

腹部には、心臓から送り出された血液が流れる腹部大動脈があります。ただし、腹部で拍動を感じることと、腹部大動脈瘤があることは同義ではありません。一方で、腹部大動脈瘤でも腹部の拍動感が現れることがあるため、「脈を感じるだけだから正常」と説明することも適切ではありません。症状の持続、腹痛や背部痛、しこりの自覚、年齢や血管疾患の背景を組み合わせて判断します。
参考)NHS
腹部の拍動感を評価するときは、腹部大動脈の病変と、動悸を生じる循環器・全身性疾患を分けて考えます。腹部大動脈瘤は無症状で見つかることが多く、症状がある場合には腹部の拍動感、腹痛、背部痛などを伴います。高齢男性、現在または過去の喫煙、高血圧、近親者の腹部大動脈瘤、冠動脈疾患や末梢動脈疾患などは、疑いを判断するうえで重要な背景です。ただし、こうした背景が乏しくても、症状だけで除外できるわけではありません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| ストレス・不安に関連する動悸 | 緊張や不安との時間的関係、心拍の自覚、睡眠状況を確認する。 | 心理的な誘因があっても、身体疾患の併存は否定できない。 |
| 腹部大動脈瘤 | 腹部拍動、持続・反復する腹痛や背部痛、しこりの自覚、血管リスクを確認する。 | 無症状例も多く、疑う場合は腹部超音波などで評価する。 |
| 不整脈 | 突然の発症・停止、速い脈、不規則な脈、失神などを確認する。 | 症状時の心電図が重要で、発作間欠期の正常心電図だけでは除外できない。 |
| 貧血 | 疲労、脱力、出血を疑う病歴などを確認し、必要に応じて血算を行う。 | 問診と診察所見に基づいて検査の必要性を判断する。 |
| 甲状腺機能亢進症 | 体重減少、暑がり、振戦などを確認し、適応に応じて甲状腺機能を調べる。 | すべての腹部拍動に一律の検査を行うという意味ではない。 |
| 薬剤・嗜好品の影響 | 処方薬、市販薬、サプリメント、カフェイン、飲酒、喫煙を確認する。 | 処方薬の変更や中止は、治療上の必要性を踏まえて判断する。 |
緊急性の判断では、ストレスの有無より随伴症状を優先します。突然の強い腹痛や背部痛、意識消失、呼吸困難などは、腹部大動脈瘤の破裂を含む重篤な状態を疑う徴候です。また、動悸に胸痛、息切れ、失神や失神しそうな感覚を伴う場合も、急性の循環器疾患を念頭に置いた評価が必要です。患者が普段から不安を訴えていても、これらを「いつものストレス反応」と扱わないことが重要です。
これらの目安はNHSの腹部大動脈瘤および動悸の受診案内に基づきます。強い症状がある患者には、自分で運転して受診するよう勧めず、日本では119番による救急要請につなげます。電話相談や受付段階でも、症状の発生時刻、痛みの部位、意識状態、呼吸状態、現在も症状が続いているかを確認し、院内の救急対応手順に従って連携します。
一方、腹部の拍動感だけで直ちに腹部大動脈瘤と判断する必要はありません。NHSも、腹痛や腹部のしこりはさまざまな原因で生じ、必ずしも動脈瘤を意味しないと説明しています。患者説明では、重大な病気の可能性だけを強調するのではなく、「この症状だけでは原因は分からないため、痛みや診察所見、背景を確認する」と伝えることが、過度な不安と不適切な安心の両方を避けるうえで有用です。
重篤な疾患を疑う状況がないことを評価したうえで、睡眠不足や嗜好品、ストレスなどの誘因を見直します。NHSは、基礎疾患によらない動悸について、ストレス、喫煙、カフェイン、アルコールなどの誘因を避けることが役立つとしています。ただし、これは腹部の拍動感すべてに効果が保証されるという意味ではありません。症状が持続・増悪する場合には、生活改善だけで経過をみ続けず再評価します。
参考)NHS
最後に患者と共有したいのは、何が起きたら受診を早めるかという安全策です。突然の強い腹痛・背部痛、胸痛、呼吸困難、失神などは救急評価の対象になります。また、腹痛や背部痛が続く、しこりに気づく、動悸が反復・増加する場合にも再評価が必要です。「ストレスかもしれない」という説明を、今後の症状変化まで安全と保証する言葉にしないことが、腹部の拍動感を訴える患者への適切な対応につながります。