

「授乳後に針で刺したような痛みが走る」「乳首の奥や乳房の中がチクチク、ズキンと痛む」という訴えは、授乳中の乳頭・乳房痛で比較的よく用いられる表現である。一方、この表現だけで原因を決めることはできない。痛みは、乳頭表面の損傷による侵害受容性疼痛、乳頭血管の攣縮、乳管周囲の炎症、乳汁うっ滞、皮膚・真菌・細菌関連の問題、神経障害性あるいは機能性の疼痛など、複数の機序で起こり得る。
評価で最初に押さえるべきなのは、痛みが「いつ起こるか」である。児が吸着している最中に限局する痛みは、浅いラッチオン、体位不良、乳頭への圧迫、舌小帯など児側の口腔運動の問題による乳頭損傷をまず考える。これに対して、吸啜終了後に乳頭が白くなり、その後に青紫色や赤色へ変化しながら鋭い痛みが出る場合は、乳頭血管攣縮を疑う。授乳と授乳の間にも灼熱感、かゆみ、針で刺されるような痛みが数日以上続く場合には、皮膚炎、感染、異痛症を含めて慎重に評価する。
Academy of Breastfeeding Medicine(ABM)の持続する乳頭・乳房痛に関するプロトコルでは、持続痛の原因として乳頭損傷、皮膚炎、感染、血管攣縮・レイノー現象、異痛症・機能的疼痛などを挙げ、複数の要因が同時または連続して起こり得ると説明している。したがって、「刺すような痛み」という語句を感染症だけに結び付けず、授乳観察、乳頭所見、乳房所見、経過、児の口腔内所見、既往・服薬歴を統合して判断することが重要である。ABM Clinical Protocol #26 日本語版
参考)https://www.bfmed.org/assets/DOCUMENTS/PROTOCOLS/26-persistent-pain-protocol-japanese.pdf
授乳後に生じる刺すような痛みでは、痛みの誘因、皮膚色、乳頭形状、乳房の局在所見、全身症状をセットで確認する。特に「痛みが強いのに目立つ傷がない」「授乳後に色調が明瞭に変わる」「乳頭だけでなく乳房深部へ放散する」「片側に限局して悪化する」といった情報は、次の対応を左右する。問診では、産後日数、授乳回数と間隔、搾乳の頻度・圧、乳房の張り、乳頭保護器の使用、最近の抗菌薬使用、児の鵞口瘡、母児の皮膚症状、冷えとの関連、過去のレイノー現象を確認する。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 浅い吸着・乳頭損傷 | 吸啜中から痛み、授乳後に乳頭がつぶれる・口紅状に変形する、亀裂や出血を伴うことがある | 体位・ラッチオンを実際に観察し、児の開口、乳輪の含ませ方、顎の動きを確認する |
| 乳頭血管攣縮 | 授乳後や冷えで誘発され、白色化の後に青紫色・赤色へ変化し、灼熱感や刺すような強い痛みを伴う | 乳頭圧迫を生む吸着不良の是正と保温が基本。持続例は医師評価が必要となる |
| 皮膚炎・接触皮膚炎 | かゆみ、びらん、鱗屑、湿潤、発赤を認める。保湿剤、洗浄剤、パッド、軟膏などが誘因になる | 使用中の製品を具体的に聞き取り、皮膚所見に基づき原因物質を見直す |
| カンジダを含む感染の検討 | 授乳間にも続く灼熱感・刺痛、かゆみ、乳頭の赤みや光沢、児の口腔内白苔などを確認する | 症状のみで安易に確定せず、母児を一組として診察し、必要な治療を医師が判断する |
| 乳汁うっ滞・乳腺炎 | 局所の硬結、腫脹、熱感、発赤、圧痛。進行時は発熱、悪寒、倦怠感を伴う | 急速な悪化、膿瘍が疑われる場合には画像検査・ドレナージを含む評価を要する |
カンジダ症は、乳頭の赤みや光沢、かゆみ、焼けるような痛み、針で刺されるような痛みとして現れることがある。ただし、こうした非特異的な症状のみで真菌感染を断定することは適切ではない。ABMプロトコルも、カンジダ感染と乳頭・乳房痛の関係には診断上の難しさがあることを示しており、皮膚炎、細菌関連の乳管炎、血管攣縮、異痛症などを並行して検討する必要がある。児に鵞口瘡がある、母親が最近抗菌薬を使用した、乳頭の外観変化があるといった情報は診察上の重要な補助所見となる。
医療従事者が支援する際は、痛みを10段階の数値で聞くだけでなく、「授乳開始から何秒・何分で出るか」「授乳を終えてからどのくらい持続するか」「冷気、入浴、衣服の接触、搾乳で変化するか」を具体的に尋ねる。母親が「針で刺された」と表現していても、瞬間的な電撃痛なのか、断続するチクチク感なのか、脈打つような疼痛なのかで想定する機序は異なる。
授乳観察では、母子の体幹が向き合っているか、児の鼻と乳頭の位置関係、深い開口が得られているか、下顎が乳房に密着しているか、乳輪が十分に含まれているかを評価する。乳頭痛は「慣れるまで我慢すべき症状」と扱わず、持続する痛みがあれば、母親の苦痛、授乳継続意欲、睡眠、搾乳への移行、乳汁分泌への影響を含めて早期に介入する。
乳房の一部が張って痛い場合に、強い圧迫を伴う深いマッサージや、乳房を空にしようとする過度の搾乳を一律に勧めることは避けたい。ABMの乳腺炎スペクトラムに関するプロトコルでは、乳汁うっ滞から炎症、細菌性乳腺炎、膿瘍までを連続的に捉え、過剰な刺激や過剰な乳汁除去が浮腫や炎症を悪化させる可能性に注意を促している。症状と授乳状況に応じ、母乳育児支援と医師による診断・治療を連携させる。ABM Clinical Protocol #36 日本語版
参考)https://www.bfmed.org/assets/DOCUMENTS/PROTOCOLS/Protocol_36%20Japanese%20Translation.pdf
明らかな全身症状や強い局所炎症がなく、授乳後の乳頭圧迫や冷えに関連して痛みが出る場合は、まず授乳姿勢と吸着の見直しを行う。母親には、児の口だけを乳頭へ向けるのではなく、児の身体ごと母親に引き寄せること、浅く吸われて痛みが強いまま続く場合は、指で吸着を安全に外して再度深くくわえ直すことを伝える。乳頭が白くなり冷えで痛みが誘発される場合には、授乳直後に乳頭を冷やさず、乾いた衣類で覆うなどの保温を検討する。
ただし、セルフケアは診断の代替ではない。乳頭に持続する亀裂、びらん、強い発赤・かゆみ、光沢、疼痛の増悪がある場合、あるいは児の口腔内に白い付着物がみられる場合は、産婦人科、乳腺外科、皮膚科、母乳外来などへつなぎ、母児双方を含めた評価を受けるよう案内する。感染が疑われる場合に、本人判断で市販の外用薬や抗真菌薬、抗菌薬を開始・反復することは、原因の見誤りや皮膚刺激につながり得るため避けるべきである。
乳腺炎が疑われる場合でも、授乳継続の可否は一律ではなく、母体の状態、乳房所見、治療内容、児の状態によって医療者が判断する。多くの授乳関連炎症では、適切な評価と支援のもとで授乳または生理的な乳汁除去を継続できることがあるが、自己判断で極端に授乳回数を増減させるのではなく、医療者の具体的な指示を優先する。授乳期には乳汁うっ滞性乳腺炎がみられ、乳頭から細菌が侵入すると化膿性乳腺炎となり得るため、症状の進行を見逃さないことが大切である。日本乳癌学会:乳房の症状・病気に関する解説
発熱、悪寒、強い倦怠感を伴う乳房痛、急速に広がる発赤、著しい熱感、増大する腫脹、明瞭な硬結、波動を触れる腫瘤、排膿、痛みで授乳や睡眠が保てない状態は、当日中を含めた速やかな医療評価が必要となる。乳腺炎の進行や膿瘍形成を除外するため、診察、必要に応じた超音波検査、培養、薬物治療またはドレナージなどが検討される。特に、すでに治療を受けているにもかかわらず悪化する場合、48時間前後で改善傾向が乏しい場合、反復する同一部位の症状がある場合は、再評価を促す。
また、授乳期の乳房痛の多くは良性の授乳関連トラブルで説明できる一方、痛みだけで病名を断定することはできない。授乳との関連が乏しい持続痛、授乳後も残る硬いしこり、皮膚の陥凹やひきつれ、血性分泌、乳頭の形態変化、腋窩の腫れなどを認める場合は、乳腺外科を含む適切な診療科で精査する。授乳中であることを理由に評価を先延ばしにしないよう説明する。
患者への説明では、「刺すような痛みは珍しい訴えではあるが、我慢してよいと決め付けない」「痛むタイミングと乳頭の色・形の変化を記録すると診断に役立つ」「発熱、赤い腫れ、急な悪化があれば早めに連絡する」という三点を明確に伝えるとよい。症状日誌には、授乳時刻、左右差、疼痛の強さ、乳頭の色変化、乳房の張り、体温、児の口腔内所見、使用したケア用品を記載してもらう。こうした情報は、吸着不良、血管攣縮、皮膚トラブル、感染、乳腺炎スペクトラムを区別し、母親が安全に授乳を継続するための支援につながる。