

夏に「体調が悪くて気持ち悪い」「むかむかして食べられない」と訴える患者を診る際は、まず熱中症や脱水を念頭に置きます。ただし、吐き気は原因を一つに絞れる症状ではありません。暑い時期に発症したという理由だけで夏バテと判断せず、暑熱曝露、随伴症状、食事や飲水の状況を組み合わせて評価することが重要です。熱中症では、めまい、頭痛、吐き気、倦怠感などがみられ、重症例では意識障害や臓器障害に至る可能性があります。
参考)熱中症予防のために
熱中症を疑う場面は、炎天下の運動や屋外作業に限りません。冷房を十分に使用していない室内で過ごした場合も、暑熱環境への曝露として確認します。「外には出ていない」という回答だけで可能性を下げず、室内の暑さ、冷房の使用状況、活動量、水分摂取の状況まで尋ねることが実践的です。患者がいる場所を涼しくすることは、評価と並行して進めます。
一方、腹痛、下痢、発熱、嘔吐を伴う場合には、食中毒などの消化器疾患も考えます。食中毒は原因によって発症までの時間や症状が異なるため、「直前の食事に問題がなかった」「同じものを食べた家族は元気」という情報だけでは否定できません。食事内容、摂取から発症までの時間、同様の症状を示す人の有無を確認し、暑熱曝露の情報と切り分けて整理します。
参考)食中毒かな?と思ったら:農林水産省
また、熱中症と消化器症状を伴う疾患は、必ずしも相互に排他的ではありません。嘔吐や下痢によって水分・電解質が失われている患者が暑い環境に置かれれば、補水と体温管理の両方が問題になります。「夏バテだから休めばよい」という説明で終えず、飲水できるか、意識は普段どおりか、症状が悪化していないかを優先して確認します。
参考)熱中症が疑われる人を見かけたら
農林水産省:食中毒かな?と思ったら
初期評価では、原因を詳しく聞き取る前に、意識状態と自力での飲水が可能かを確認します。熱中症が疑われ、自力で水を飲めない、意識がない場合には、厚生労働省は直ちに救急車を呼ぶよう案内しています。会話が成立していても、吐いてしまって水分を保てない場合や、冷却・補水後も回復しない場合は、そのまま経過観察を続けず医療機関での評価につなげます。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 意識状態 | 呼びかけへの反応、会話の成立、普段と違う言動を確認する | 熱中症が疑われる意識異常は、緊急対応を優先する所見 |
| 飲水能力 | 自分で飲めるか、安全に飲み込めるか、嘔吐で保てなくなっていないかを確認する | 自力で飲めない場合は救急要請し、無理に飲ませない |
| 暑熱曝露 | 屋外作業、運動、室内の暑さ、冷房の使用状況を確認する | 屋内での発症も熱中症の評価対象になる |
| 随伴症状 | 頭痛、めまい、倦怠感、腹痛、下痢、発熱などを確認する | 消化器症状や食事歴から、食中毒なども検討する |
| 体温と臓器障害 | 医療機関では深部体温や意識、肝・腎機能、凝固異常などを評価する | 体温の数字だけで重症度を判断しない |
| 初期対応後の変化 | 涼しい場所への移動、冷却、可能な範囲の補水で改善するか確認する | 改善に乏しい場合は評価・治療を進める |
この表は診断基準そのものではなく、初期評価の確認項目を整理したものです。熱中症の緊急対応は厚生労働省の案内、臓器障害や深部体温を含む重症度評価は日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024」を踏まえています。食中毒を疑う際には、腹痛・下痢・発熱などの組み合わせと発症経過を別途確認します。
参考)https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf
医療従事者が押さえたい変更点として、同ガイドラインでは従来の重症度分類に最重症群のⅣ度が追加されています。Ⅳ度は深部体温40.0℃以上、かつGCSが8以下の場合と定義されます。ただし、この数値に達していなければ安全という意味ではありません。意識障害や臓器障害の有無を含めて評価し、Ⅳ度の基準を満たすまで治療や搬送を待つ運用は避けます。
熱中症が疑われるときは、活動を中止し、冷房の効いた室内や風通しのよい日陰へ移動させます。衣服をゆるめ、体を冷やしながら意識と飲水能力を確認してください。首の周囲、脇の下、足の付け根などの冷却も応急処置として示されています。原因の確定を待ってから冷却するのではなく、暑熱曝露が疑われる段階で環境調整と冷却を始めることが大切です。
参考)https://jsite.mhlw.go.jp/kanagawa-roudoukyoku/var/rev0/0120/4076/20176994932.pdf
医療機関で行う積極的冷却は、冷水浸水や蒸散冷却など、体から熱を取り除くための治療です。日本救急医学会のガイドラインでは、Ⅲ~Ⅳ度の重症例に対して、積極的冷却を含めた集学的治療を推奨しています。特定の冷却法だけを一律に選ぶのではなく、患者の状態と施設で実施できる方法を踏まえ、迅速に対応します。
患者や家族への説明では、熱中症が疑われる状況で「吐き気だけなので軽い」と受け止められないよう注意します。吐き気に頭痛や強い倦怠感が加わっているか、会話や行動に変化がないか、実際に飲水できるかを具体的に尋ねてください。電話相談や外来受付でも、症状名だけではなく飲水能力と意識状態を確認することが、緊急性の判断につながります。
経口補水液は、水分と電解質を補うために組成が調整された食品です。水、電解質、ブドウ糖などを含み、脱水時に水分と電解質を吸収しやすいよう設計されています。一般的なスポーツドリンクとは組成や用途が異なるため、「どれも同じ水分補給用の飲料」として説明しないことが重要です。
参考)https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/foods_for_special_dietary_uses/assets/food_labeling_cms206_20240430_07.pdf
使用前には、まず患者が自力で安全に飲めるかを確認します。熱中症が疑われ、自力で飲めない場合は、飲ませ方や飲料の種類を工夫して家庭で対応し続けるのではなく、救急要請が必要です。飲水できる場合も、摂取後の嘔吐や症状の改善の有無を確認し、飲めた事実だけで対応を終了しないようにします。
一方、経口補水液を予防目的で日常的に飲み続けるよう勧めることは適切ではありません。消費者庁は、一般的なスポーツドリンクよりナトリウムやカリウムが多く、脱水状態ではない人が普段の水分補給として飲むものではないと説明しています。商品の表示と対象となる状態を確認し、医師や管理栄養士などの指導に沿って使用します。
特に、心臓や腎臓の病気がある患者、水分・塩分・カリウムの制限を受けている患者には、画一的な量を指示しない配慮が必要です。「夏は多めに飲む」「汗をかいたら必ず塩分を足す」と一律に伝えず、普段の治療方針と現在の脱水リスクを踏まえて調整します。また、吐き気がある患者すべてに経口補水液が必要なわけではなく、脱水の有無と原因の評価が先になります。
再発予防では、水分補給だけに説明を集中させず、暑さへの曝露を減らす具体策を共有します。冷房の使用、日陰や涼しい室内での休憩、暑い時間帯の活動を避ける工夫など、患者の生活に合わせて実行可能な対策を選びます。屋内でも熱中症は起こり得るため、自宅療養中や外出の少ない患者にも、室内環境の確認が必要です。
高齢者など暑さや口渇を感じにくい人では、本人の「暑くない」「のどは渇いていない」という感覚だけに頼らない説明が求められます。周囲の人が冷房の使用状況や体調を確認できるようにし、患者自身にも、吐き気、頭痛、めまい、だるさなどの変化を早めに伝えるよう説明します。持病による飲水制限がある場合は、その範囲を確認したうえで対策を組み立てます。
消化器症状を伴う患者には、熱中症対策と併せて食品衛生の指導も行います。厚生労働省が示す細菌性食中毒予防の原則は、細菌を「つけない」「増やさない」「やっつける」の三つです。手洗い、食品や調理器具の衛生管理、適切な保存と加熱を、患者の調理・食事環境に即して説明します。家庭で発生した食中毒は、風邪や寝冷えなどと思われて気づかれない場合もあるため、症状の経過を軽視しないよう伝えます。
参考)食中毒|厚生労働省
帰宅時には、原因の説明に加えて、どのような変化があれば再受診や救急要請が必要かを具体化します。熱中症が疑われる状況で自力で飲めなくなった、意識や反応がおかしい場合は救急要請が必要です。飲水できていても、冷却・補水後に回復しない場合は医療機関での評価につなげます。「夏だからよくあること」と安心させるのではなく、緊急性を見分ける行動基準まで共有することが、医療従事者による説明の要点です。