

労作性狭心症は、階段昇降や坂道歩行などで心筋の酸素需要が増えた際に、十分な血流を確保できず胸部症状を生じる病態です。典型的には胸の圧迫感や締め付け感が現れ、休息すると数分程度で軽快します。左肩、腕、顎、みぞおちに症状を感じる場合もあり、胸の中央の痛みだけを確認する問診では見逃す可能性があります。
参考)労作性狭心症<br/>(安定狭心症)|国立循環器病研究センタ…
一定程度の負荷で発作が起こり、頻度、強度、持続時間などが変わらない状態は、安定狭心症として捉えられます。ただし、「労作で誘発される」という症状の特徴だけで、安定性まで保証されるわけではありません。新規発症の胸痛や増悪する発作では急性冠症候群の可能性を評価し、慢性冠症候群としての長期予後説明を先行させないことが必要です。
参考)狭心症 - 04. 心血管疾患 - MSDマニュアル プロフ…
また、狭心症と心筋梗塞は区別する必要があります。狭心症は心筋虚血による症状を呈する一方、心筋梗塞では心筋壊死が生じます。しかし、狭心症だから将来の心筋梗塞を心配しなくてよいわけではありません。特に不安定狭心症は急性冠症候群に含まれ、迅速な評価と治療が求められます。患者説明では「今の症状の原因」と「今後予防すべき心血管イベント」を分けると、治療継続の必要性を伝えやすくなります。
参考)https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2018/11/JCS2018_kimura.pdf
国立循環器病研究センター:労作性狭心症(安定狭心症)
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 左室収縮機能 | 心エコーなどで左室駆出率や局所壁運動を評価する | 長期生存の重要な予測因子であり、心不全の有無も確認する |
| 冠動脈病変 | 左主幹部病変、病変の広がり、解剖学的複雑性を確認する | 血行再建の適応やPCI・CABGの選択に関わる |
| 心筋虚血 | 適応に応じて負荷画像検査や冠動脈生理学的評価を行う | 画像上の狭窄と機能的な血流障害を区別する |
| 症状の経過 | 誘発される負荷、頻度、持続時間、安静時症状を確認する | 以前より軽い負荷で起こる発作は再評価が必要 |
| 併存疾患と危険因子 | 糖尿病、慢性腎臓病、高血圧、脂質異常症、喫煙などを評価する | 心血管リスクと治療の安全性の両面に影響する |
| 治療継続と生活背景 | 服薬状況、副作用、身体活動、通院継続の障壁を確認する | 処方内容だけでなく、実際に継続できているかを把握する |
死亡率の解釈には、対象集団と観察期間の確認が欠かせません。2020年に報告されたISCHEMIA試験では、中等度または高度の虚血を有する安定冠動脈疾患患者5,179人を対象に、初期侵襲的戦略と初期保存的戦略を比較しました。追跡期間中央値は3.2年で、全死亡はそれぞれ145人と144人、全死亡のハザード比は1.05、95%信頼区間は0.83~1.32でした。原著の4年時点の推定累積全死亡率は、侵襲的戦略群6.5%、保存的戦略群6.4%です。
参考)https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1915922
この数字を「労作性狭心症患者全員の4年死亡率」と表現するのは不適切です。同試験では、最近の急性冠症候群、50%以上の保護されていない左主幹部狭窄、左室駆出率35%未満、進行した心不全、重度の腎機能低下、十分な薬物療法でも許容できない狭心症などが除外されています。さらに、両群とも薬物療法と生活習慣への介入を受けており、未治療患者の自然経過を示す研究ではありません。
なお、死亡率は一定期間内に死亡する割合であり、個人の残りの生存年数を表す「余命」とは異なります。年間死亡率の逆数から余命を計算したり、短期間の死亡率を一定として何十年先まで延長したりする方法では、加齢、治療変更、病状の進行を反映できません。研究結果を説明するときは「この条件の患者集団を、この期間追跡した結果」と伝え、個人への適用には不確実性があることを明示する必要があります。
ISCHEMIA試験では、初期侵襲的戦略が初期保存的戦略に比べ、追跡期間中央値3.2年で主要複合評価項目や全死亡を減らすという証拠は得られませんでした。ただし、これは「PCIだけ」と「薬だけ」の単純比較ではありません。侵襲的戦略には必要に応じたPCIまたはCABGが含まれ、保存的戦略でも薬物療法が不十分な場合には冠動脈造影や血行再建が行われています。
この結果は、安定した患者に対して、虚血の存在だけを根拠に直ちに侵襲的治療を行うのではなく、十分な薬物療法とリスク評価を基盤に方針を決める重要性を示します。一方、同試験から除外された左主幹部病変や高度の左室機能低下、薬物療法で制御できない症状などに、結果をそのまま適用することはできません。血行再建が不要という説明に置き換えないことが重要です。
長期予後を説明する前提は、現在の病態が安定していることです。従来より頻繁な発作、軽い負荷での胸痛、安静時や夜間の新たな症状、持続時間の延長は、安定性が変化した可能性を示します。既に労作性狭心症と診断されている患者でも、今回の症状が以前と同じ病態とは限りません。
強い胸部圧迫感が続く、休息しても改善しない、冷汗や呼吸困難を伴うなど、急性冠症候群が疑われる場合は、直ちに119番通報して救急搬送を要請するよう説明します。患者自身の運転での受診や、外来予約日までの待機は勧めません。また、胸痛の持続時間が短いことだけでは不安定狭心症を否定できないため、「20分になるまでは待つ」といった時間基準だけの指導は避けます。
ニトログリセリンなどの発作時薬を処方されている患者には、処方時の使用指示を確認します。ただし、薬が効くかどうかを試すことで救急要請を遅らせないことが重要です。予後説明と併せて、「どの変化なら通常の相談でよいか」「どの症状なら救急要請するか」を本人と家族が理解できる形で共有します。
日本循環器学会:急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)