


後陣痛とは、出産後に子宮が妊娠前の大きさへ戻る過程で、子宮の収縮に伴って生じる痛みです。「後陣痛はどんな痛みですか」という質問には、まず「下腹部が生理痛のように痛み、収縮に合わせて強くなったり和らいだりします。人によっては陣痛に似た強い痛みになります」と説明すると、感覚を共有しやすくなります。米国産科婦人科学会(ACOG)も、後陣痛を月経痛や分娩時の陣痛に似た痛みとして紹介しています。
参考)Postpartum Pain Management
患者への説明では、「下腹部がぎゅっと締めつけられる」「生理痛のように重く痛む」といった言葉を例に挙げながら、本人の表現を確認します。ただし、こうした表現だけで後陣痛と診断することはできません。産後には会陰部や手術創などにも痛みが生じるため、腹部全体を一括して「産後の痛み」と扱わず、どこが、いつ、どのように痛むのかを分けて把握することが大切です。
分娩時の陣痛は、子宮頸管の開大と胎児の娩出に向けて起こる収縮です。一方、後陣痛は出産後の子宮収縮に伴うもので、発生する時期と役割が異なります。痛みの感覚が似ていることはあっても、「陣痛と同じ間隔で起こる」「出産時より必ず軽い」と一律には説明できません。痛みの強さや感じ方には幅があり、経産婦では後陣痛を感じやすいことも知られています。
医療従事者は、生理的な変化に伴う痛みであることを伝えると同時に、「正常な経過だから我慢するしかない」という受け止めにならないよう配慮します。産後の痛みは母体の休息や児の世話に影響するため、日常生活への支障も含めて評価し、必要な鎮痛につなげることが重要です。
参考)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
ACOG:産後の痛みと対処法
後陣痛は産後早期にみられ、最初の数日間に目立つことが一般的です。英国の妊娠・出産支援団体Tommy’sは通常2~3日程度と説明する一方、英国のUniversity Hospital Southamptonの患者向け資料では、数日で頻度と強さが軽減するものの、7~10日ほど続く場合もあるとしています。この違いを踏まえ、「必ず3日で消える」「1週間以内なら問題ない」と断定せず、軽減傾向と随伴症状を併せて判断します。
参考)https://www.tommys.org/pregnancy-information/after-birth/your-body-after-birth
授乳中に後陣痛が強まりやすいのは、授乳に伴って分泌されるオキシトシンが子宮収縮を促すためです。授乳のたびに下腹部が痛む場合、この仕組みを説明すると見通しを持ちやすくなります。また、経産婦では後陣痛が起こりやすいとされていますが、出産回数だけで痛みの強さを予測したり、初産婦の強い訴えを軽視したりしないことが大切です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 痛む場所・感覚 | 下腹部を中心とする、生理痛や陣痛に似た収縮痛 | 痛みの表現だけで正常・異常を確定しない。 |
| 目立ちやすい時期 | 産後の最初の数日間 | 授乳開始後の数日間にも感じやすい。 |
| 持続期間 | 数日で軽くなることが多いが、7~10日ほど続く場合もある | 日数より、軽減しているか、悪化しているかを重視する。 |
| 授乳との関係 | オキシトシンによる子宮収縮で痛みが目立つことがある | 授乳時以外に起こる場合もある。 |
| 出産回数との関係 | 第2子以降の出産で感じやすい | 個々の訴えを確認し、回数だけで判断しない。 |
| 悪露との違い | 悪露は後陣痛より長く、数週間続くことがある | 悪露が続いていることと、腹痛を経過観察してよいことは別に判断する。 |
授乳時には子宮収縮に伴い、悪露が一時的に赤くなったり量が増えたりすることもあります。ただし、授乳中の変化だからといって、急な大量出血まで正常と考えてはいけません。普段と比べた量、血塊の有無、めまいや動悸などを併せて確認し、異常出血の可能性を評価します。
University Hospital Southampton:産後の出血と後陣痛に関する患者向け資料
後陣痛の評価では、「産後何日目か」「授乳で強まるか」に加え、発熱、出血、悪露の変化などを組み合わせて確認します。産褥子宮内膜炎でも下腹部痛や子宮の圧痛がみられ、典型的には分娩後24~72時間以内に発熱が生じます。後陣痛が目立つ時期と感染症の発症時期が重なるため、産後早期という理由だけで生理的な痛みと判断しないことが重要です。
参考)産褥子宮内膜炎 - 18. 婦人科および産科 - MSDマニ…
患者には「痛みがありますか」だけでなく、「痛みがない時間はありますか」「昨日より強くなっていますか」「授乳や休息にどれくらい影響していますか」と具体的に尋ねます。後陣痛は数日で軽くなることが多いため、単独の時点の強さだけでなく、経時的な変化を把握することが判断材料になります。
鎮痛薬を使用した場合も、薬が効いたかどうかだけで評価を終えないようにします。産後の腹痛には感染や出血などの原因があり、痛みの軽減とは別に、発熱や悪露、全身状態の異常が残っていないかを確認する必要があります。
後陣痛を和らげる方法として、ACOGは腹部を温めることを挙げています。温罨法は不快感の軽減に役立つ可能性がありますが、原因不明の強い腹痛や異常出血がある場合に、評価を後回しにするための方法ではありません。まず通常の後陣痛として対応してよい状態かを確認し、必要に応じて薬物療法を組み合わせます。
薬物療法では、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が選択肢になります。ACOGの産後疼痛管理に関する臨床コンセンサスでは、母乳を与える予定の患者に対して、アセトアミノフェンとイブプロフェンを第一選択の鎮痛薬と位置づけています。後陣痛については、患者向け資料でイブプロフェンがアセトアミノフェンより有効な場合があるとも説明しています。
ただし、「授乳中に使用できる薬」と「その患者に適切な薬」は同じ意味ではありません。実際の処方や服薬指導では、母体の病歴、併用薬、製品の添付文書、児の状態を確認します。英国のSpecialist Pharmacy Serviceが示すアセトアミノフェンの授乳中使用に関する推奨は、健康な正期産児を前提としているため、早産児や健康上の問題がある児では個別の検討が必要です。
参考)Breastfeeding and medicines - …
患者向けには、「授乳中だから鎮痛薬を一切使えないわけではありません。処方された薬や服用量を確認しながら、痛みを抑える方法を相談できます」と説明します。自己判断で複数の鎮痛薬を重ねたり、複数成分を含む市販薬を追加したりせず、医師・助産師・薬剤師へ確認するよう案内します。十分な鎮痛が得られない場合には、単に我慢を求めるのではなく、原因と治療内容を再評価します。
産後疼痛管理では、作用の異なる治療を段階的に組み合わせる考え方が重視されています。オピオイドを含む治療が必要になった場合は、母体への効果だけでなく児への影響も考慮し、過度の眠気などに注意した観察と服薬指導を行います。
産後の下腹部痛がすべて後陣痛とは限りません。特に注意したいのは、強い腹痛が持続する、痛みが悪化する、発熱や悪寒を伴う、悪露の臭いが変わるといった場合です。産褥子宮内膜炎では下腹部痛、子宮の圧痛、発熱、倦怠感などがみられます。症状がそろうまで待たず、通常の回復経過から外れる変化を捉えて診察につなげます。
米国疾病予防管理センター(CDC)は、産後を含む母体の緊急警告徴候として、38℃以上の発熱、治まらない強い腹痛、悪臭のある分泌物、多量の性器出血などを挙げています。出血については、1時間に1枚以上のナプキンがいっぱいになる量を警告の目安としています。これは診断を確定する基準ではなく、速やかに医療機関へ連絡するための目安です。
参考)https://www.cdc.gov/hearher/docs/pdf/CDC-Hear-Her-Womens-urgent-warning-signs-h.pdf
また、突然の大量出血に加えて失神しそうな感覚や頻脈がある場合には、産後出血の可能性を考慮します。「授乳後だから」「悪露は出るものだから」と経過観察を続けず、直ちに医療機関へ連絡し、状態に応じた緊急対応につなげる必要があります。入院中はすぐにスタッフを呼ぶこと、退院後は分娩施設などへ速やかに連絡することを、患者が具体的に理解できるよう伝えます。
子宮内膜炎の診断に関する記載では、発熱の持続期間などの条件が示されることがあります。しかし、患者への受診指導で「発熱が2日続くまで待つ」と説明してはいけません。診断のための条件と、患者が医療機関へ相談すべき警告徴候は区別する必要があります。38℃以上の発熱や強い腹痛などがあれば、その時点で速やかな相談・評価が必要です。
退院時の説明では、後陣痛が生理痛や陣痛に似た痛みであること、授乳時に強まりやすいこと、通常は数日で軽くなることを伝えます。そのうえで、警告徴候として発熱、多量出血、悪臭のある悪露、治まらない強い腹痛を具体的に示すことが、正常経過の理解と異常時の早期相談を両立させるポイントです。
CDC:妊娠中・産後に注意すべき母体の緊急警告徴候
MSDマニュアル プロフェッショナル版:産褥子宮内膜炎
【第2類医薬品】命の母A 840錠