


「生理こない腹痛」という検索語は、月経予定日を過ぎても出血が始まらず、下腹部痛や腹部の違和感がある状態を表しています。これは病名ではなく、月経の遅れと腹痛という二つの症状の組み合わせです。月経が遅れる原因には妊娠、ストレス、体重の変化、過度な運動、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、更年期移行期などがあり、「いつもの生理前と似た痛み」という訴えだけで原因を決めることはできません。
参考)NHS
医療従事者が最初に整理すべきことは、妊娠の可能性と、腹痛に緊急性があるかどうかです。特に異所性妊娠では、月経の遅れ、片側の下腹部痛、通常と異なる性器出血などがみられます。出血が少量であったり褐色であったりすると、患者が月経と考えていることもあります。そのため、「最後に出血した日」だけでなく、その出血量や持続日数が普段と同じだったかを確認することが重要です。
参考)NHS
また、月経の遅れと腹痛が必ず一つの疾患から生じているとは限りません。月経の変動に、骨盤内感染、卵巣病変、尿路感染などの腹痛原因が併存している可能性もあります。月経周期の情報だけで診療科や原因を限定せず、疼痛部位、随伴症状、妊娠検査の結果を組み合わせて評価する必要があります。
月経が長期間ない場合も評価が必要です。NHS informでは、妊娠していない状態で月経が3か月を超えて停止している場合を続発性無月経として説明しています。ただし、この期間は「腹痛があっても3か月待ってよい」という意味ではありません。腹痛や妊娠の可能性がある患者では、無月経の期間とは別に受診の緊急性を判断します。
問診では「生理が何日遅れているか」に加えて、普段の周期が規則的か、妊娠につながる可能性のある性交があったか、避妊方法は何かを確認します。避妊していたことだけで妊娠を除外してはいけません。RCOGは、月経不順や避妊の失敗により、患者自身が妊娠に気づいていない異所性妊娠もあると説明しています。性交や避妊に関する質問は、診療上必要な理由を伝え、プライバシーに配慮して行います。
参考)https://www.rcog.org.uk/for-the-public/browse-our-patient-information/ectopic-pregnancy/
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 月経歴 | 最終月経の開始日、普段の周期、今回の遅れ、直近の出血の性状を確認する。 | 異所性妊娠に伴う不正出血を月経と認識していることがある。 |
| 妊娠の可能性 | 性交の時期、避妊方法、妊娠検査の実施日と結果を確認する。 | 避妊の使用歴だけでは妊娠を除外できない。 |
| 疼痛の特徴 | 発症時期、突然か徐々にか、左右差、持続性、増悪の有無を確認する。 | 異所性妊娠の痛みは片側に生じることがあり、持続性の場合も間欠的な場合もある。 |
| 随伴症状 | 性器出血、肩先の痛み、めまい、失神、発熱、帯下の変化を確認する。 | 腹腔内出血や骨盤内炎症性疾患の評価につながる。 |
| 市販検査薬の使用時期 | 使用した製品の添付文書に記載された検査開始日を確認する。 | チェックワンSは生理予定日のおおむね1週間後から使用する。 |
| 陰性後の対応 | 検査時期と、その後に月経が始まったかを確認する。 | チェックワンSでは、月経が始まらない場合、1週間後を目安に再検査するか医師に相談する。 |
日本で使用する妊娠検査薬については、製品ごとの使用時期を区別して説明する必要があります。例えば、チェックワンSは生理予定日のおおむね1週間後から、チェックワンFASTは月経予定日当日から検査できます。海外の情報にある「予定日から検査できる」という説明を、国内のすべての製品に当てはめることは適切ではありません。
陰性結果の解釈では、検査のタイミングが重要です。検査時期が早すぎる場合は、妊娠していても尿中hCGが少なく、陰性となる可能性があります。したがって、陰性を伝える際は「現時点の検査結果」であることと、必要に応じた再検査や受診の条件を併せて説明します。特に、強い腹痛や失神などがある患者に、市販検査薬の再検査まで自宅で待つよう案内してはいけません。
異所性妊娠は、妊娠が子宮腔内ではない場所に成立する状態です。卵管などで妊娠が進行すると破裂や腹腔内出血を生じ、出血性ショックに至る危険があります。済生会は、腹腔内出血は外見から分からず、腹痛や腹部の張りが初期症状となることを説明しています。性器出血が少ないことや、出血がないことを根拠に、重症化の可能性を否定しないことが重要です。
典型的には月経の遅れや妊娠反応陽性に腹痛、性器出血が組み合わさりますが、症状の現れ方は患者ごとに異なります。痛みは片側に限局することもあれば、徐々に進行することもあります。肩先の痛みは、腹腔内に漏れた血液による刺激と関連する所見です。腹部症状だけでなく、めまい、失神、肩先の痛みを意識して確認します。
参考)NHS
適切な時期に実施した妊娠検査が陰性であれば、異所性妊娠による症状の可能性は低くなります。しかし、検査が早すぎた可能性や、別の緊急腹痛疾患は残ります。「陰性だから腹痛も問題ない」と説明するのではなく、検査の妥当性と患者の全身状態を別々に評価することが安全です。強い症状がある場合は、妊娠検査結果にかかわらず診察を優先します。
妊娠が否定的な場合、月経の遅れについてはストレス、急な体重減少、過体重、過度な運動、PCOS、更年期移行期などを検討します。これらは月経がこない理由になり得ますが、それだけで腹痛の原因まで説明できるとは限りません。患者がストレスを自覚していても、腹痛を一律にストレス由来と判断せず、骨盤内病変や感染症の可能性を確認します。
子宮内膜症は、月経痛だけでなく、月経時以外の慢性骨盤痛、腰痛、排便時痛、性交痛を生じることがあります。日本産科婦人科学会は、主な症状として痛みと不妊を挙げています。反復する腹痛、以前から強い月経痛がある、排便や性交に伴って痛みが増すといった情報は、子宮内膜症を検討する材料になります。ただし、子宮内膜症という候補だけで今回の月経の遅れや急性腹痛を説明したことにはなりません。
参考)子宮内膜症 - 公益社団法人 日本産科婦人科学会
骨盤内炎症性疾患(PID)では、下腹部痛や骨盤痛に、通常と異なる帯下、性交時の深部痛、不正出血などが伴う場合があります。症状が乏しい患者もいるため、発熱がないことだけで除外することはできません。PIDは治療の遅れにより、慢性骨盤痛、不妊、膿瘍などにつながる可能性があるため、疑う所見があれば診察と必要な検査につなげます。
急性の骨盤痛では、卵巣嚢胞の破裂や捻転、尿路感染なども鑑別候補になります。NHS Scotlandの診療情報でも、PIDの鑑別に卵巣嚢胞・破裂・捻転や尿路感染が挙げられています。患者の「生理痛のような痛み」という表現は疼痛の性状を知る手がかりですが、月経関連の痛みであることを証明するものではありません。妊娠検査に加え、診察所見に応じて婦人科疾患と他臓器の疾患を検討する姿勢が必要です。
参考)Pelvic inflammatory disease
日本産科婦人科学会:子宮内膜症の症状
NHS:骨盤内炎症性疾患の症状と受診目安
妊娠検査が陽性の場合、重要なのは妊娠の有無に加えて、妊娠がどこに成立しているかを確認することです。RCOGは、異所性妊娠の評価に経腟超音波や血中β-hCG測定を用いると説明しています。妊娠のごく早期には超音波で妊娠部位を特定できない場合があり、数日後の再検査が必要になることもあります。最初の検査で子宮内に妊娠が見えないことだけで、直ちに異所性妊娠と確定するわけではありません。
参考)https://www-preview.rcog.org.uk/for-the-public/browse-our-patient-information/ectopic-pregnancy/
妊娠反応が陽性である一方、超音波で妊娠部位が特定できない状態は、妊娠部位不明(pregnancy of unknown location:PUL)と呼ばれます。この段階では、血中hCGの経時的変化、超音波所見、臨床症状を組み合わせて評価します。患者には「検査が陽性だから正常妊娠が確認できた」という意味ではないことと、妊娠部位の確認までフォローが必要であることを説明します。
例えば、生理予定日を数日過ぎた時点で、チェックワンSが陰性だった患者では、まず製品の推奨時期より早い検査だったかを確認します。ただし、同じ患者に片側の持続する下腹部痛やめまいがあれば、「1週間後に再検査」とだけ案内して終えるべきではありません。市販検査薬の再検査目安は、強い症状がある場合の受診を延期する根拠にはならないためです。
経過観察とする場合は、再検査・再診の時期と、予定を待たず受診すべき症状を具体的に伝えます。痛みの急な増悪、失神、強いめまい、肩先の痛み、重い性器出血、発熱や全身状態の悪化は、再評価が必要となる重要な変化です。単に「様子を見てください」と伝えるのではなく、症状の変化に応じた行動を患者が理解できる形で説明することが、見逃し防止につながります。
「生理こない腹痛」への対応では、月経が遅れている理由と腹痛の原因をそれぞれ検討し、妊娠の可能性、循環動態、疼痛の推移を優先して確認します。月経が3回続けてこない場合や、体重変化、倦怠感、顔の毛の増加などを伴う場合も、婦人科などでの評価が必要です。一方、腹痛を伴う患者の受診時期は、こうした長期的な目安だけでは判断できません。急性症状の安全確認と、その後の月経異常の評価を分けて進めることが重要です。