


「多発性骨髄腫最期壮絶」という検索語には、「最後に激しい痛みが続くのではないか」「息苦しさや混乱を抑えられないのではないか」という不安が含まれていると考えられます。しかし、多発性骨髄腫という病名だけで、最期の症状や苦痛の程度を決めつけることはできません。終末期の診療では、その時点の症状、全身状態、治療への反応、本人の希望を個別に確認します。人生の最終段階にある人すべてが痛みを経験するわけではなく、痛みがある場合には迅速かつ適切に対応することが推奨されています。
参考)Recommendations
多発性骨髄腫は、抗体をつくる形質細胞ががん化し、主に骨髄で増殖する病気です。骨髄腫細胞や、異物を攻撃する能力のない抗体であるM蛋白が増えることにより、骨病変、腎障害、貧血、高カルシウム血症などが生じます。また、正常な血液細胞が減少すると、息切れ、倦怠感、出血などがみられ、病気や治療の影響によって感染症にも注意が必要になります。
参考)多発性骨髄腫:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般…
これらの症状が重なると、患者と家族の負担は大きくなります。ただし、「進行した病気であること」と「目前に死が迫っていること」は同じではありません。意識低下や食事量の減少があっても、代謝異常や薬剤の影響など、対応によって改善する要因が含まれる場合があります。看取りが近いかどうかは、単独の症状ではなく、経過と診察所見、多職種の評価を合わせて判断し、状態が一時的に安定・改善する可能性も考慮します。
医療従事者が家族へ説明する際には、「壮絶になります」「絶対に苦しみません」と断言するのではなく、見通しの不確実性と具体的な対応を伝えることが重要です。例えば、「痛みや息苦しさが出た場合は、その都度原因を確認し、薬やケアを調整します。変化があればすぐに知らせてください」と説明すれば、苦痛への備えを共有できます。予後の説明では、根拠のない楽観を避けつつ、質問や不安を表出できる機会を確保します。
多発性骨髄腫では、高カルシウム血症、腎障害、貧血、骨病変という代表的な臓器障害を把握したうえで、感染、出血、薬剤による有害事象なども評価します。これらは終末期に限って起こる症状ではありません。「終末期だから仕方がない」と一括りにせず、症状を軽減できる原因がないか、検査や治療による負担が本人の目標に見合うかを検討することが大切です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 骨痛・骨折 | 背中や腰などの痛み、体動による増悪、移動能力の変化を確認する。 | 骨病変は代表的な症状。新たなしびれ、麻痺、排尿・排便障害を伴う場合は脊髄圧迫を疑う。 |
| 腎障害 | 尿量、むくみ、腎機能検査、薬剤の使用状況を確認する。 | 中等度から重度の腎障害では、強オピオイドの処方前に専門家へ相談する。 |
| 貧血・血小板減少 | 息切れ、動悸、倦怠感、鼻出血、歯肉出血などを確認する。 | 血球減少による症状を考慮し、検査がケアの方針に影響するかを検討する。 |
| 高カルシウム血症 | 口渇、便秘、食欲不振、悪心、意識状態の変化を確認する。 | 意識障害や消化器症状を、看取りに伴う変化だけと決めつけない。 |
| 感染・発熱 | 発熱、呼吸器症状などの新たな変化と全身状態を確認する。 | 病気や薬物療法によって感染しやすいことを踏まえ、速やかに担当医へ共有する。 |
| せん妄・不穏 | 注意力、意識、行動の変化と、痛みや排泄に伴う不快感を確認する。 | 腎不全などの代謝異常や、対応可能な身体的要因を評価する。 |
骨痛の評価では、安静時の痛みだけでなく、寝返り、清拭、排泄、移乗などで生じる痛みも把握します。本人が説明できる場合は訴えを中心に評価し、意思疎通が難しい場合には、妥当性が確認された行動観察による痛みの評価方法を用います。声が出ない、眠っている、反応が乏しいというだけで、痛みがないと判断しないことが重要です。
また、背部痛に下肢の麻痺やしびれ、排尿・排便障害が加わった場合は、脊髄圧迫の可能性があります。このような変化は「いつもの骨痛」として扱わず、速やかに医師へ報告し、緊急評価の必要性を確認します。骨病変による神経症状を見落とさないことは、残された生活機能と苦痛の軽減を考えるうえでも重要です。
看取りが近い時期の検査は、異常値を把握すること自体を目的にせず、結果によって症状緩和や治療方針が変わるかを考えます。NICEの終末期ケア指針では、最期の数日間にケアへ影響しない検査を避ける一方、出血を防ぐための血小板輸血の判断など、臨床的な必要性がある検査は例外として挙げています。検査を減らすことと、必要な対応を放棄することは区別しなければなりません。
緩和ケアは、抗骨髄腫治療が終了した後だけに行うものではありません。診断後のさまざまな段階で、骨痛、倦怠感、悪心、心理的な苦痛などに対応し、生活の質を支える役割があります。多発性骨髄腫では、血液内科の担当医や看護師が症状緩和を続けながら、必要に応じて緩和ケアチーム、在宅医、心理面の専門家と連携します。
参考)Palliative Care for Multiple M…
痛みの治療では、痛みの程度と原因、これまでの鎮痛薬、嚥下能力、腎機能、副作用を確認します。強オピオイドを使用する際は、持続する痛みへの治療と、一時的に強まる痛みに対するレスキュー薬の使い方を患者・家族に説明します。「オピオイドを使うのは最期だから」という誤解や、依存への不安も確認し、目的が苦痛の軽減であることを共有します。
呼吸困難に対しては、酸素を投与すれば必ず楽になるとは限りません。NICEでは、人生の最終段階にある患者の息苦しさに対して酸素を一律に開始せず、症候性の低酸素血症がある、または臨床的に疑われる場合に使用することを推奨しています。酸素飽和度だけでなく、本人の息苦しさの訴えとケア後の変化を確認し、必要に応じて薬物療法を検討します。
せん妄では、家族が「急に人が変わった」「薬のせいでおかしくなった」と戸惑うことがあります。腎不全などの代謝異常、痛み、排泄に関する不快感といった原因を検討し、非薬物的対応を行ったうえで、症状と安全性に応じて薬剤の試用を考えます。診断が不確か、治療に反応しない、望まない鎮静が生じる場合には、専門家へ相談することが推奨されています。
以上の薬物療法は、個別の処方指示ではなく評価と連携の原則です。参照したNICE指針は英国の医療制度に基づくため、日本での実施に際しては、国内の添付文書、適応、施設の手順を確認する必要があります。とくに腎障害を伴う患者では、薬剤名だけで安全性を判断せず、症状、臓器機能、併用薬、投与経路を含めて検討します。
NICE:緩和ケアにおける強オピオイド使用の推奨事項
キャンサーネットジャパン:多発性骨髄腫のケア
人生の最終段階では、倦怠感や食欲低下が進み、移動や会話が難しくなる、意識が低下する、呼吸のパターンが変わる、呼吸時に分泌物の音が聞こえるといった変化がみられることがあります。ただし、これらの変化だけで死亡までの時間を正確に断定することはできません。NICEでは、最期の数日間に入った可能性を評価する際、全身状態と経過を確認し、少なくとも24時間ごとに変化を見直してケア計画を更新することを推奨しています。
食べられない、飲めないという状況では、家族が「栄養や水分を入れないと苦しむのではないか」と心配することがあります。飲水を希望し、安全に飲める場合には支援し、嚥下障害や誤嚥のリスクを確認します。口渇や口腔内の不快感には、口と唇のケア、可能な範囲での少量の飲水などを組み合わせます。無理に量を増やすことより、本人の希望と安全性を優先する姿勢が必要です。
補液は「必ず行う」「終末期には行わない」という二者択一ではありません。脱水に関連する口渇やせん妄があり、経口摂取が不十分な場合には試行を検討できますが、肺水腫や体液過剰のリスクも考慮します。最期の数日間における補液が生命を延ばすか、死亡に至る過程を長くするか、あるいは補液をしないことで死亡が早まるかは不確実とされています。開始後は利益と害を評価し、負担が増える場合には減量や中止を検討します。
呼吸時のゴロゴロという音は、家族にとって強い不安の原因となります。まず分泌物の音の原因と、本人や家族への影響を確認します。NICEでは、この音は聞く側にはつらくても、本人の不快感につながる可能性は低いと説明することを推奨しています。ただし、音だけで苦痛の有無を判断せず、呼吸状態やほかの症状を評価し、必要なケアや薬剤の試用を検討します。
看取りの場面では、医療者が「変化の意味」と「今行っている対応」を繰り返し説明することが重要です。例えば、「呼吸の音は分泌物によるものと考えられます。音だけで強い苦痛があるとは限りませんが、呼吸状態を確認しながら対応します」と伝えます。家族が心配を口にできる機会を設け、連絡方法と再評価の予定を共有することも、終末期ケアの一部です。
NICE:人生の最終段階における症状評価・補液・家族への説明
終末期の方針を考える際は、「治療を続けるか、すべてやめるか」という単純な対立を避けます。本人が何を大切にしているか、どの程度の情報を知りたいか、誰と相談したいかを確認し、希望に沿った個別のケア計画を作成します。過去に表明した希望がある場合も、現在の状態と意思を踏まえて確認し、担当者間で記録を共有します。
具体的には、「家族と話せる時間を大切にしたい」「痛みをできるだけ少なくしたい」「自宅で過ごしたい」など、本人が重視する目標を言葉にします。そのうえで、症状緩和薬の利益と副作用、療養場所で提供できる支援、状態が変わった場合の対応を話し合います。患者の意思決定への参加能力やコミュニケーション上の必要性も評価し、本人が望む場合には家族など大切な人を話し合いに招きます。
抗骨髄腫治療が難しくなっても、痛みや不快な症状に対するケアまで終了するわけではありません。多発性骨髄腫の緩和ケアは、血液内科、緩和ケアチーム、在宅医などが連携して担うことができます。在宅療養を希望する場合には、家で受けられるケアを具体的に確認し、必要な薬剤、投与方法、急変時の連絡体制を前もって整えます。
家族への説明では、「痛みが強まったとき」「内服できなくなったとき」「意識や呼吸に変化があったとき」に誰へ連絡するかを明確にします。終末期に必要となる可能性のある薬剤は、症状が起こる見込み、利益と害、療養場所、薬を入手するまでの時間を踏まえて準備します。ただし、準備した薬を自動的に使うのではなく、使用前にその時点の症状を評価し、投与後の効果と副作用を確認します。
また、「何かしなければ」と感じる家族には、安全にできる口腔ケアや少量の飲水の介助など、本人の負担にならない関わり方を説明できます。一方で、家族が希望しない介助を無理に担わせる必要はありません。介助方法を伝える際は、安全性を確認し、困ったときに相談できる相手を明示します。
「多発性骨髄腫の最期は壮絶なのか」という問いに向き合う際、医療従事者に求められるのは、恐怖を強める描写でも、苦痛を否定する説明でもありません。現在の症状を評価し、対応可能な原因を探り、治療の利益と負担を見直しながら、本人と家族の不安に応答することです。予後の不確実性を率直に伝えつつ、症状が変わったときにも支援を続ける具体的な計画を共有することが、尊厳を守るケアにつながります。
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