

恥骨は骨盤を構成する骨の前方部分であり、左右の恥骨は正中で恥骨結合によって連結されています。恥骨結合は線維軟骨性の関節で、荷重伝達、歩行、体幹運動、骨盤輪の安定化に関与します。恥骨部の痛みは、狭義には恥骨結合周囲、恥骨上枝・下枝、恥骨結節、付着する筋腱や靱帯に由来する疼痛を指します。一方、臨床の「恥骨の痛み」という訴えには、下腹部、鼠径部、会陰部、内転筋近位部、仙腸関節周辺からの関連痛も含まれます。
したがって、患者が恥骨を指して痛みを訴えた際には、単に局所圧痛の有無を確認するだけでは不十分です。疼痛の位置を一本の指で示してもらうこと、恥骨正中か片側か、骨盤前面か鼠径部か、内転筋起始部か、下腹部臓器に近い部位かを区別します。さらに、安静時・夜間痛の有無、荷重との関連、咳嗽やいきみによる増悪、排尿・月経・妊娠週数・運動量との関連を系統的に把握することが、適切なトリアージと鑑別診断の出発点になります。
とくに妊娠中・産後では、恥骨結合を含む骨盤輪の疼痛は妊娠関連骨盤帯痛(pregnancy-related pelvic girdle pain:PGP)の一部として認められます。骨盤帯痛は恥骨結合だけでなく、仙腸関節周辺にも生じ得るため、前方の恥骨痛だけに注目せず、臀部痛、後方骨盤痛、歩行の変化、寝返り時痛も確認します。妊娠中の骨盤帯痛では、骨盤関節の動きの不均衡や安定性低下が疼痛に関与するとされ、日常動作を大きく制限することがあります。
参考)Pelvic pain in pregnancy - NHS
恥骨痛の原因は、妊娠・分娩に関連するもの、運動や過負荷に関連するもの、外傷性疾患、炎症・感染症、泌尿器・婦人科・消化器疾患などに大別できます。疼痛の表現が似通っていても、診療の緊急度、必要な検査、治療方針は異なるため、患者背景から優先順位をつける必要があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 妊娠関連骨盤帯痛 | 妊娠中または産後に発症し、寝返り、歩行、階段、開脚、片脚荷重で増悪しやすい | 恥骨結合部と仙腸関節部の両方を評価する |
| 恥骨結合離開 | 分娩前後の強い前方骨盤痛、歩行障害、恥骨結合部の圧痛や不安定感 | まれだが重症化例では画像評価と専門科連携を要する |
| 恥骨骨炎・内転筋関連痛 | 反復するキック、ダッシュ、方向転換などの後に鼠径部から恥骨部が痛む | サッカーなどの競技者では過負荷と筋機能を評価する |
| 疲労骨折・外傷性骨折 | 転倒・交通外傷後、または負荷増加後の限局痛と荷重痛 | 単純X線で明確でない場合もあり、臨床像に応じてMRIやCTを検討する |
| 骨髄炎・恥骨結合感染 | 発熱、持続痛、安静時痛、CRP上昇、歩行困難など | 血液培養、造影MRI、整形外科・感染症科との連携を考慮する |
| 泌尿生殖器・婦人科疾患 | 排尿痛、血尿、頻尿、異常出血、分泌物、月経周期との関連を伴う | 尿路感染症、尿路結石、婦人科疾患、骨盤内炎症性疾患などを鑑別する |
スポーツ選手や活動量の高い患者では、恥骨結合周辺の骨髄浮腫、内転筋長筋や腹直筋付着部の障害、鼠径部痛症候群、疲労骨折などを検討します。恥骨骨炎は、恥骨結合周辺の炎症性変化や骨髄浮腫を伴い得る病態として扱われますが、感染性骨髄炎との混同を避けることが重要です。外傷や手術後、発熱・炎症反応高値を伴う場合には、「スポーツ障害らしい」と早合点せず感染を除外する姿勢が求められます。
小児や若年者で、発熱、片側の鼠径部痛、跛行、CRP上昇がある場合は、骨盤周囲の骨髄炎も鑑別に含めます。恥骨坐骨軟骨結合部骨髄炎の報告では、造影MRIが診断に有用とされています。
参考)https://www.jspid.jp/wp-content/uploads/pdf/01803/018030255.pdf
NHS:Pelvic pain in pregnancy
問診では、最初に「いつ、どの動作で、どの程度痛むか」を明確にします。発症様式は、急性外傷後か、妊娠週数の進行に伴う緩徐な発症か、運動量増加後か、発熱を伴う急性発症かを分けます。疼痛強度はNumerical Rating Scaleなどで定量化し、歩行距離、階段昇降、寝返り、立ち上がり、靴下の着脱、車への乗降、排尿や排便への影響を確認します。患者が「骨がずれる感じ」「股が開くと激痛」「クリック音がする」と表現する場合もあるため、患者固有の言葉を記録することが有用です。
身体診察では、歩容と立位保持を観察した後、恥骨結合部、恥骨枝、恥骨結節、内転筋近位部、鼠径靱帯周囲、仙腸関節周囲を比較して触診します。局所の腫脹、熱感、発赤、皮膚病変、圧痛、骨盤輪の圧痛を確認し、疼痛を不必要に誘発しない範囲で股関節可動域、内転筋抵抗運動、片脚立位、起居動作を評価します。妊娠関連骨盤帯痛では、恥骨結合の触診、Trendelenburgテストなどが恥骨結合部の関与評価に活用されることがありますが、単一の徒手検査のみで確定診断を行うべきではありません。
参考)https://www.orthopt.org/uploads/content_files/files/Pelvic%20Girdle%20Pain%20in%20the%20Antepartum%20Population_%20Physical%20T...pdf
検査は、危険な病態を見逃さない目的から選択します。発熱や全身症状があれば、血算、CRP、赤沈、血液培養、尿検査・尿培養を検討します。骨折、著明な離開、腫瘍性病変が疑われる場合には単純X線を初期評価として考慮し、X線で説明できない強い疼痛、疲労骨折、軟部組織・骨髄病変、感染、妊娠中の詳細評価が必要なときはMRIが有用です。妊娠中の画像検査では、検査目的と緊急度を明確にし、産婦人科および放射線科と連携して適切なモダリティを選択します。
妊娠・産後の恥骨痛では、妊娠関連骨盤帯痛を念頭に、痛みを「妊娠なら仕方ない」と矮小化しないことが重要です。骨盤帯痛は母児に直接害を及ぼす病態とは限らない一方、歩行、睡眠、家事、育児、就労、心理状態に著しい影響を与えます。痛みで動作が困難になった患者では、症状の重症度だけでなく、転倒リスク、生活支援の必要性、家族の介助体制、産後ケアへの接続も評価します。
セルフマネジメントの基本は、疼痛を増悪させる非対称な負荷を減らし、活動量を完全にゼロにするのではなく、許容範囲で調整することです。具体的には、立位で片脚に体重をかけ続けない、着替えは座位で行う、ベッドや車の乗降時には両膝をそろえて身体ごと動かす、寝る際に膝の間へ枕やクッションを挟む、痛みが強い時期には休息を小刻みに取るといった工夫が挙げられます。支持性のある靴を選び、痛みを誘発する大股歩行、急な方向転換、重い物の持ち運びを避けるよう助言します。
理学療法では、個々の疼痛部位と運動機能に応じ、骨盤底筋群、腹部深層筋、股関節周囲筋、背部筋の協調性を改善する運動療法や、生活動作指導が検討されます。骨盤ベルトは全員に一律で勧めるものではありませんが、骨盤支持によって疼痛や動作困難が軽減する例があります。装着部位、締め付けの強さ、皮膚トラブル、症状変化を確認し、産婦人科・整形外科・理学療法士が連携して評価することが望まれます。妊娠中の薬物療法は、妊娠週数、母体疾患、胎児への影響を踏まえて産婦人科医が個別に判断します。
分娩後も強い疼痛、歩行困難、恥骨部の著明な圧痛・不安定感が持続または増悪する場合は、恥骨結合離開、骨折、感染などを再評価します。妊娠・産後の骨盤帯痛の多くは適切な支援により改善が見込まれますが、症状を長期化させないためには、早期の機能評価と動作調整が重要です。
RCOG:Pelvic girdle pain and pregnancy
恥骨痛では、疼痛そのものの強さだけで緊急度を判断しません。急性外傷後の歩行不能、骨盤部の変形、循環不安定、下肢の神経症状、膀胱直腸障害がある場合は、骨盤骨折や骨盤内損傷を念頭に迅速な救急対応が必要です。高エネルギー外傷では、恥骨部痛が軽度に見えても骨盤輪損傷や出血の評価を怠らないことが重要です。
また、発熱、悪寒、安静時にも続く増悪性疼痛、夜間痛、局所熱感、CRP上昇、原因不明の歩行障害があれば、骨髄炎、恥骨結合感染、骨盤内感染症などを考えます。とくに免疫抑制状態、糖尿病、最近の手術、菌血症の既往、静脈注射薬使用歴がある患者では、感染性疾患の事前確率が上がります。必要に応じて血液培養を抗菌薬投与前に採取し、画像診断と専門科コンサルトを並行して進めます。
排尿痛、血尿、側腹部痛、尿閉、異常性器出血、強い下腹部痛、妊娠中の出血や規則的な子宮収縮などが併存する場合は、整形外科的な恥骨痛だけに限定せず、泌尿器科・婦人科・産婦人科・救急科との連携を検討します。医療従事者は「恥骨が痛い」という患者の表現を診断名として扱うのではなく、身体所見と随伴症状から病態を再構成し、見逃しが許されない疾患を優先して除外する必要があります。