

ネフローゼとは、一般にネフローゼ症候群を指し、腎臓の糸球体における蛋白の透過性が高まることで、大量の蛋白が尿中へ漏れ出し、低アルブミン血症を来す病態です。単一の原因で起こる病名ではなく、複数の腎疾患や全身疾患に共通して現れる症候群として理解することが重要です。浮腫、脂質異常症、血栓傾向、易感染性などを伴い、腎臓だけでなく全身の管理が必要になります。
参考)https://jsn.or.jp/academicinfo/report/evidence_nephrotic_guideline2020.pdf
糸球体の濾過障壁には、毛細血管内皮、糸球体基底膜、足細胞とその足突起間にあるスリット膜などが関わっています。これらの障壁が障害されると、本来は血液中に保持されるアルブミンなどの蛋白が尿中へ流出します。血清アルブミン値の低下には尿中への喪失が大きく関与しますが、産生や代謝などの影響もあり、尿蛋白量だけで血清アルブミン値が一律に決まるわけではありません。
浮腫の機序は「アルブミンが減って血管内から水が漏れる」だけでは説明できません。低アルブミン血症による血漿膠質浸透圧の低下と、有効循環血液量の減少が関わるアンダーフィリング機序に加え、腎臓でのナトリウム貯留が主体となるオーバーフィリング機序があります。両者の関与は症例や病期によって異なるため、浮腫が強い患者でも血管内の体液量が十分とは限りません。この点は、利尿薬や輸液の判断に直結します。
また、ネフローゼ症候群と腎不全は同義ではありません。前者は蛋白尿と低アルブミン血症を中心とした病態であり、発症時に腎機能が保たれている患者もいます。一方、急性腎障害を合併する場合や、蛋白尿が持続して慢性的な腎機能低下につながる場合もあるため、尿蛋白と腎機能は別の指標として並行して評価する必要があります。
日本腎臓学会公開「エビデンスに基づくネフローゼ症候群診療ガイドライン2020」
日本の成人ネフローゼ症候群の診断では、持続する尿蛋白3.5g/日以上と、血清アルブミン3.0g/dL以下の両所見が必須条件です。随時尿の尿蛋白/尿クレアチニン比が3.5g/gCr以上の場合も、尿蛋白3.5g/日以上に準じます。浮腫や脂質異常症は重要な参考所見ですが、必須条件ではありません。したがって、むくみが目立たないことを理由にネフローゼ症候群を否定してはいけません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 成人の蛋白尿 | 尿蛋白3.5g/日以上が持続 | 診断の必須条件 |
| 随時尿による評価 | 尿蛋白/尿クレアチニン比3.5g/gCr以上 | 24時間尿の基準に準じて扱う |
| 低アルブミン血症 | 血清アルブミン3.0g/dL以下 | 蛋白尿と併せて満たす必須条件 |
| 浮腫 | 眼瞼、下腿、仙骨部などの浮腫、胸腹水 | 重要な参考所見だが必須ではない |
| 脂質異常症 | 高LDLコレステロール血症など | 参考所見であり必須ではない |
| 小児の基準との違い | 早朝尿蛋白/クレアチニン比2.0g/gCr以上などの高度蛋白尿と、血清アルブミン2.5g/dL以下 | 成人の数値をそのまま適用しない |
上表は国内の診断基準に基づく整理です。なお、「ネフローゼ症候群」と診断することと、「一次性ネフローゼ症候群」と診断することは区別します。一次性と判断するには、蛋白尿と低アルブミン血症を確認したうえで、糖尿病、自己免疫疾患、感染症、薬剤などによる二次性の病態を除外する必要があります。
尿検査では、試験紙法だけでなく尿蛋白の定量、尿潜血、尿沈渣を確認します。24時間蓄尿は尿蛋白量の評価に用いられますが、外来などで実施が難しい場合には随時尿の蛋白/クレアチニン比を活用します。血液検査ではアルブミン、総蛋白、クレアチニン、電解質、脂質などを確認し、腎機能障害や合併症の有無を評価します。尿蛋白が多いという所見だけでなく、その背景にある疾患を絞り込むことが検査の目的です。
原因検索では、病歴や身体所見に応じて、補体、抗核抗体、抗二本鎖DNA抗体、肝炎ウイルス関連検査、単クローン性蛋白の評価などを組み合わせます。膜性腎症が疑われる場合には抗PLA2R抗体も診断の手がかりになりますが、陰性だけで膜性腎症を否定することはできません。成人では原因病型の確定や治療方針の決定に腎生検が重要であり、臨床経過、検査所見、出血リスクなどを踏まえて適応を検討します。
難病情報センター「一次性ネフローゼ症候群:医療従事者向け診断・治療指針」
ネフローゼ症候群の原因は、一次性と二次性に大別されます。一次性の主要な病型には、微小変化型ネフローゼ症候群、巣状分節性糸球体硬化症、膜性腎症などがあります。ただし、同じ病理所見が二次性に生じる場合もあるため、病理診断名だけで原因や治療を機械的に決めないことが重要です。
症状としては、眼瞼や下腿の浮腫、急な体重増加、尿量の減少などがみられます。体液貯留が進むと胸水や腹水を来し、呼吸困難や腹部膨満感につながります。尿の泡立ちが受診の契機になる場合もありますが、泡立ちのみで蛋白尿の程度や病型を判断するのではなく、尿検査で確認する必要があります。
特に注意したい合併症は血栓症です。抗凝固に関わる蛋白の尿中喪失や凝固因子の変化などが重なり、深部静脈血栓症、腎静脈血栓症、肺血栓塞栓症などのリスクが高まります。下肢の腫れに左右差がある、疼痛や発赤を伴う、急に呼吸困難が出現したといった変化は、単なる浮腫の悪化として扱わず、血栓症を含む緊急評価につなげる必要があります。
感染症と急性腎障害も重要です。感染リスクには免疫グロブリンなどの尿中喪失に加え、ステロイドや免疫抑制薬による影響も関与します。また、急性腎障害は原疾患そのもののほか、感染症、循環動態の変化、過度の利尿、薬剤など複数の要因で起こり得ます。発熱、全身状態の悪化、尿量の急減、クレアチニンの上昇があれば、原因を速やかに評価します。
ネフローゼ症候群の治療は、蛋白尿を減らして寛解を目指す病型別治療と、浮腫や高血圧などを管理する支持療法の両輪で進めます。すべての患者に同じ免疫抑制治療を行うわけではありません。二次性では原因疾患への治療や原因薬剤の見直しが基本となり、一次性でも病型、腎機能、蛋白尿の程度、合併症、再発歴によって治療選択が変わります。
微小変化型ネフローゼ症候群では、副腎皮質ステロイドが初期治療の中心です。再発を繰り返す場合やステロイド依存性の場合には、ステロイドの累積投与による有害事象も考慮し、免疫抑制薬などの併用・変更を検討します。一次性の巣状分節性糸球体硬化症でも免疫抑制治療が検討されますが、二次性や遺伝性の病態との区別が重要です。膜性腎症では、蛋白尿や腎機能、経過などを踏まえて治療強度を判断します。
治療情報の更新として、2026年6月19日には、リツキシマブ製剤「リツキサン」について、成人期発症の頻回再発型あるいはステロイド依存性ネフローゼ症候群に対する用法・用量の追加承認が公表されました。これは成人のネフローゼ症候群すべてを一律に適応とするものではありません。発症時期や病態によって承認範囲・投与方法が異なるため、実際の使用時には最新の電子添文と適正使用情報を確認する必要があります。
参考)2026年06月19日|抗CD20モノクローナル抗体「リツキ…
中外製薬・全薬工業「成人期発症の頻回再発型・ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対する承認取得」
支持療法では、浮腫に対して塩分制限と利尿薬を用います。ただし、体重や浮腫の改善だけを目標に過度な利尿を行うと、循環血液量の低下や急性腎障害を招く可能性があります。低アルブミン血症という検査値だけを理由にアルブミン製剤を一律に投与することも適切ではなく、循環動態、呼吸状態、利尿薬への反応などを踏まえた個別判断が必要です。
ACE阻害薬やARBは、高血圧や蛋白尿の管理、腎保護を目的に使用されますが、腎機能や血清カリウムの変化を確認します。脂質異常症に対してはスタチンなどを検討します。血栓症の予防的抗凝固療法についても、全例に自動的に実施するのではなく、病型、低アルブミン血症の程度、血栓症リスクと出血リスクなどを総合して判断します。
治療効果は、浮腫が引いたかどうかだけでは判断できません。国内の成人の治療効果判定基準では、尿蛋白0.3g/日未満を完全寛解、0.3g/日以上1.0g/日未満を不完全寛解Ⅰ型、1.0g/日以上3.5g/日未満を不完全寛解Ⅱ型とし、3.5g/日以上を無効としています。治療開始後1カ月、6カ月などの時点で評価し、6カ月時点の完全寛解・不完全寛解Ⅰ型の判定には、原則として臨床症状と血清蛋白の改善も含めます。
成人では、完全寛解後に尿蛋白1g/日または1g/gCr以上、あるいは試験紙法で2+以上の尿蛋白が2~3回持続する場合を再発とする国内基準があります。小児では診断や再発の基準が異なるため、成人の数値を流用してはいけません。また、試験紙法の一度の変化だけで患者自身が薬を増減しないよう、再検査や医療機関への連絡方法を事前に共有しておくことが大切です。
日常の観察では、体重、血圧、尿量、浮腫の部位と程度、呼吸状態を経時的に把握し、尿蛋白、アルブミン、クレアチニン、電解質などの検査値と結び付けて評価します。体重減少は利尿による改善を示す場合がありますが、低血圧や腎機能悪化を伴うなら過度な体液減少も考えます。反対に、急な体重増加と呼吸状態の悪化がある場合は、胸水などの体液貯留を評価する必要があります。
治療中は原疾患だけでなく、薬剤の有害事象にも目を向けます。ステロイドでは感染症、高血糖、骨粗鬆症、精神症状などを確認し、免疫抑制薬では感染症に加え、薬剤ごとの腎毒性や血液障害などに注意します。免疫抑制治療の導入前にはB型肝炎ウイルス感染や潜在性結核などの評価も重要であり、予防策やモニタリングを治療計画に組み込みます。
食事支援では、尿に蛋白が漏れているからといって、高蛋白食やプロテインで単純に補えばよいわけではないことを説明します。過剰な蛋白摂取を避けながら、病型、腎機能、栄養状態に応じた蛋白量と必要なエネルギーを確保します。塩分制限も含め、医師・管理栄養士と具体的な食事内容を調整することが重要です。浮腫の見た目だけで水分摂取を極端に制限するのではなく、体液量や電解質を踏まえて個別に判断します。
予後は病型と治療反応によって異なります。微小変化型は寛解を得やすい一方で再発が問題になり、巣状分節性糸球体硬化症や膜性腎症では、蛋白尿の持続や腎機能低下を含めた長期管理が必要です。患者への説明では「寛解したこと」と「今後再発しないこと」を区別し、服薬の自己中断を避けること、感染兆候や急な尿量低下、片側の下肢腫脹、呼吸困難があれば速やかに医療機関へ連絡することを具体的に伝えます。
なお、一次性ネフローゼ症候群は指定難病222に位置付けられていますが、診断名が付けば一律に医療費助成を受けられるわけではありません。重症度や高額な医療の継続などの要件があるため、対象となる可能性がある患者には、主治医や医療ソーシャルワーカーによる制度確認につなげることも、療養を支える実務上の重要な対応です。