

手ぐしを通した際に数本の毛が指に付くことは、それだけで脱毛症を意味しません。毛髪は成長期、退行期、休止期という周期を繰り返しており、休止期を終えた毛髪は自然に脱落します。洗髪、タオルドライ、ブラッシング、枕元、衣類、手ぐしなど、日常生活のさまざまな場面で抜け毛として目に入ります。
一般に、健康な人でも1日あたりおよそ50~100本程度の毛髪が自然に抜けることがあるとされます。ただし、この数字は個人差が大きく、毎日正確に数えることにも限界があります。前日に洗髪していなければ、本来なら洗髪時に抜けるはずだった毛が、翌日に手ぐしやブラッシングでまとまって抜けることもあります。髪が長い人では、同じ本数でも多く見えやすい点にも注意が必要です。抜け毛の「総数」よりも、本人にとって明らかに増えた状態が持続しているか、抜ける毛の太さや長さが変化しているか、地肌の見え方が変わったかを総合的に捉えることが重要です。
なお、手ぐしで毛が抜けることを心配して、繰り返し強く髪を引っ張る人もいます。しかし、これは医学的な確認方法として適切ではありません。毛髪を何度も引くと頭皮や毛幹へ物理的な負担をかけ、心配を強める原因にもなります。気になる場合は、同じ条件で写真を残す、洗髪時の抜け毛が急に増えていないかを観察するなど、頭皮に負担をかけない方法で経過を確認します。
医療機関では、抜け毛の本数だけでなく、発症時期、進行速度、脱毛の分布、毛髪の太さ、頭皮の所見、服薬歴、発熱や手術などの身体的負荷、出産、食事内容、月経状況、家族歴などを組み合わせて評価します。セルフチェックでも、これらに近い視点を持つと、受診時に経過を伝えやすくなります。
特に重要なのは、「いつから」「どの程度急に」「どの部位で」「どのような毛が」抜けているかです。頭頂部や前頭部を中心に毛が細く短くなり、分け目が広がるように見える場合は、男性型・女性型脱毛症が鑑別に入ります。一方、数週間から数か月の間に広い範囲で急に抜け毛が増えた場合は、休止期脱毛を含め、身体的・精神的ストレス、発熱性疾患、急な体重減少、栄養不足、出産、薬剤などとの関連を確認します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 抜ける時期 | 急に増えたか、徐々に増えたか | 急性の増加では発熱、手術、出産、減量、薬剤変更などを確認する |
| 脱毛の部位 | 全体、前頭部、頭頂部、側頭部、後頭部、局所 | 分布は脱毛症の鑑別に重要である |
| 抜け毛の性状 | 太く長い毛、細く短い毛、切れ毛の割合 | 細い毛の増加は毛の軟毛化を示唆することがある |
| 頭皮の症状 | かゆみ、痛み、赤み、鱗屑、膿疱、フケ | 炎症性疾患や感染症などの評価が必要になる場合がある |
| 全身の変化 | 倦怠感、体重変化、月経異常、発熱、皮膚症状 | 内科的疾患や栄養状態を含めた評価につながる |
毛髪を軽く把持して引く検査は、医療現場で活動性のある脱毛を評価する補助所見の一つです。研究では、健常者におけるヘアプルテストの正常値を「1回の牽引で2本以下」とする提案もありますが、洗髪や整髪などの条件、検者の手技、部位による影響を受けます。そのため、自己流で数値だけを診断基準にすることは避けるべきです。医療者は問診・視診・拡大観察などと併せて解釈します。
参考)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
Hair pull test: Evidence-based update and revision of guidelines
手ぐしで抜け毛が増えた背景には、自然な毛周期の範囲内の変動から、治療を要する脱毛症まで、多様な原因があります。男性型・女性型脱毛症では、額の生え際、前頭部、頭頂部、分け目などに目立つ変化が起こりやすく、進行は比較的緩やかです。毛髪が細く短くなる軟毛化が進むと、「抜けた本数」以上に毛量低下を実感することがあります。
休止期脱毛では、成長期にあった毛髪が一斉に休止期へ移行することで、びまん性に抜け毛が増えます。発熱を伴う感染症、手術、大きな心理的負荷、急激な食事制限、出産、鉄欠乏などの栄養状態、甲状腺機能の異常、薬剤などが背景にある場合があります。ただし、個々の原因を本人だけで断定することはできません。発症前数か月の健康状態・生活変化を振り返り、必要に応じて医師が診察や検査を判断します。
円形脱毛症では、境界が比較的明瞭な脱毛斑として気付くことがありますが、びまん性に抜ける型もあり、自己判断が難しい場合があります。頭皮の赤み、痛み、強いかゆみ、厚い鱗屑、毛包周囲の変化を伴う場合には、脂漏性皮膚炎、頭部白癬、瘢痕性脱毛症などを含めた評価が必要です。瘢痕性脱毛症では毛包が破壊されることで不可逆的な脱毛につながる可能性があるため、炎症所見を伴う場合は早めの受診が重要です。
手ぐしで毛が抜けた回数や本数だけを理由に、直ちに治療が必要と結論づけることはできません。しかし、脱毛が急速に進む、脱毛部位が明らかに広がる、局所的な脱毛斑がある、頭皮の炎症や痛みを伴う、全身症状がある場合は、皮膚科への相談を検討します。特に、毛穴が見えにくい脱毛部、光沢のある頭皮、強い発赤や鱗屑を認める場合は、早期に皮膚科を受診することが望まれます。
診察では、医師が脱毛の分布、毛径のばらつき、毛包の状態、炎症の有無を確認します。必要に応じて、拡大鏡やダーモスコピーを用いた観察、真菌検査、血液検査、薬剤歴の確認、頭皮生検などが行われます。血液検査はすべての抜け毛に一律で必要なわけではなく、問診や診察所見から甲状腺疾患、鉄欠乏、栄養障害、自己免疫疾患などが疑われる場合に選択されます。
男性型・女性型脱毛症と診断された場合、日本皮膚科学会の診療ガイドラインでは、ミノキシジル外用は男女ともに強く推奨されています。男性ではフィナステリド内服も強く推奨されていますが、適応・禁忌・副作用・妊娠可能性などを踏まえ、医師の診断と説明のもとで選択する必要があります。女性に対するフィナステリドの使用は推奨されていません。市販品やインターネット上の個人輸入薬を自己判断で始めるのではなく、脱毛の型を確定してから治療方針を決めることが安全です。
参考)https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/AGA_GL2017.pdf
男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017年版
抜け毛が気になるときは、1日に何度も手ぐしをして確認するよりも、月に1回程度、同じ照明・同じ角度・同じ髪型で前頭部、頭頂部、分け目を撮影して比較する方法が実用的です。変化を客観的に把握しやすく、受診時にも経過の説明に役立ちます。洗髪間隔、発熱や感染症、仕事や生活上の大きな負荷、食事制限、体重の変動、服薬開始・中止、出産なども併せて記録すると、原因を考える手掛かりになります。
洗髪では、爪を立てて強くこすることや、強い摩擦を加えることを避けます。整髪料やシャンプーが抜け毛の直接原因と決めつける必要はありませんが、使用後にかゆみや赤みが出る場合は接触皮膚炎などの可能性もあるため、使用を中止して医療機関に相談します。強く結ぶ髪型、頻回の脱色・パーマ、過度な熱処理などは、毛幹の損傷や牽引による脱毛を招くことがあるため、症状がある期間は負担を減らすことが大切です。
また、特定の食品やサプリメントだけで抜け毛が必ず改善するとはいえません。過度な食事制限を避け、たんぱく質、鉄、亜鉛などを含む食事を極端に欠かさないことは健康管理として重要ですが、鉄剤や高用量サプリメントを検査なしに継続することには注意が必要です。手ぐしで抜ける毛を見て不安が強まる場合ほど、本数へのこだわりから離れ、脱毛の分布・毛の細さ・頭皮症状・経過を確認し、必要なら皮膚科で原因を評価することが適切でしょう。