認知症の痛みが大げさに見える理由と対応

認知症の痛みが大げさに見える理由と対応

認知症の人が痛みを強く訴えたり、拒否・興奮として表現したりする背景を解説します。「大げさ」と決めつけず、観察・自己申告・身体評価を組み合わせて苦痛を見逃さないために何が必要でしょうか?

認知症の痛みが大げさに見える理由と評価の核心

痛みを訴える行動の見極め方
大げさという判断を避ける

強い訴えや介助拒否は、痛み、不安、せん妄、環境刺激などが重なった苦痛の表現として扱います。

自己申告をまず尊重する

言語で答えられる段階では本人の訴えを起点にし、短く具体的な質問で痛みの部位と変化を確かめます。

観察と再評価を標準化する

表情、発声、動作、活動性の変化を安静時と体動時に記録し、介入前後の変化を継続して比較します。


「大げさ」は痛みの程度を示す言葉ではない



認知症の人が「痛い」と繰り返し訴える、大きな声を出す、顔をしかめる、身体を硬くする、介助者の手を払いのけるといった場面では、周囲が「痛みを大げさに言っているのではないか」と受け取ってしまうことがあります。しかし、この表現は医学的な疼痛強度の評価ではなく、観察者側の印象にすぎません。認知症があることを理由に、訴えの信頼性を一律に低く扱うことは避ける必要があります。
痛みは組織損傷だけで決まる単純な感覚ではありません。痛みに対する恐怖、不安、過去のつらい医療体験、見通しを持てないこと、聞こえにくさ、慣れない環境、睡眠不足、便秘、尿意、皮膚トラブルなどが重なると、本人が感じる苦痛と反応は大きくなります。認知症では、痛みの場所・性質・時間的経過を整理して言葉にすること、痛みと不安を区別して説明すること、介助の目的を理解して耐えることが難しくなり得ます。そのため、痛みが行動として現れやすくなります。
重要なのは、反応の大きさから「痛みが軽い」「演技である」「性格の問題である」と結論づけないことです。反対に、叫び声や拒否が必ずしも強い身体痛だけを意味するわけでもありません。疼痛、せん妄、恐怖、抑うつ、感覚障害、コミュニケーション不全、介助方法の不適合などを並行して検討し、本人にとっての苦痛を減らすことが臨床上の目標になります。
認知症があっても、初期から中等度であれば本人の自己申告は重要な情報源です。認知機能の低下に伴い自己申告の妥当性が低下することはありますが、言葉による意思表示が可能な人については、本人の訴えを評価の出発点にする考え方が示されています。自己申告だけに依存せず、観察、家族・介護者からの情報、診察所見を統合する姿勢が必要です。


参考)https://iaspfiles.s3.amazonaws.com/production/public/globalyear/Pain_Assessment_in_Dementia.pdf


痛みが行動症状に見える主な背景

認知症の人では、疼痛が不穏、興奮、易怒性、介助拒否、ケアへの抵抗、睡眠障害、活動量低下、食欲低下などとして表れる場合があります。これらはBPSDと呼ばれる行動・心理症状と重なって見えるため、「認知症だから落ち着かない」「いつもの興奮」と処理されやすい点が課題です。行動変化を認めた場合は、精神症状だけで説明する前に、急性の身体的苦痛や疾患を確認します。
とくに、体位変換、移乗、歩行、清拭、更衣、排泄介助、関節可動域訓練、創部処置など、特定のケアや動作で反応が増悪する場合は、体動時痛を疑う手がかりになります。変形性関節症、骨折、脊椎圧迫骨折、拘縮、褥瘡、口腔内トラブル、尿路感染、便秘、尿閉、帯状疱疹、末梢循環障害など、原因は多岐にわたります。急な変化、発熱、意識水準の変動、神経学的異常、呼吸苦、胸痛、腹部膨満などがあれば、疼痛評価と同時に緊急性を判断しなければなりません。
また、介助者に対する拒否や攻撃的な反応は、「不快な刺激を止めてほしい」という非言語的な意思表示である可能性があります。認知症の人は、痛む部位を守る、介助から逃れる、触れられたくないと示すために、押しのける、叫ぶ、叩くといった行動を取ることがあります。これはケアを妨害する意図と断定せず、介助の手順、姿勢、速度、説明の仕方、実施時間、室温、羞恥心への配慮を点検する契機とします。

観察された変化 考えるべき疼痛・苦痛の例 臨床での確認事項
移乗や立位で叫ぶ、顔をしかめる 関節痛、骨折、腰背部痛、拘縮、体動時痛 左右差、荷重時の変化、腫脹、転倒歴、可動域を確認する
清拭や更衣を強く拒否する 皮膚損傷、褥瘡、関節痛、冷感、不安、羞恥 触れた部位、室温、説明の有無、ケアの順序を確認する
落ち着かない、夜間に何度も起きる 持続痛、便秘、尿意・尿閉、呼吸苦、せん妄 排泄状況、薬剤、バイタル、昼夜の変化、急性疾患を確認する
食事を嫌がる、口元に触れさせない 歯痛、義歯不適合、口内炎、嚥下時痛、咽頭痛 口腔内、義歯、食形態、むせ、発熱、脱水所見を確認する
突然の興奮や攻撃性の増加 急性疼痛、せん妄、感染、低酸素、薬剤性の苦痛 発症時期、意識変動、バイタル、感染兆候、薬剤変更を確認する


自己申告・観察・身体評価を組み合わせる

疼痛評価は、「認知症だから観察式スケールだけでよい」と単純化しないことが大切です。本人が理解して答えられる場合は、「今、どこか痛いところはありますか」「ここを動かすと痛みますか」「痛くない・少し痛い・かなり痛いならどれですか」のように、短く、一度に一問ずつ質問します。抽象的な質問や長い説明を避け、必要に応じて身体図、指さし、表情尺度、言語尺度などを利用します。
自己申告が不安定な場合や、進行した認知症で意思の言語化が困難な場合には、観察式の疼痛評価を用います。代表例のPAINADは、呼吸、否定的な発声、表情、身体言語、慰められやすさの5項目を各0~2点で評価し、合計0~10点として変化を追う方法です。安静時だけではなく、移動、体位変換、清拭、更衣、リハビリテーションなど、痛みが出現しやすい活動時にも観察します。PAINADの得点は診断そのものではなく、同一患者における経時的な変化や介入への反応を共有するための補助指標として用います。


参考)https://geriatricpain.org/sites/geriatricpain.org/files/2025-10/PAINAD-Combined-Tool-and-Instructions-2025.pdf

  • 本人の発言は、内容が断片的でもまず否定せずに受け止める。
  • 安静時と動作時の双方で、表情、発声、姿勢、動き、抵抗の変化を観察する。
  • 痛みが出た時刻、場面、部位、強さの目安、誘因、軽減因子を具体的に記録する。
  • 家族や普段から関わる職員に、本人特有の痛みのサインや普段との違いを確認する。
  • 鎮痛薬、体位調整、排泄ケア、環境調整などの介入後に、同じ条件で再評価する。

国立長寿医療研究センター「認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版」


「痛みが大げさ」と感じた場面の実践対応

臨床現場で大切なのは、反応の強さを評価者の主観だけで判断しないことです。たとえば、入浴前から不安そうで、脱衣時に大声を出し、右肩に触れた瞬間に身体を引く患者がいるとします。この状況を「入浴を嫌がって騒いでいる」と記録すれば、疼痛評価につながりません。一方で、「右肩への接触および更衣動作で顔面の苦悶、右上肢の引き込み、大声が出現。安静時は軽減」と記録すれば、肩関節痛、拘縮、皮膚損傷などの確認と、介助方法の再検討につながります。
まずは、本人の訴えに対して「痛いのですね」「今は動かさずに確認します」と短く応答し、刺激をいったん止めます。次に、痛みの部位、発症時期、動作との関係、転倒・打撲の有無、排泄や食事との関係を確認します。急激な悪化や全身状態の変化がある場合は、バイタルサイン測定と診察につなげ、必要に応じて医師へ速やかに報告します。
痛みが疑われる場合の介入は、薬剤だけではありません。疼痛部位への負担を減らすポジショニング、クッションや福祉用具の活用、移乗・更衣の方法の変更、温冷罨法の適否確認、排泄支援、口腔ケア、静かな環境づくり、見通しを伝える声かけなどを組み合わせます。薬物療法を実施する場合は、目的、効果、眠気、転倒、便秘、せん妄増悪、腎機能・肝機能への影響、併用薬との関係を踏まえ、処方医・薬剤師を含むチームで安全性を確認します。
認知症の人の疼痛では、鎮痛介入の前後で観察を繰り返すことが欠かせません。たとえば、鎮痛後に移乗時の顔面の緊張、うめき、拒否が減り、睡眠や食事、リハビリテーション参加が改善したなら、痛みが行動変化に関与していた可能性が高まります。反対に改善が乏しければ、疼痛原因の見直し、投与方法の再検討、せん妄や不安など別の苦痛の評価を行います。


チームで共有し見逃しを減らす記録の要点

認知症の人の痛みを見逃さないためには、個々の職種が「痛そうだった」「いつもより不機嫌だった」と感覚的に伝えるだけでは不十分です。医師、看護師、介護職、リハビリテーション職、歯科・口腔ケア担当、薬剤師、家族などが、同じ情報を再現可能な形で共有する必要があります。とくに、本人が痛みを十分に言語化できない状況では、日常生活に近い場面で観察する職員の記録が診断と治療の重要な手がかりになります。
記録には、いつ、どの場面で、何をしたときに、どのような反応があり、どの部位が疑われ、何を行った後にどう変化したかを残します。「大げさ」「わがまま」「非協力的」といった評価語は、次の職員の先入観を強め、原因探索を妨げるおそれがあります。観察可能な事実に置き換えることが重要です。たとえば、「訴えが大げさ」ではなく、「体位変換開始時に『痛い』と3回発言し、眉間にしわを寄せ、左股関節を屈曲して介助者の手を押し返した」と記載します。
また、痛みの評価は一回限りではなく、病状や生活機能の変化に合わせて継続します。新たな転倒、感染、便秘、褥瘡、手術後、リハビリテーション開始、薬剤変更、入院や施設入所による環境変化は、疼痛や苦痛のパターンが変わりやすい時点です。本人の普段の表情、声量、動き、睡眠、食事、活動量を知っていることが、「いつもと違う」を捉える基盤になります。
認知症の人が見せる強い痛みの訴えや行動を、「大げさ」という一語で終わらせないことは、尊厳を守るケアの基本です。訴えを尊重し、自己申告が可能なら活用し、困難な場合は観察式評価と身体評価を重ね、介入後に必ず再評価する。この循環をチームで標準化することが、未治療の痛みを減らし、不必要な行動制限や向精神薬への安易な依存を避けることにもつながります。国立長寿医療研究センターのマニュアルでも、認知症患者は身体症状や苦痛を的確に伝えにくく、非言語的要素からの把握とNRS・PAINADなどを用いた疼痛評価、適切な疼痛コントロールの必要性が示されています。


参考)https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf




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