

「セロトニン増やす漢方薬」は、気分の落ち込み、不安、不眠、イライラ、意欲低下などを抱える人が検索しやすい語句です。しかし、臨床情報としては慎重な言い換えが必要です。SSRIやSNRIは、セロトニン再取り込み阻害など、神経伝達物質に対する薬理作用を明確に標的化した医薬品です。一方、漢方薬は複数の生薬から構成され、単一の神経伝達物質濃度を増加させることだけを主目的として承認・処方されるものではありません。
したがって、「漢方薬を飲めばセロトニンが増える」「うつ症状なら抗うつ薬の代わりになる」といった説明は避けるべきです。漢方診療では、精神症状のみを切り離さず、睡眠、疲労、食欲、冷え、便通、動悸、咽喉・胸部のつかえ感、易怒性などの身体症状を含めて病態を把握し、証を踏まえて方剤を選択します。患者向けには、「セロトニンを増やす薬」という断定よりも、「不安・不眠・気分変動など、現れている症状と体質を総合して用いる可能性がある漢方薬」と説明する方が、誤解を減らせます。
うつ病、双極症、統合失調症、パニック症、PTSDなどの診断・治療では、希死念慮、自傷他害リスク、躁転・軽躁、精神病症状、物質使用、身体疾患や薬剤性の影響を評価することが優先されます。漢方薬の検討は、このような安全評価と標準的治療へのアクセスを置き換えるものではありません。日本うつ病学会は2025年12月に「うつ病診療ガイドライン2025」を公開しており、治療の選択は診断、重症度、経過、併存症、患者の希望を統合して行うことが重要です。
参考)ガイドライン検討委員会
日本うつ病学会「うつ病診療ガイドライン2025」
「セロトニン増加」を目的に方剤名だけを選ぶことはできませんが、不安、不眠、気分のふさぎ、易怒性、虚弱などを伴う場合に検討される代表的な方剤はあります。ここで挙げる内容は処方の代替ではなく、医療従事者が検索意図を臨床的な症候へ翻訳するための整理です。製剤によって効能・効果、用法・用量、含有生薬、禁忌・注意事項が異なるため、必ず個別製剤の最新添付文書を確認します。
| 方剤 | 添付文書上・臨床上の着目症候 | 説明時の留意点 |
|---|---|---|
| 加味帰脾湯 | 虚弱、血色不良を背景にした不眠、精神不安、神経症、貧血など | 「セロトニンを増やす薬」ではなく、虚弱傾向と不眠・精神不安を含む全体像から検討する。甘草含有に注意する。 |
| 半夏厚朴湯 | 気分のふさぎ、咽喉・食道部の異物感、動悸、めまい、悪心を伴う不安神経症、不眠など | 咽喉部のつかえ感や消化器症状を伴う不安の評価が重要であり、抑うつ症状そのものへの単純な置換薬ではない。 |
| 抑肝散 | 易怒性、興奮、いらだち、神経過敏などが前景にある病態で検討されることがある | 甘草を含み、偽アルドステロン症や低カリウム血症のリスク評価と併用薬確認が必要となる。 |
| 柴胡加竜骨牡蛎湯 | 不安、動悸、不眠、神経過敏などを伴い、比較的体力があると判断される場合に検討されることがある | 体力・腹証・随伴症状を踏まえた選択が必要であり、自己判断での長期服用を勧めない。 |
加味帰脾湯は、医療用添付文書で「虚弱体質で血色の悪い人」の貧血、不眠症、精神不安、神経症などに用いるとされています。通常、成人では1日7.5gを2~3回に分割して食前または食間に投与する製剤例がありますが、実際の用法・用量は製剤ごとの添付文書および処方医の指示を優先します。長期投与では経過を観察し、症状・所見の改善がなければ漫然投与を避けることが明記されています。
参考)https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/bookSearch/01/04987513731378
半夏厚朴湯は、気分がふさいで咽喉・食道部に異物感があり、ときに動悸、めまい、悪心などを伴う不安神経症、神経性胃炎、不眠症などに用いられます。精神症状と身体症状が結びついて表現される患者では、症候の聴取に役立つ選択肢になり得ますが、胸部症状、嚥下障害、体重減少、持続する嗄声などがある場合は、器質的疾患の除外を優先します。
参考)https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/otcDetail/ResultDataSetPDF/340008_J0601010412_03_04/A
PMDA「加味帰脾湯」添付文書情報
抗うつ薬と漢方薬を比較する際は、「どちらがセロトニンを増やすか」という単純な二項対立を避けます。SSRIやSNRIは、うつ病や不安症などの病態に対して、添付文書上の適応と薬理作用に基づき使用される処方箋医薬品です。抗うつ薬は効果発現まで時間を要することがあり、副作用、離脱症状、賦活症候群、双極症における気分変動への影響などを考慮しながら、専門的に継続評価します。
漢方薬は、抑うつ・不安に伴う不眠、食欲低下、胃腸症状、冷え、疲労、焦燥感といった症候への対応として併用が検討される場面があります。ただし、「天然由来だから相互作用がない」「市販薬なら精神科治療中でも安全」という理解は誤りです。患者が処方薬に加え、OTC漢方薬、健康食品、甘草含有製品、サプリメントを使用していないかを、具体的な商品名まで確認する必要があります。
抗うつ薬を服用中に症状が残る場合でも、自己判断で減量・中止させたり、漢方薬へ置換したりすることは避けます。抑うつの悪化、離脱症状、再燃を招くおそれがあるためです。また、セロトニン症候群はセロトニン神経系を亢進させる薬剤の組み合わせなどで問題となり得ます。漢方薬を「セロトニン作用がないから完全に無関係」と一律に扱うのではなく、服薬全体、症候の急な変化、発熱、発汗、振戦、ミオクローヌス、下痢、興奮・錯乱などを総合して評価します。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000240114.pdf
精神症状に関連して用いられる漢方薬の安全管理では、甘草の重複に特に注意が必要です。甘草を含有する方剤では、偽アルドステロン症により低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液貯留、浮腫、体重増加などが起こることがあります。高齢者、腎機能低下例、高血圧例、心不全リスクを有する例、利尿薬や副腎皮質ステロイドなどの併用例では、リスクをより慎重に評価します。
例えば抑肝散の添付文書では、重大な副作用として間質性肺炎および偽アルドステロン症が挙げられています。咳嗽、呼吸困難、発熱、肺音異常が出現した場合には投与中止と速やかな画像検査を含む評価が必要であり、低カリウム血症や血圧上昇、浮腫、体重増加などがみられた場合も中止を含む適切な対応が必要です。定期的な血圧確認、浮腫・体重変化の問診、必要に応じた血清カリウム値などの検査を、患者背景と投与期間に応じて組み立てます。
参考)https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/460026_5200139D1037_1_19
また、複数の漢方薬を併用する際は「方剤名が異なる」ことだけでは安全性を判断できません。甘草、麻黄、大黄、附子などの含有生薬が重複していないかを確認し、服用中の市販感冒薬、胃腸薬、健康食品も把握します。加味帰脾湯の添付文書にも、他の漢方製剤などを併用する場合は含有生薬の重複に注意することが記載されています。
「セロトニンを増やす漢方薬を教えてほしい」という相談の背景には、受診への抵抗感、抗うつ薬への不安、睡眠薬を減らしたい希望、身体症状を伴うストレス反応、未診断のうつ病や双極症など、多様な事情があります。医療従事者は方剤名を即答する前に、症状の持続期間、日内変動、生活機能低下、食欲・体重変化、睡眠、アルコール・薬物使用、妊娠・授乳、既往歴、併用薬を確認します。
特に、希死念慮や自傷のおそれがある場合、具体的な自殺計画がある場合、急激な行動変化や興奮・混乱がある場合、数日間ほとんど眠らず活動性が高い場合、幻覚・妄想がある場合は、セルフケアや市販漢方薬の検討にとどめず、速やかに精神科・心療内科または救急医療へつなぐ必要があります。本人が受診をためらう場合も、家族や支援者を含めた安全確保を優先します。
説明文の実務例としては、「漢方薬には不眠や不安、のどのつかえ感、疲れやすさなどに用いられるものがありますが、セロトニンを直接増やす薬として選ぶものではありません。今の症状と服用中の薬を確認してから、医師または薬剤師と一緒に適切な薬を選びましょう。気分の落ち込みで生活に支障がある、自分を傷つけたい気持ちがある、眠れない状態が続くときは、早めの受診が必要です」と伝えるとよいでしょう。
検索語に合わせた情報提供では、興味を引く表現と医学的な正確性を両立させることが重要です。「セロトニン増やす漢方薬」という入口を使いつつも、本文では漢方薬を単一の神経伝達物質調整薬として過大評価せず、適応、証、併用薬、副作用、緊急性の評価へ読者を導く構成が、医療情報として安全性の高い記事になります。