

緑内障治療中に眼圧が下がっていても、それだけで「下がりすぎ」とは判断できません。重要なのは、視神経障害の進行を抑えるために必要な眼圧下降が得られているかと、眼圧低下による視機能・眼球構造への悪影響が生じていないかを分けて評価することです。低い眼圧で安定している状態と、治療を要する低眼圧は同義ではありません。
参考)https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/resources/member/guideline/glaucoma5th.pdf
日本緑内障学会の「緑内障診療ガイドライン(第5版)」では、眼圧下降を緑内障治療の基本に位置づけています。目標眼圧は、無治療時眼圧、病期、視野障害の進行速度、年齢、他眼の状態などを考慮して個別に設定します。正常眼圧緑内障でも眼圧は病態に関与しているため、「治療前から正常範囲だったので、さらに下げる必要はない」という理解は適切ではありません。
一方、目標眼圧は全患者に共通する固定値ではありません。ガイドラインには、無治療時から20%や30%といった眼圧下降率を目安に設定する方法が示されていますが、その値を達成すれば治療が完結するわけではありません。視野や視神経所見が進行すれば目標を見直し、副作用や生活の質への影響が問題になれば治療の必要性と負担を再評価します。
したがって、患者から「眼圧が一桁になったが大丈夫か」と質問された際も、一桁という区分だけで安全・危険を断定しないことが大切です。後述する低眼圧の定義は判断の参考になりますが、最終的には視力、前眼部、眼底、画像検査、経時的変化を組み合わせます。医療従事者には、眼圧の数字を説明するだけでなく、その患者で低い眼圧を維持する目的と、合併症を監視している理由を伝える役割があります。
低眼圧の定義には文献間で違いがあります。統計学的な定義として6.5 mmHg未満が用いられる一方、5 mmHg以下を複数回認める状態を基準とする文献もあります。しかし、低い測定値でも視機能が保たれる症例があるため、数値基準と障害の有無は切り分けて理解する必要があります。
参考)Checking your browser - reCAPT…
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 統計学的な低眼圧 | 6.5 mmHg未満という定義が用いられる | 視機能障害の有無とは必ずしも一致しない |
| 別の数値基準 | 5 mmHg以下を複数回認める状態など | 定義や測定条件を確認して解釈する |
| 臨床的低眼圧 | 眼圧低下により視力低下などの問題が生じた状態 | 眼圧値に加え、前房・角膜・黄斑などを評価する |
| 目標眼圧 | 緑内障の進行抑制を目的に個別設定する治療上の目安 | 低眼圧の診断基準や安全な下限値とは異なる |
表に示した数値基準は低眼圧に関する総説、目標眼圧の考え方は日本緑内障学会のガイドラインに基づきます。全患者に適用できる「この眼圧以上なら安全」という下限値を示した表ではありません。
また、測定値そのものの信頼性にも注意します。眼圧計による測定は角膜厚、曲率、角膜の生体力学的特性などの影響を受け、屈折矯正手術後にも誤差が生じやすくなります。予想外に低い値が得られた場合は、測定条件と角膜所見を確認し、必要に応じて標準的に用いられるGoldmann圧平眼圧計などで再評価します。低値を測定誤差と決めつけず、同時に真の低眼圧と早合点しない姿勢が必要です。
低眼圧の原因は、大きく「房水が過剰に流出する状態」と「房水産生が低下する状態」に整理できます。複数の機序が同時に関与することもあるため、手術歴だけ、薬剤歴だけで原因を決めないことが重要です。代表的な臨床場面は緑内障濾過手術後ですが、外傷、ぶどう膜炎、網膜剥離なども鑑別に含まれます。
問診では、術式と手術日、低眼圧が確認された時期、薬剤変更の有無、外傷、見え方の変化を確認します。術後早期の低眼圧と長期間経過後の低眼圧では想定する原因が異なりますが、「手術直後なら問題ない」「昔の手術だから関係ない」という判断はいずれも適切ではありません。術後経過に応じて、創部・濾過胞・前房・眼底を評価します。
薬剤については、商品名だけでなく有効成分を確認することが実務上有用です。配合点眼薬も含めた使用薬の全体像、左右眼の使用指示、実際の使用状況を整理し、処方医に共有します。ただし、薬剤性が疑われても、漏出や炎症などを評価せずに「点眼が効きすぎた」と結論づけることは避けます。原因を同定してから治療を選ぶことが低眼圧管理の基本です。
NCBI Bookshelf「Ocular Hypotony」
低眼圧では、かすみ、視力低下、ものがゆがむ変視症、屈折の変化などがみられることがあります。一方で、5 mmHg以下でも自覚症状が乏しく視力が保たれている症例もあります。したがって、「痛みがない」「本人が困っていない」ことだけでは、低眼圧による影響を十分に除外できません。
視機能への影響を考えるうえで重要なのが低眼圧黄斑症です。眼圧低下に伴って眼球形状が変化し、脈絡膜・網膜に皺襞が形成されることで、中心視機能が障害されます。眼底では黄斑部の皺襞に加え、視神経乳頭の腫脹や血管の蛇行などを認める場合があります。長期化した低眼圧では変化が固定化する可能性がある一方、適切な原因治療によって構造や視力が改善することもあります。
診察では、矯正視力、屈折、眼圧の推移を確認したうえで、細隙灯顕微鏡により角膜浮腫、角膜の皺襞、前房深度、炎症所見、濾過胞の状態を観察します。房水漏出の確認には、フルオレセインを用いるSeidel試験が役立ちます。ただし、Seidel試験で漏出を認めなくても過剰濾過による低眼圧はあり得るため、陰性所見だけで術後の流出過多を否定できません。
黄斑部の評価には光干渉断層計、すなわちOCTが有用です。眼底観察や眼底写真では目立たない皺襞を検出できることがあり、眼圧低下と説明のつかない視力変化が並存する場合には重要な検査になります。眼底の透見が不良であれば超音波Bモードで脈絡膜剥離や網膜剥離を評価し、毛様体解離や毛様体剥離が疑われる場合には超音波生体顕微鏡、UBMなどで原因を調べます。
緑内障患者の視力低下をすべて視神経障害の進行で説明しないことも重要です。術後に眼圧が低くなってから中心が見づらい、直線が曲がるなどの訴えが出た場合は、低眼圧黄斑症、角膜障害、屈折変化などを評価します。緑内障性障害の進行評価と低眼圧合併症の評価は、相互に置き換えられるものではありません。
薬剤が原因であれば処方医が減量・中止・変更を検討します。炎症による房水産生低下が原因なら、炎症の治療が必要です。術後の過剰濾過や浅前房では、病態に応じて調節麻痺薬、縫合による流出調整などが選択され、漏出が持続する濾過胞では結膜前転などの修復術が必要になる場合があります。チューブシャント術後では、チューブ結紮などで流出を調整する方法があります。
とくに注意したいのは、低眼圧なら全例で眼圧下降薬を中止する、あるいはステロイドを一律に減らすという対応はできないことです。例えば、炎症による房水産生低下では抗炎症治療が重要ですが、濾過胞からの漏出や過剰濾過では、創傷治癒を考慮してステロイドの減量を検討する場合があります。また、一部の漏出例では房水漏出量を抑える目的で房水産生抑制薬が用いられることもあり、薬剤選択は病態に依存します。
患者指導では、低い眼圧値を理由に自己判断で点眼を中断したり、回数を増減したりせず、治療を担当する眼科へ連絡して指示を確認するよう伝えます。医療従事者側も、低眼圧の原因によって処方方針が異なることを踏まえ、眼圧値だけを見て一律の継続・中止指示を出さないことが重要です。低眼圧への対応後は眼圧が再上昇する可能性もあるため、緑内障管理と合併症管理を継続して両立させます。
新たな視力低下、見え方のゆがみ、急激な見え方の変化があれば、予定の定期受診を待たず、速やかに眼科へ連絡するよう説明します。とくに術後の眼で強い眼痛や充血、急な視力低下が出た場合は、低眼圧だけでなく感染や出血などの合併症も含めて緊急性の評価が必要です。眼圧の数字を患者自身が把握していなくても、症状の変化を連絡の契機にできるよう、具体的に伝えます。
看護師、薬剤師、視能訓練士などの多職種で共有する情報は、左右別の眼圧と測定日、手術歴、矯正視力の変化、点眼・内服内容、自覚症状の発現時期です。患者への説明でも、「低い数値が出た」という事実と「組織障害があるか」という評価を分けて伝えると、必要な眼圧下降治療への過度な不安を避けながら、合併症への注意を促せます。低眼圧は原因の早期把握と適切な対応によって改善が期待できるため、症状・検査・薬歴を結びつけた情報共有が重要です。