

「漢方カンゾウ」を理解する第一歩は、カンゾウが漢方薬の名称ではなく、多くの漢方処方を構成する生薬「甘草」の読み方であると整理することです。日本漢方生薬製剤協会の生薬情報では、甘草はマメ科のGlycyrrhiza uralensisまたはGlycyrrhiza glabraの根およびストロンを乾燥したものとされています。主な成分として、トリテルペン配糖体のグリチルリチン酸や、フラバノン配糖体のリクイリチンなどが挙げられます。
参考)301 Moved Permanently
甘草は、かぜ薬、鎮痛鎮痙薬、鎮咳去痰薬、健胃消化薬などに相当する多様な漢方処方に配合されています。医薬基盤研究所の公表資料でも、根およびストロンにグリチルリチンを蓄積する薬用植物であり、漢方薬原料に加えて食品添加物や化粧品原料にも利用されることが説明されています。つまり、臨床で甘草への曝露を考えるときは、処方された漢方薬だけに視野を限定しないことが重要です。
伝統的な薬能について、ツムラの生薬辞典では、腹部の拘攣や疼痛などの急迫症状を治す生薬として説明されています。ただし、こうした伝統的説明、生薬成分の薬理作用、製品として承認された効能・効果は、同じ意味ではありません。甘草が含まれているという理由だけで、すべての処方に同じ鎮痛効果や同じ適応があると判断することは避けるべきです。
参考)甘草 - 生&#x…
具体例として、本草芍薬甘草湯エキス顆粒−Mは、シャクヤクとカンゾウから製したエキスを含む漢方製剤です。添付文書には、急激に起こる筋肉のけいれんを伴う疼痛、筋肉・関節痛、胃痛、腹痛が効能・効果として記載されています。同時に、患者の証、すなわち体質・症状を考慮し、改善が認められない場合には継続投与を避けることも示されています。生薬の一般的な説明だけではなく、使用する製品の添付文書に立ち返って評価する姿勢が必要です。
参考)https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/710082_5200067D1065_1_10
日本漢方生薬製剤協会:カンゾウ(甘草)の生薬情報
甘草の安全性評価では、「エキス顆粒の重量」と「原料生薬としての甘草量」を区別します。例えば、本草芍薬甘草湯エキス顆粒−Mでは、製剤7.5g中に、シャクヤク6.0gとカンゾウ6.0gから製した水製乾燥エキス2.4gが含まれます。この製剤の通常成人用量は1日7.5gですが、甘草量の確認に使う数値は製剤重量の7.5gではなく、組成欄に示された原料生薬量です。複数の処方を併用するときは、各製品の組成と実際の服用量を対応させて確認します。
甘草量からグリチルリチン酸量を一律に確定することも適切ではありません。厚生労働省の偽アルドステロン症マニュアルには、甘草1gに含まれるグリチルリチンを40mgとして換算した比較表がありますが、これは同資料での換算条件です。一方、生薬情報に示されるグリチルリチン酸2.0%以上という含量規定は、生薬の品質に関する基準であり、患者に投与される最終製剤の成分量や安全性の保証ではありません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 製剤重量と甘草量 | 製剤の用量と、組成欄の原料生薬量を分けて確認する。 | 本草芍薬甘草湯は製剤7.5g中、原料カンゾウ6.0gから製したエキスを含む。 |
| 投与前の禁忌確認 | 本草芍薬甘草湯では、アルドステロン症、ミオパチー、低カリウム血症の患者は禁忌。 | 禁忌・注意事項は、実際に使用する製品の添付文書で確認する。 |
| 甘草・成分の重複 | 他の甘草含有漢方製剤、グリチルリチン酸およびその塩類を含む製剤を確認する。 | 漢方薬同士の併用に限らず、成分としての重複に注意する。 |
| 利尿薬との併用 | ループ系・チアジド系利尿薬は併用注意。 | 血清カリウム値の低下が促進される可能性がある。 |
| 少量投与の評価 | 甘草1日1~2gを含む医療用漢方薬でも発症例がある。 | 少量であることだけを根拠に、副作用を否定しない。 |
| 投与期間の評価 | 本草芍薬甘草湯は、治療上必要な最小限の期間の投与にとどめる。 | 改善の有無を確認せず、漫然と継続しない。 |
患者背景も投与判断に影響します。厚生労働省のマニュアルは、高齢者や低身長・低体重など体表面積が小さい人に生じやすいことを挙げています。また、チアジド系・ループ系利尿薬の使用やインスリン投与など、低カリウム血症を生じやすくする条件にも注意を促しています。単に甘草の合計量を記録するだけでなく、患者背景、併用薬、投与前の検査値を組み合わせて判断します。
甘草を含む漢方薬の安全管理で中心となる副作用が、偽アルドステロン症です。典型的には、低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加などを呈します。名前が似ている原発性アルドステロン症と異なり、血中アルドステロンが増加していないにもかかわらず、鉱質コルチコイド作用が過剰になった状態です。低レニン、低アルドステロン、代謝性アルカローシスなどが診断を考える手がかりになります。
発症機序を理解する鍵は、腎尿細管などで働く11β-HSD2という酵素です。通常、この酵素はコルチゾールをコルチゾンへ変換し、コルチゾールによるミネラルコルチコイド受容体の過剰な活性化を防いでいます。グリチルリチンの代謝産物であるグリチルレチン酸や、その代謝産物が11β-HSD2の活性を抑えると、コルチゾールが受容体を介して鉱質コルチコイド作用を発揮します。その結果、塩分と水が貯留し、カリウム喪失が進みます。「甘草がアルドステロンの分泌を増やす」と説明するのではなく、この酵素阻害を介した機序として理解することが重要です。
臨床では、血圧や浮腫だけに注目すると見逃す可能性があります。厚生労働省のマニュアルは、血圧上昇は必発ではないと明記しています。また、自覚症状がなく、血液検査で血清カリウムの低下が見つかって診断に至る例もあります。こむら返りの治療中にこむら返りが悪化した場合も、原疾患の増悪だけでなく、低カリウム血症に伴う筋症状を検討する必要があります。
発症時期にも幅があります。使用開始後10日以内に発症した例から、数年以上使用した後に発症した例まで報告されており、一定期間問題なく服用できたことは、その後の安全性を保証しません。厚生労働省のマニュアルでは、3か月以内に発症したものが約40%を占めるとされていますが、これは同資料が参照した報告の傾向であり、すべての処方患者における発症確率を示す数値ではありません。
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル「偽アルドステロン症」
検査は、自覚症状が出てから行うだけでは不十分です。厚生労働省のマニュアルでは、原因となり得る医薬品を使用する患者について、投与開始時または投与量変更時は1か月以内、維持期でも3~6か月に1回の定期的な血清カリウム値の確認や心電図測定が重要とされています。この間隔を一律の安全保証と捉えるのではなく、患者背景、併用薬、症状、検査値の変化に応じて個別に計画します。
評価では、血清カリウムの基準範囲だけでなく、投与前からの変化にも注目します。同マニュアルは、血清カリウム3.5mEq/L以下、あるいは服用前に比べた低下を早期発見の手がかりとして挙げています。低カリウム血症を認めた場合には、心電図、腎機能、酸塩基平衡、必要に応じた尿中カリウム排泄やレニン・アルドステロンの測定を通じて、重症度と原因を評価します。筋症状がある場合は、CK上昇など横紋筋融解症を示す所見にも注意します。
甘草を服用している患者の低カリウム血症を、すべて甘草によるものと決めつけることも避けます。鑑別には、下痢などによる腎外性カリウム喪失、利尿薬、カリウムの細胞内移行、原発性アルドステロン症などが含まれます。薬剤性の偽アルドステロン症では、薬歴との時間的関係、低レニン・低アルドステロンを含む所見、原因薬中止後の経過を合わせて判断します。レニンやアルドステロンの数値だけでなく、臨床経過全体を評価することが重要です。
副作用が疑われた場合の基本は、推定原因医薬品の中止です。本草芍薬甘草湯の添付文書では、異常が認められた場合に投与を中止し、カリウム剤の投与など適切な処置を行うよう記載されています。厚生労働省のマニュアルでは、原因薬中止に加えて、スピロノラクトンの有効性も説明されています。実際の治療は、低カリウム血症の程度、不整脈の有無、腎機能などを踏まえて医師が選択し、カリウム補充だけで原因への介入を代替しないことが大切です。
中止後にも追跡が必要です。甘草が原因の場合、摂取中止後、数週間の経過で臨床症状の消失や血清カリウムの上昇を認めることが多い一方、症状や検査値異常が数週間残存する場合があります。したがって、中止を指示した時点で対応を完了とせず、血清カリウム、血圧、筋症状の回復を確認し、補充療法や併用薬の調整を含めて継続評価します。
薬歴聴取では、「漢方薬を飲んでいますか」という質問だけでは不十分です。甘草やグリチルリチンは、漢方薬以外にも、かぜ薬、胃腸薬、鎮咳去痰薬、肝疾患に用いる医薬品などに含まれます。厚生労働省のマニュアルは、一般用医薬品を含めた服用歴の把握を重視しています。患者が医薬品として認識していない製品もあるため、実物、外箱、成分表示の写真などを用いて、製品名と摂取量を具体的に確認する方法が役立ちます。
問診では、他院処方の有無、常用薬と頓服薬の区別、1回量、1日の服用回数、使用期間を確認します。例えば、慢性的に使用する甘草含有漢方薬に、こむら返りの際の芍薬甘草湯や市販のかぜ薬が追加されると、患者自身が重複を意識しないまま甘草・グリチルリチンへの曝露が増える可能性があります。添付文書でも、他の漢方製剤との併用では含有生薬の重複に注意するよう求められています。
患者への説明は、副作用名だけで終わらせないことが重要です。「手足に力が入りにくい」「筋肉痛やこむら返りがだんだん強くなる」「むくみが出た」「血圧が普段より上がった」といった生活場面の言葉で伝え、気付いたら速やかに医師・薬剤師へ連絡するよう案内します。高齢者や認知機能の低下がある患者では、家族や介護者にも初期症状を共有すると、変化を捉える助けになります。歩けない、失神する、息苦しいなど重い症状は、次回受診まで待たずに医療機関での評価が必要です。
処方の見直しでは、有効性と安全性を同時に確認します。症状が改善しているか、継続する目的が明確か、頓服が常用になっていないか、他の処方と成分が重複していないかを整理します。少なくとも本草芍薬甘草湯の添付文書は、必要最小限の投与期間と、改善が認められない場合の継続回避を求めています。「漢方薬だから長期使用しても問題ない」という前提ではなく、治療目標と再評価の時点を明確にすることが、安全使用の実務につながります。
なお、甘草含有製剤に記載された副作用のすべてを、甘草単独の作用と同一視しないことも必要です。本草芍薬甘草湯の添付文書には、偽アルドステロン症や低カリウム血症に伴う筋障害のほか、間質性肺炎、肝機能障害なども記載されています。甘草による電解質異常を重点的に監視しつつ、製剤全体の安全性情報も確認することが求められます。製品選択、処方監査、服薬指導の各段階で、使用する製品の最新の添付文書を確認してください。