋・回内筋群の関与を考えます。一方、環指・小指の感覚異常は尺骨神経、投球時の外反負荷に関連する疼痛や不安定感は靱帯病変の評価につながります。複数の所見がある場合は、単一疾患で説明しようとせず、併存病変として検討します。
上腕骨内側上顆炎の治療は保存療法が基本です。初期の目標は疼痛を軽減し、症状を増悪させる負荷を調整することです。ただし、「安静にしてください」だけでは患者が何を変更すべきか理解しにくいため、強い握り込み、反復する手関節屈曲、重い物を持つ頻度、練習量など、問題となる活動を具体化します。競技ではフォームや用具の不適合も負荷要因になり得るため、活動内容に応じた修正を検討します。
疼痛対策には冷却、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、装具などが用いられます。冷却は皮膚へ直接氷を当てず、布などを介して実施します。NSAIDsは短期的な症状緩和の選択肢ですが、腎疾患や併用薬などによって使用が適さない場合があります。病態の中心が腱変性であることを踏まえると、鎮痛薬による症状の軽減と、腱の負荷耐性回復は区別して説明する必要があります。
カウンターフォースブレースや手関節装具は、疼痛を伴う活動中の負荷軽減を目的に使用します。ただし、装着によって前腕痛が強くなることもあるため、使用後の症状を確認します。装具を着けているからといって活動量を無制限に増やすのではなく、負荷調整や運動療法を支える補助的な手段として位置づけます。
運動療法では、疼痛が落ち着いた段階で手関節の痛みのない可動域を回復させ、その後に手関節屈曲や前腕回内を中心とした筋力訓練へ進みます。遠心性収縮を用いる訓練は選択肢の一つです。たとえば、手関節屈筋群が負荷に抵抗しながら徐々に伸ばされる運動が該当します。ただし、遠心性運動だけを唯一の方法とせず、症状や実施能力に合わせて漸増的に負荷を設定します。
米国整形外科学会:上顆炎に対するストレッチ・筋力訓練プログラム
保存療法で十分な改善が得られない場合には、注射などの追加治療を検討します。副腎皮質ステロイド注射には短期的な鎮痛効果が期待できる一方、長期的な有効性は明確ではなく、腱障害の悪化や反復注射による腱断裂、皮下組織の萎縮などへの注意が必要です。痛みが軽くなったことを腱の治癒と同一視せず、利益と不利益を説明したうえで適応を判断します。
多血小板血漿(PRP)注射、体外衝撃波治療、ドライニードリングなども選択肢として挙げられます。しかし、標準的なストレッチ・筋力訓練プログラムと比較した有効性には不確実性が残ります。上顆炎全体の研究結果には外側上顆炎を対象としたものが多いため、その結果を内側上顆炎へそのまま当てはめないことが重要です。PRPを含む追加治療については、期待される効果だけでなく、研究結果の不一致や治療法の標準化の課題も説明します。
手術は、適切な保存療法を数カ月以上実施しても疼痛や機能障害が続く症例で検討します。Mayo Clinicの解説では、保存療法に6~12カ月反応しない場合が検討の目安とされています。ただし、期間だけで自動的に決定するのではなく、診断の妥当性、これまでの治療内容、生活・就業への支障、神経や靱帯の併存病変を再確認します。
代表的な手術は変性した腱組織の切除と、必要に応じた腱修復・骨への再付着です。尺骨神経症状を伴う場合には、神経の除圧や前方移行を併施することがあります。術後の進行は修復範囲や術式によって異なりますが、AAOSは一般的な目安として、筋力訓練の開始を術後6~8週、通常活動やスポーツへの復帰を術後3~6カ月としています。実際には術者の指示と組織の回復状況を優先します。
保存療法後の復帰支援でも、痛みの有無だけでなく、可動域、把持や抵抗運動への耐性、仕事・競技に必要な動作を段階的に確認することが重要です。症状が消失してから競技や活動に必要な動きを練習し、徐々に通常の活動へ戻します。上腕骨内側上顆炎の診療では、疼痛部位の診断、神経・靱帯病変の鑑別、負荷調整、機能回復を一連の過程として扱うことが、再発予防を含めた治療につながります。
Mayo Clinic:ゴルフ肘の診断、保存療法、手術の考え方