

妊娠中に頭痛が起きた場合、診療の出発点は「妊娠に伴うよくある症状」と一括りにせず、一次性頭痛と二次性頭痛を分けて考えることです。一次性頭痛には片頭痛や緊張型頭痛などがあり、二次性頭痛には妊娠高血圧腎症、脳静脈洞血栓症、頭蓋内出血、感染症、下垂体卒中などが含まれます。妊娠前から片頭痛のある患者でも、新しい病態が重なる可能性があるため、既往歴だけで今回の頭痛を説明しないことが重要です。
参考)https://www.aafp.org/afp/2023/0700/practice-guidelines-headache-pregnancy-breastfeeding
一次性頭痛は妊娠経過に伴って軽くなる場合もあります。米国産科婦人科学会のガイドラインを紹介した米国家庭医学会の記事では、一次性頭痛のある妊婦の最大約八割で、妊娠中期までに頭痛頻度の自然な減少がみられるとされています。ただし、これは個々の患者の頭痛が必ず改善するという意味ではありません。妊娠後期に新たに出現した頭痛や、これまでと性質が異なる頭痛を「妊娠すれば変化するもの」として経過観察だけにすることは避けます。
問診では、妊娠週数、妊娠前の頭痛歴、今回の発症時刻、痛みが最も強くなるまでの時間、持続時間、随伴症状を確認します。とくに、突然始まったか、普段より強いか、視覚異常や発熱、意識の変化、手足の動かしにくさがあるかは、二次性頭痛を疑ううえで重要です。鎮痛薬の使用歴も確認し、今回の服薬内容と反応を記録します。初回の頭痛や従来のパターンから変化した頭痛では、診断を急いで片頭痛に固定しない姿勢が求められます。
医療従事者が患者へ説明する際は、「頭痛があること自体で直ちに赤ちゃんへの危険が決まるわけではないが、原因によっては母体と胎児の評価が必要になる」と伝えると、過度な不安をあおらず受診の必要性を共有できます。診療上は、痛みを軽くする対応と、危険な原因を除外する対応を並行させることが基本です。
米国家庭医学会:妊娠・授乳期の頭痛に関するACOG推奨の解説
妊娠二十週以降に頭痛と血圧上昇を認める場合は、妊娠高血圧腎症を鑑別に入れます。日本産科婦人科学会は、妊娠中の収縮期血圧百四十mmHg以上、または拡張期血圧九十mmHg以上を高血圧の基準として示しています。両方の値が基準を超える必要はなく、どちらか一方の上昇でも評価の対象です。診断や治療方針は、適切な血圧測定と再評価、妊娠週数、既往歴、母体・胎児の状態を合わせて判断します。
参考)妊娠高血圧症候群 - 公益社団法人 日本産科婦人科学会
妊娠高血圧腎症は、高血圧と蛋白尿だけで判断する病態ではありません。蛋白尿がなくても、肝機能・腎機能障害、神経障害、血小板減少などの血液凝固異常、子宮胎盤機能不全を伴う場合には診断されます。そのため、「尿蛋白が陰性だから頭痛は問題ない」と説明することは適切ではありません。重い頭痛や視覚異常が続く患者では、血圧だけでなく臓器障害の有無を確認する必要があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 高血圧の評価基準 | 収縮期血圧140mmHg以上、または拡張期血圧90mmHg以上 | どちらか一方でも該当し、症状や反復測定結果と合わせて評価する。 |
| 重症域の血圧 | 収縮期血圧160mmHg以上、または拡張期血圧110mmHg以上 | 厳重な管理が必要であり、速やかに産科へ連絡する。 |
| 妊娠20週以降の頭痛 | 血圧が高ければ妊娠高血圧腎症を考える | 視覚異常、尿所見、血小板、肝機能、腎機能なども確認する。 |
| 蛋白尿がない場合 | 妊娠高血圧腎症を否定できない | 母体の臓器障害や子宮胎盤機能不全を伴う場合がある。 |
| 産後の頭痛と高血圧 | 産後6週まで妊娠高血圧腎症を鑑別に入れる | 出産したことだけを理由に産科関連の原因を除外しない。 |
たとえば、妊娠三十二週の患者が「以前にも頭痛はあった」と話していても、今回の頭痛に視界のかすみが加わり、血圧が百五十/九十五mmHgであれば、通常の片頭痛として鎮痛薬のみを案内する対応は不十分です。この例では、妊娠週数、血圧上昇、視覚症状を合わせ、妊娠高血圧腎症を含む二次性頭痛の評価につなげます。これは診療判断を説明するための例であり、頭痛と一回の血圧値だけで確定診断するものではありません。
妊娠中に頭痛を訴える患者の評価では、危険サインの確認を優先します。急速な発症、激しい痛み、従来と異なる頭痛、血圧上昇、発熱、局所神経症状、意識の変化などがあれば、二次性頭痛を疑って速やかに評価します。ACOGのガイドラインを紹介した記事では、危険サインを伴う患者の画像検査で、二次性の原因が二十五%を超える割合で認められるとされています。この数字を妊婦全体の発症率と混同せず、危険サインのある症例で検査をためらわない根拠として理解します。
診察では、バイタルサインと意識状態、神経学的所見を確認し、疑う病態に応じて尿検査や血液検査、画像検査を組み合わせます。妊娠高血圧腎症を疑う場合、蛋白尿だけでなく血小板数、肝機能、腎機能などの評価が重要です。また、妊娠高血圧腎症では神経学的診察が正常な場合もあるため、「麻痺がないから危険な頭痛ではない」という判断はできません。
画像検査は、妊娠を理由に一律に避けるものではありません。二次性頭痛の評価では造影剤を用いないMRIが優先される場面がありますが、緊急性や疑う疾患、検査の利用可能性によっては頭部CTなどが必要です。MRIの実施を待つことが評価の遅れにつながる場合には、利用できる検査を選択します。脳静脈洞血栓症が疑われる場合は、静脈系を評価するMR静脈撮影などを検討します。
電話相談や薬局での対応では、診断を確定させることより、適切な受診先へつなぐことが優先です。突然の激しい頭痛や意識障害、麻痺、けいれんがある患者には、通常の予約診療を待たせず救急要請を案内します。血圧上昇や視覚異常、普段と異なる強い頭痛がある場合も、次回健診まで様子を見るよう勧めず、産科への速やかな連絡を促します。
危険な二次性頭痛を評価したうえで、一次性頭痛の急性期治療を検討します。ACOGの推奨では、アセトアミノフェンが妊娠中の急性頭痛に対する初期治療の選択肢です。ただし、「妊娠中でも使える」という説明を、無制限に使用してよいという意味にしないことが大切です。使用量、使用期間、肝疾患の有無、他の製品に含まれる同一成分などを確認し、患者ごとの条件に合わせて処方・服薬指導を行います。
本記事は個別の処方量を指定するものではありません。実際の投与では国内の添付文書、患者の体格や病歴、処方内容を確認します。患者が総合感冒薬や複合鎮痛薬も服用している場合は、商品名だけでなく成分を照合することが必要です。医療従事者は「頭痛薬を飲んだか」という質問だけで終えず、何を、いつ、どれだけ使用したかを確認します。複合製品に含まれるNSAIDsの見落としにも注意します。
参考)https://practicalneurology.com/diseases-diagnoses/headache-pain/management-of-headache-in-pregnant-women/31998/
非ステロイド性抗炎症薬であるNSAIDsは、妊娠週数によって胎児へのリスクが変わります。米国食品医薬品局は、妊娠二十週頃以降の使用により胎児の腎機能障害や羊水過少が起こり得るとして、医療従事者の具体的な指示がない使用を避けるよう警告しています。二十週から三十週に医学的に必要な場合でも、最小有効量・最短期間とし、四十八時間を超えて使用する場合には羊水量の超音波評価を検討します。三十週以降は胎児動脈管の早期閉鎖リスクにも注意が必要です。
参考)FDA recommends avoiding use of…
このため、「妊娠中期ならNSAIDsは安全」と時期だけで一括して説明することは避けます。海外の頭痛診療の推奨を参照する際も、妊娠二十週以降の安全性警告を合わせて確認し、国内製品の添付文書と産科の方針に従って判断します。患者には、市販薬でも妊娠週数を伝えて医師・薬剤師へ相談すること、以前に使えた薬を今回も自己判断で使わないことを説明します。
一方、産科的な目的で処方される低用量アスピリンは、頭痛に対して自己使用する鎮痛薬と区別します。FDAの警告には、医療従事者の指示下で使用する低用量アスピリンの例外が明記されています。NSAIDsの注意事項を読んだ患者が、処方中の低用量アスピリンを自己中止しないよう、処方目的と継続方針を確認することが重要です。
アセトアミノフェンで十分な改善が得られない場合や、悪心を伴う場合には、医師がメトクロプラミドなどを検討します。持続する片頭痛では、スマトリプタンが次の治療選択肢として挙げられていますが、すべてのトリプタンを同様に扱うことはできません。追加薬を選ぶ前に診断を再評価し、妊娠中の使用経験、患者の既往、国内での適応や注意事項を確認したうえで、必要に応じて産科と頭痛診療に詳しい医師が連携します。
FDA:妊娠20週以降のNSAIDs使用と羊水過少に関する安全性情報
一次性頭痛と判断された患者には、薬物療法だけでなく、睡眠習慣の調整、水分補給、誘因の回避、リラクゼーション、ストレスへの対処などを提案できます。これらの方法は妊娠中にも取り入れやすい一方、頭痛を改善する効果のエビデンスには限界があります。「必ず治る対策」として紹介するのではなく、患者の生活に無理なく組み込める補助的な方法として説明します。
カフェインは頭痛治療で併用されることがありますが、飲料と薬剤の両方に含まれる点に注意します。ACOGの推奨を紹介する記事では、妊娠中のカフェインは一日二百mgまでとされています。コーヒーだけでなく茶類やカフェイン入り製品の摂取状況も確認し、頭痛薬に含まれる量を合わせて把握します。頭痛を抑える目的でカフェインを多量に摂取するよう勧めることは適切ではありません。
継続評価では、頭痛の頻度、強さ、持続時間、随伴症状、服薬日、服薬後の反応を記録してもらうと、前回との変化を共有しやすくなります。患者には、記録をつける目的が「自分で危険な病気を診断するため」ではなく、診察時に変化を正確に伝えるためであると説明します。記録している途中でも、突然の激痛や新しい神経症状、血圧上昇が出現したら、記録を続けて様子を見るのではなく受診を優先します。
妊娠前から片頭痛の予防薬を使用している場合は、妊娠判明時または妊娠を計画する段階で薬剤の見直しが必要です。頭痛予防薬には妊娠中に避けるべき薬剤があり、サプリメントを含めて確認します。「天然由来だから安全」「処方薬でないから問題ない」とは判断できません。患者が自己判断で新しい予防薬やサプリメントを追加せず、現在の治療を処方医と産科に共有できるよう支援します。
また、頭痛への注意は出産で終わりません。産後六週までの頭痛と高血圧では妊娠高血圧腎症を考える必要があり、産褥期には脳静脈洞血栓症も鑑別になります。硬膜外麻酔などの後に起こる、横になると軽くなる頭痛では硬膜穿刺後頭痛を考えますが、その特徴だけで他の原因を除外することはできません。産後の頭痛を疲労や睡眠不足だけで説明せず、麻酔歴、血圧、神経症状を確認します。
患者への説明では、相談先と連絡のタイミングまで具体化することが重要です。普段と異なる頭痛、視界の異常、頭痛に伴う高血圧は速やかに産科へ連絡すること、突然の激痛や麻痺、意識障害、けいれんは救急対応が必要であることを伝えます。医療従事者は、妊娠週数と血圧を押さえ、二次性頭痛の評価、適切な鎮痛、服薬指導、再受診の目安を一つの診療計画として共有することが求められます。