

甘草はマメ科植物であるカンゾウの根または根茎を生薬として用いる名称であり、漢方製剤の構成生薬として広く使用される。甘草は味を整える目的だけでなく、鎮痙、抗炎症、鎮咳、去痰などを期待して配合される。医療現場では、甘草含有漢方薬の服用歴を確認する際に、処方名だけでなく、患者が市販薬、のど飴、かぜ薬、胃腸薬などを自己判断で使用していないかを確認する視点が重要である。
グリチルリチンは甘草に由来する主要成分の一つであり、体内では腸内細菌などの影響を受けてグリチルレチン酸へと変換される。医療用医薬品では、グリチルリチン・グリシン・DL-メチオニン配合剤、グリチルリチン・グリシン・システイン配合剤などがあり、肝機能異常に対する治療などで用いられる。また、甘草を配合した漢方製剤にもグリチルリチン酸関連成分が含まれるため、「グリチルリチン製剤を処方していないから安全」とは判断できない。
したがって、グリチルリチン 甘草を評価する際の基本は、製品名の確認にとどめず、甘草およびグリチルリチン酸関連成分の総曝露量を意識することである。複数診療科からの処方、他院処方、OTC医薬品、サプリメント等が重なると、患者本人が成分重複に気付きにくい。特に高齢者、多疾患併存患者、ポリファーマシー患者では、薬剤師・医師・看護師間で服薬情報を共有する意義が大きい。
グリチルリチン酸関連成分による重要な有害事象が、偽アルドステロン症である。これは、アルドステロンが増加していないにもかかわらず、ナトリウム貯留、カリウム排泄促進、高血圧、浮腫、低カリウム血症など、原発性アルドステロン症に似た臨床像を呈する病態である。厚生労働省およびPMDAは、甘草やグリチルリチンを含有する医薬品に関連して、血清カリウム値の測定など十分な観察を行い、異常時には投与中止を検討するよう注意喚起している。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1019-4d9.pdf
主な機序は、グリチルレチン酸による腎臓の11β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素2型(11βHSD2)の阻害である。通常、この酵素は腎臓においてコルチゾールをコルチゾンへ不活化し、コルチゾールがミネラルコルチコイド受容体を過剰に刺激しないように働く。酵素活性が阻害されると、コルチゾールによるミネラルコルチコイド様作用が強まり、ナトリウム・水分の貯留とカリウム排泄が進む。結果として血圧上昇、浮腫、低カリウム血症、代謝性アルカローシスなどを生じ得る。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 主な原因 | 甘草含有漢方薬、グリチルリチン酸関連製剤、甘草含有OTC医薬品など | 複数製品の併用・長期使用で総曝露量が増える |
| 自覚症状 | むくみ、体重増加、血圧上昇、脱力、筋力低下、こむら返り | 無症候性低カリウム血症もあり得る |
| 検査所見 | 低カリウム血症、代謝性アルカローシス、低レニン、低アルドステロン | 病態・併用薬・腎機能を踏まえて解釈する |
| 重症化時の所見 | 低カリウム性ミオパチー、不整脈、横紋筋融解症 | 著明な筋症状や動悸は緊急性を判断する |
| 基本対応 | 原因薬の中止または減量、電解質補正、併用薬再評価 | 自己判断の中断ではなく処方医との連携が前提 |
甘草またはグリチルリチンを含む薬剤を開始する前には、血圧、浮腫、体重、腎機能、血清カリウム値を確認する。特に、既に高血圧、心不全、腎機能障害、肝硬変などがある患者では、体液貯留や電解質異常が臨床的に問題化しやすい。さらに、低カリウム血症の既往、筋疾患、心電図異常、不整脈の既往がある患者では、低カリウム血症の影響をより慎重に評価する。
利尿薬の併用にも注意が必要である。ループ利尿薬やサイアザイド系利尿薬はカリウム喪失を促すため、甘草・グリチルリチンによるカリウム排泄促進と重なり、低カリウム血症のリスクを高め得る。副腎皮質ステロイド薬も、投与条件によっては電解質バランスや体液貯留に影響するため、薬歴全体を確認する。また、低カリウム血症はジゴキシン中毒のリスクに関わるため、ジゴキシン使用患者では血清カリウム値と臨床症状の変化に特に注意する。
厚生労働省の通知では、グリチルリチン酸等を含む医薬品について、低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加などの偽アルドステロン症に注意し、血清カリウム値測定など十分な観察を行うことが示されている。長期・大量使用での報告がある一方、用量が必ずしも高くない状況でも発現し得るため、一律の「安全量」として単純化せず、患者背景と経時変化を組み合わせて判断することが必要である。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6972&dataType=1&pageNo=1dataType=1href="https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6972&dataType=1&pageNo=1">https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6972&dataType=1&pageNo=1pageNo=1" target="_blank" rel="noopener">・グリチルリチン酸等を含有する医薬品の取扱いについて(◆昭和…
グリチルリチン 甘草の使用中に、血圧上昇、下腿浮腫、急な体重増加、筋力低下、手足の脱力、こむら返り、動悸などがみられた場合は、偽アルドステロン症を鑑別に挙げる。血清カリウム値、ナトリウム値、重炭酸イオン、腎機能、血圧、体重および心電図を含めて緊急度を評価する。低カリウム血症が高度である場合、筋症状や不整脈につながるおそれがあり、漫然とした経過観察は避ける。
原因として甘草・グリチルリチン含有薬が疑われる場合には、処方医が適応と代替治療の可否を検討したうえで、原因薬の中止または減量を判断する。日本内分泌学会は、薬剤性の場合には原因薬の中止を試みること、原因薬中止後にも高血圧や低カリウム血症が一定期間持続し得ることを示している。中止後も臨床症状と検査値を追跡し、必要に応じてカリウム補正や循環器・腎臓・内分泌領域との連携を行う。
PMDA:重篤副作用疾患別対応マニュアル「偽アルドステロン症」
ここで重要なのは、低カリウム血症を認めた時点でカリウム補充だけに終始しないことである。甘草やグリチルリチンを含む薬剤の継続によって原因が残れば、補充後にも再低下する可能性がある。患者が「漢方薬だから安全」「市販のかぜ薬だから医師に伝えなくてよい」と考えていることもあるため、具体的な商品カテゴリーを挙げながら聞き取ることが実務的である。
服薬指導では、「甘草は漢方薬だけに入っている成分ではない」「グリチルリチンを含む医療用薬と、市販薬・健康食品の併用で摂取が重なることがある」と具体的に説明する。患者には、自己判断で新しい漢方薬、かぜ薬、胃腸薬、のど薬、健康食品などを追加する前に、医師または薬剤師へ相談するよう促す。製品名を覚えていない患者には、現物、包装、スマートフォンの写真、お薬手帳を持参してもらう方法が有用である。
患者向けには、浮腫、急な体重増加、血圧の上昇、手足の力が入りにくい、筋肉痛、こむら返り、動悸などを早期相談のサインとして伝える。ただし、これらは偽アルドステロン症に特異的な症状ではないため、症状の有無のみで安全性を判断せず、定期的な検査とセットで評価する。特に自宅血圧を測定している患者では、平常時の値と比較して持続的な上昇がないかを確認する。
処方時・調剤時・外来フォロー時には、甘草含有製剤の重複を横断的に確認する仕組みが望ましい。電子薬歴やお薬手帳で「甘草」「グリチルリチン」「グリチルリチン酸」などを検索し、処方の目的、服用期間、併用薬、最近のカリウム値を確認する運用が役立つ。グリチルリチンと甘草は有用な治療選択肢である一方、成分重複と偽アルドステロン症の見逃しを防ぐためには、薬剤名ではなく成分・総曝露・患者背景に基づく継続的な安全性評価が不可欠である。