

脚気の直接の原因は、ビタミンB1欠乏です。ビタミンB1はチアミンとも呼ばれ、糖質などの代謝を支える栄養素です。欠乏するとエネルギー代謝が障害され、特に末梢神経、中枢神経、心筋の機能に影響が現れます。脚気を単なる「足の病気」と理解すると、心不全や意識障害を伴う重症例を見逃すおそれがあります。
参考)Thiamine Deficiency - Nutritio…
臨床的には、末梢神経障害を主体とする乾性脚気と、循環障害を主体とする湿性脚気に分けて考えると整理しやすくなります。乾性脚気では下肢を中心とする左右対称の感覚障害や筋力低下がみられ、湿性脚気では末梢血管拡張、頻脈、浮腫、心不全などが問題になります。いずれも同じ栄養素の欠乏に由来しますが、主に障害される臓器によって臨床像が異なります。
ビタミンB1欠乏では、ウェルニッケ脳症などの中枢神経障害も起こり得ます。ただし、脚気とウェルニッケ脳症は同義ではありません。前者は主に末梢神経や心血管系の障害、後者は意識障害、眼球運動障害、失調などを呈する病態として区別し、同じ欠乏背景のもとで併存する可能性を評価します。
「白米が脚気の原因になる」という説明も、そのままでは不正確です。問題は白米そのものではなく、精製された穀類に偏り、ビタミンB1を含む食品を十分に摂らない食事構成です。白米や白い小麦粉などを中心とした食事が続き、肉類、豆類などの摂取が乏しければ、欠乏リスクが高まります。原因を説明する際は、特定の食品を悪者にするのではなく、食事全体の偏りを示すことが重要です。
Merck Manual Professional Edition:Thiamine Deficiency
脚気の原因を調べるときは、「食べていない」だけでなく、「吸収できない」「必要量が増えている」「代謝や利用に支障がある」という視点を加えます。実際の患者では複数の要因が重なるため、一つの生活習慣だけで説明しようとしないことが大切です。例えばアルコール使用症では、食事量の低下に加え、吸収や利用の障害などが欠乏に関与します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 摂取不足 | 精製された炭水化物に偏る食事、食事量の著しい低下、低栄養 | 神経性やせ症や高齢者の低栄養なども背景となります。 |
| 吸収障害 | 長引く下痢などによるチアミン吸収の低下 | 食事を摂っている場合も、消化器症状を確認します。 |
| 必要量の増加 | 妊娠、授乳、発熱、甲状腺機能亢進、激しい運動など | 需要増大だけで発症を断定せず、摂取状況との釣り合いを評価します。 |
| アルコール使用症 | 摂取不足に加え、吸収・利用の障害などが複合的に関与 | 飲酒量だけでなく、食事内容と食事が抜ける頻度も確認します。 |
| 代謝の障害 | 肝不全などに伴うチアミン代謝の障害 | 基礎疾患と栄養状態を一体として評価します。 |
| 低栄養後の栄養再開 | 栄養補給によってチアミンの利用が増え、欠乏が顕在化・増悪 | リフィーディング症候群の予防と合わせて対応します。 |
問診では「食欲はありますか」という質問だけでは不十分です。主食以外に何を食べているか、食事回数はどうか、食事量が減った期間はどの程度か、体重が減っていないかまで確認します。アルコール使用症や高齢者の低栄養では、本人が「食べている」と認識していても、実際には栄養素の不足が起きている可能性があります。摂取内容と背景疾患を具体的に把握することが、原因の絞り込みにつながります。
また、妊娠・授乳や発熱、運動負荷の増加があれば、それだけで脚気と判断するのではなく、必要量の増加に対して食事が追いついているかを検討します。原因評価の中心は、特定のリスク因子の有無ではなく、供給と需要の不均衡が続いていないかという点です。
初期のビタミンB1欠乏では、疲労、食欲不振、いらだち、睡眠の問題など、非特異的な症状がみられます。これらだけで脚気を診断することはできませんが、低栄養や飲酒などの背景が重なる場合は、神経系と循環器系の診察を追加する根拠になります。
湿性脚気では、末梢血管の拡張や血流動態の変化を背景として、高拍出性心不全を来すことがあります。そのため、浮腫や息切れがある患者を評価するときは、既存の心疾患だけでなく、食事歴や飲酒歴にも目を向ける必要があります。ほかに心不全の原因が存在すると脚気の診断は難しくなるため、栄養背景を見落とさないことが重要です。
一方、下肢のしびれがあれば何でも脚気というわけではありません。糖尿病、ビタミンB12欠乏、アルコールに関連する神経障害などでも類似の両側性多発神経障害が生じます。単一神経の支配領域に限局した障害や、多発単神経炎の分布はチアミン欠乏では説明しにくいため、症状の分布と経過を丁寧に確認します。
脚気の診断は、単一の症状や検査だけで決めるものではありません。欠乏を起こし得る食事・飲酒・疾患の背景、神経学的所見、循環器所見を統合し、チアミン補充への反応も判断材料にします。専門資料でも、欠乏が疑われる患者での良好な治療反応は、診断を支持する重要な要素とされています。
検査では、鑑別や全身状態の評価のため、マグネシウムを含む電解質などを確認します。判断が難しい症例では、赤血球トランスケトラーゼ活性や24時間尿中チアミン排泄量が補助となる場合があります。ただし、検査の実施可否や結果の解釈は施設によって異なるため、測定値だけに依存せず臨床像と対応させる必要があります。
心不全を伴う場合は、他の原因が併存していないかを含めた評価が必要です。チアミン補充は診断的治療として役立つ一方、浮腫や呼吸困難があるという理由だけで脚気に絞り込むのは適切ではありません。神経障害についても、糖尿病やビタミンB12欠乏などを検討し、栄養欠乏の存在と鑑別診断を並行して確認します。
重い循環障害やウェルニッケ脳症が疑われる場合は、検査結果を待つことより、臨床的な疑いに基づく迅速な治療判断が重要になります。特にウェルニッケ脳症などの神経障害は、治療後も回復が不完全となることがあるため、「検査で確定してから補充する」という一律の対応は避け、重症度に応じて判断します。
治療の基本はチアミンの補充と、欠乏を生んだ背景の是正です。投与量、投与経路、治療期間は、軽度の末梢神経障害、心血管性脚気、ウェルニッケ脳症などで異なります。重症例を食事指導や市販サプリメントだけで対応するのではなく、症状と全身状態に応じた医療的な補充を行います。心不全がある場合は、心不全そのものへの治療も必要です。
補充後は「ビタミンB1を投与したから終了」とせず、食事内容、飲酒、吸収障害、基礎疾患を見直します。食品では豚肉などの肉類、全粒穀類、豆類、ナッツ類などがチアミンの供給源になります。精製穀類に偏らず、主食に主菜・副菜を組み合わせる方向で食事を整えることが再発予防の基盤です。また、ほかのビタミンB群の欠乏を伴う場合もあるため、栄養状態全体を評価します。
医療従事者が特に注意したいのが、長期間の低栄養患者に対する栄養再開です。糖質代謝が活発になるとチアミンの利用が増加し、すでに存在する欠乏が顕在化したり、悪化したりします。このためリフィーディング症候群の高リスク患者では、栄養開始前からチアミン補充を検討し、リン、カリウム、マグネシウムなどの電解質も含めて管理します。
高リスクを判断する際には、体格だけでなく、最近の体重減少、栄養摂取が乏しかった期間、栄養開始前の電解質、アルコール使用歴などを確認します。例えばNICEの基準では、BMIが16未満、3~6か月で15%を超える意図しない体重減少、10日を超えるほぼ無栄養の状態、開始前の低カリウム・低リン・低マグネシウム血症のいずれかがある場合などを高リスクとします。これは脚気の診断基準ではなく、栄養再開に伴う危険を評価する基準です。
予防的なチアミン補充量や投与期間は、NICE、ASPEN、ESPENなどの指針で異なります。また、リフィーディング症候群予防の投与法を、そのままウェルニッケ脳症の治療に流用することはできません。病態、投与経路の確保、施設の採用薬と診療手順を確認し、予防と治療を区別して対応する必要があります。
脚気の原因を実臨床で捉えるには、「ビタミンB1が不足しているか」に加えて、「なぜ不足したのか」「どの臓器に影響が出ているか」「栄養補給によって悪化する危険はないか」を一続きで考えることが重要です。栄養歴と神経・循環器所見を結び付けることが、早期の疑い、適切な補充、再発予防につながります。
BAPENほか:リフィーディング症候群リスク患者のチアミン補充に関する指針(2024年)