

ビタミンB1不足とは、チアミンの供給や利用が必要量に追いつかず、正常な代謝や臓器機能の維持が難しくなる状態です。ビタミンB1は水溶性ビタミンの一つで、活性型のチアミン二リン酸(TDP、チアミンピロリン酸とも呼ばれる)は、糖質やアミノ酸などの代謝に関わる酵素の補酵素として働きます。不足によってエネルギー代謝が障害されると、神経系や循環器系を含むさまざまな組織に影響が及びます。
参考)https://ods.od.nih.gov/factsheets/Thiamin-HealthProfessional/
成人の体内に存在するチアミンは約25~30mgと少なく、半減期も短いため、日々の食事から継続的に供給する必要があります。「以前は十分に食べていた」「体格がよい」といった情報だけで、現在の欠乏リスクを否定することはできません。診療では、直近の摂取量や食事内容の変化に加え、吸収障害や排泄増加につながる要因を確認することが重要です。
欠乏は単純な食事不足だけで起こるわけではありません。アルコール依存では、栄養摂取の偏りに加えて、消化管からの吸収低下、肝臓での貯蔵低下、活性化過程への影響が重なります。また、肥満外科手術後などの吸収障害、高齢者の摂取不足、慢性疾患に伴う栄養状態の悪化も問題になります。ビタミンB1不足を、飲酒歴のある患者だけに起こる病態と捉えないことが大切です。
患者への説明では、「糖分をとると必ずビタミンB1不足になる」と単純化せず、栄養素の供給と代謝需要の釣り合いとして伝えます。とくに、すでにチアミンが枯渇している患者への糖質投与は、欠乏症状を誘発・悪化させる可能性があります。日常の食事指導と、低栄養患者に対する輸液・栄養療法では、必要な判断が異なります。
参考)Thiamine Deficiency - Nutritio…
米国NIH:医療従事者向けビタミンB1ファクトシート
ビタミンB1不足では、食欲不振、体重減少、筋力低下、精神状態の変化などがみられます。ただし、これらはほかの疾患でも生じるため、症状だけで欠乏を確定することはできません。摂取不良や吸収障害などの背景と、神経・循環器の診察所見を組み合わせて評価します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 初期にみられる変化 | 食欲不振、体重減少、筋力低下、混乱や短期記憶の障害など | 非特異的な症状であり、病歴との組み合わせが重要 |
| 乾性脚気 | 末梢神経障害を主体とし、感覚・運動・反射の異常を呈する | しびれや筋力低下の評価では、ほかの末梢神経障害も鑑別する |
| 湿性脚気 | 心不全や下肢浮腫など、循環器系の異常を主体とする | 重症化すると生命に関わるため、循環動態の評価が必要 |
| ウェルニッケ脳症 | 意識・精神状態の変化、眼振や眼球運動障害、運動失調など | 急性の神経学的緊急疾患として対応する |
| コルサコフ症候群 | 著しい記憶障害、見当識障害、作話など | 神経障害が長期に残る場合がある |
脚気は過去の疾患ではなく、現代でも低栄養や吸収障害などを背景として発症します。末梢神経障害が目立つ乾性脚気と、循環器症状が目立つ湿性脚気を理解しておくと、診察の焦点を整理できます。ただし、実際の患者で症状が一つの分類だけに収まるとは限らないため、神経所見と循環器所見の両方を確認します。
とくに注意したいのがウェルニッケ脳症です。典型的な徴候として意識・精神状態の変化、眼球運動異常、運動失調が知られますが、典型徴候がすべてそろうとは限りません。低栄養や慢性的な多量飲酒の背景があり、新たな混乱、ふらつき、眼振などが出現した場合は、鑑別に挙げる必要があります。
参考)Wernicke Encephalopathy - Spec…
対応の中心は早期治療です。ウェルニッケ脳症は放置すると昏睡や死亡に至る可能性があり、治療が遅れると回復が不完全になることもあります。疑わしい神経症状を単なる酩酊や慢性の認知機能低下として処理せず、迅速な医学的評価につなげることが重要です。
ビタミンB1不足の評価では、「何をどれくらい食べたか」だけでなく、「いつから食べられなくなったか」「食べても吸収できる状態か」「薬剤や治療が影響していないか」を確認します。食事摂取低下の期間、体重変化、飲酒、手術歴、服薬・治療歴を時系列に整理すると、欠乏に至った経緯を把握しやすくなります。
上記の背景因子は、欠乏の可能性を高める情報であり、それ自体が診断を確定するものではありません。たとえば、利尿薬の使用だけで一律にビタミンB1不足と判断したり、自己判断で処方薬を中止させたりしないことが重要です。薬剤と欠乏の関連、栄養摂取状況、症状を総合して判断します。
検査では、検体と測定対象の違いを把握する必要があります。栄養状態の評価には、全血または赤血球中のチアミン二リン酸を測定する方法が有用です。一方、血漿チアミン濃度は直近の摂取を反映しやすく、組織の状態を直接示すものではないため、欠乏評価の検査として同等に扱うことはできません。
参考)Vitamin B1 (Thiamine)
「血中ビタミンB1」という検査名だけを見て解釈せず、全血・血漿などの検体、測定法、単位、検査施設の基準範囲を確認します。経時的に評価する場合も、可能な限り同じ測定系を用いることが望まれます。検査値は診断を補助する情報であり、ウェルニッケ脳症を疑う緊急場面では、結果の判明を待つことを治療開始の条件にしません。
ARUP Laboratories:ビタミンB1評価における全血と血漿の違い
治療はチアミンの補充と、欠乏を引き起こした原因への介入を並行して進めます。軽度の欠乏と、ウェルニッケ脳症や重症脚気を疑う状況では、必要な投与経路や緊急性が異なります。意識障害や吸収障害などがある患者に対して、経口サプリメントだけで対応できるとは限りません。
ウェルニッケ脳症の治療量は、参照するガイドラインや資料によって異なります。NIHの資料では、欧州神経学会連合の推奨としてチアミン200mgを1日3回、望ましくは静脈内投与する方法が紹介されています。一方、Merck Manualには100mgを静脈内または筋肉内に直ちに投与し、少なくとも3~5日継続する記載があります。これらは単純に交換可能な一律の処方ではなく、病態と採用する診療指針を踏まえて判断すべき情報です。
NIHの資料は、投与量、回数、期間、投与経路を決めるためのランダム化比較試験のエビデンスが十分ではないことも示しています。医療従事者は、推奨量の違いを無視して唯一の標準量として説明するのではなく、院内プロトコル、専門医の判断、国内製剤の添付文書を確認して処方を決定します。とくに、通常の食事摂取基準と、欠乏症に対する治療量を混同しないことが重要です。
糖質投与との関係にも注意が必要です。欠乏が疑われる患者では、予定された糖質輸液や栄養投与に先立ってチアミン補充を行うことを検討します。ただし、生命に関わる低血糖では救命のためのブドウ糖投与を遅らせず、チアミンも速やかに投与する対応が必要です。「ビタミンB1を先に投与する」という原則を、緊急の低血糖治療を遅らせる理由にしないようにします。
補充後は、意識状態、眼球運動、歩行、末梢神経症状、循環器症状などを追跡します。改善が不十分な場合は、投与経路や吸収の問題に加え、併存する電解質異常や別の疾患も評価します。チアミン投与への反応だけに依存せず、患者の全身状態と鑑別診断を継続して見直すことが大切です。
長期の摂取不良がある患者では、ビタミンB1不足と再栄養症候群のリスクを一体として評価します。栄養再開時にはチアミンの利用が増えるため、補充が不十分なまま栄養療法を進めると、ウェルニッケ脳症などの問題につながる可能性があります。また、再栄養時にはリン、カリウム、マグネシウムや体液バランスの管理も必要であり、ビタミンB1の投与だけで予防が完結するわけではありません。
参考)Recommendations
NICEの成人栄養管理指針では、BMIが16未満、直近3~6か月の意図しない体重減少が15%超、10日を超えるほぼ無摂取、栄養開始前のカリウム・リン・マグネシウム低値のうち、いずれか一つがある場合を高リスクとしています。これらに該当しなくても、より軽度の低BMI、体重減少、摂取不良、飲酒や薬剤に関する条件が複数重なると高リスクになります。
同指針は、高リスク患者に対し、栄養開始直前から開始後10日間にわたるチアミン200~300mg/日の経口投与などを提示しています。これは再栄養に伴う問題を予防するための海外指針であり、すでに発症したウェルニッケ脳症の治療用量とは区別が必要です。経口投与の可否や吸収状態を確認し、必要に応じて静脈内ビタミン製剤を含む方法を検討します。
栄養投与量はリスクに応じて段階的に調整し、血糖、電解質、体液出納、浮腫、全身状態を観察します。NICEでは、再栄養症候群のリスクがある場合、リンとマグネシウムを栄養開始前に評価し、その後は初期に毎日測定する方針を示しています。医師、看護師、薬剤師、管理栄養士などが、投与予定量だけでなく実際に投与された栄養量と検査値の推移を共有することが重要です。
NICE CG32:再栄養リスクの評価と成人の栄養管理
再発予防では、食事量が回復したかだけでなく、食事内容が継続的に整っているかを確認します。ビタミンB1の供給源には豚肉、全粒穀類、豆類、魚などがあり、主食だけで食事を済ませず、主菜も組み合わせる指導が役立ちます。チアミンは水に溶け、加熱や調理水の廃棄によって失われることがあるため、実際の調理・摂取状況も考慮します。
日本で日常の摂取量を評価するときは、厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」の年齢・性別などに応じた値を参照します。ただし、食事摂取基準は健康な人の食事計画・評価に用いるものであり、欠乏症の診断基準や治療処方そのものではありません。また、米国の推奨量をそのまま日本の基準として転記しないよう、出典と対象集団を区別します。
厚生労働省:「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書
退院・外来移行時には、補充薬の継続期間、食事支援の必要性、飲酒への介入、吸収障害への対応、再評価の時期を明確にします。食品やサプリメントからの高摂取で有害事象の報告が少ないことは、無制限の摂取を推奨する根拠にはなりません。症状の改善だけで管理を終了せず、欠乏に至った原因が是正され、必要な栄養を継続して確保できるかまで確認することが、再発防止につながります。