

「目に影が見える」という訴えには、黒い点、蚊や小虫のようなもの、糸くず、髪の毛、輪、蜘蛛の巣、煙、アメーバ状の影など、さまざまな表現が含まれます。典型的には、白い壁、青空、パソコンやスマートフォンの明るい画面、書類の余白などを見たときに目立ちます。視線を動かすと影も少し遅れて移動し、見ようとしても直接捉えにくいという特徴があります。
このような症状は、医学的には飛蚊症と呼ばれることがあります。飛蚊症は病名そのものではなく、視野内を動く陰影を自覚する症状の総称です。眼球の中には硝子体という透明なゲル状組織があり、その混濁、不均一な変化、出血、炎症性細胞などが網膜に影を落とすことで、外に実在しない黒い影や浮遊物が見えることがあります。MSDマニュアルは、飛蚊症を「外界の物体の像とは無関係に視野内を移動する陰影」と説明しています。
参考)飛蚊症 - 17. 眼疾患 - MSDマニュアル プロフェッ…
ただし、患者が「影」と表現する見え方が、常に飛蚊症であるとは限りません。片目の視野が暗くなる、端から幕が下りるように見える、視野の一部が恒常的に欠ける、中心部がゆがむ、急にぼやけるといった症状では、網膜・視神経・角膜・水晶体などの疾患、あるいは神経学的な原因も検討します。医療従事者が問診する際は、「影が動くか」「片眼か両眼か」「突然か徐々にか」「視野欠損か浮遊物か」「閃光や視力低下を伴うか」を具体的に確認することが重要です。
患者に対しては、白い背景を見た際の印象だけで安心・不安を判断しないよう説明します。とくに初めて出現した症状、以前からある飛蚊症の急な増加、見え方の性状変化は、加齢変化に伴う生理的飛蚊症だけでなく、網膜裂孔、網膜剥離、硝子体出血、ぶどう膜炎などの病的原因を示すことがあります。
飛蚊症で最も多い背景の一つは、加齢に伴う硝子体の変化です。硝子体は年齢とともに液化し、網膜から離れて後部硝子体剥離を生じることがあります。この経過自体は一定の年齢層でみられる生理的変化ですが、硝子体が網膜を強く牽引すると網膜裂孔を生じることがあります。裂孔から液化硝子体が網膜下へ入り込むと、裂孔原性網膜剥離へ進行する危険があります。
日本眼科学会は、網膜剥離の初期症状として、飛蚊症と光視症を挙げています。光視症は、暗い場所などで稲妻やカメラのフラッシュのような光が走る感覚として表現されることがあります。また、網膜剥離が進行すると、視野の一部が黒く欠ける、カーテンがかかったように見えるなどの症状が出現し、急に現れた場合には早急な眼科受診が必要とされています。
参考)https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=37
病的飛蚊症の背景としては、硝子体出血も重要です。糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜裂孔、外傷などに関連して硝子体内に出血すると、煤煙、すす、墨を流したような多数の黒点、急な視力低下として自覚されることがあります。ぶどう膜炎などの眼内炎症でも、炎症細胞や混濁によって浮遊物が見えることがあります。痛み、充血、羞明、かすみ、視力低下を伴う場合は、単純な加齢性変化と決めつけないことが必要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 生理的飛蚊症 | 以前から同様の影があり、数や形が大きく変化しない | 加齢性硝子体変化などが背景となるが、初回は眼科評価が望ましい |
| 後部硝子体剥離 | 中高年以降に急な飛蚊症、輪状の影、糸状の影を自覚することがある | 網膜牽引や網膜裂孔の有無を確認する |
| 網膜裂孔 | 飛蚊症の急増、すす状の黒点、閃光、片眼性の急な症状 | 散瞳眼底検査による早期診断が重要 |
| 網膜剥離 | 視野の一部の欠損、黒いカーテン、急な見えにくさ | 緊急性が高く、当日中の眼科受診を検討する |
| 硝子体出血・炎症 | 急な多数の黒点、煙状の見え方、視力低下、充血や痛みなど | 糖尿病、外傷、炎症性疾患の既往も確認する |
網膜裂孔は散瞳薬で瞳孔を広げて行う眼底検査で診断され、裂孔原性網膜剥離への進展予防としてレーザー光凝固術が行われることがあります。飛蚊症や光視症を自覚したときには、加齢による変化で治療不要な場合もある一方、見極めには眼科医の診断が必要です。
参考)網膜裂孔 (もうまくれっこう)とは
日本眼科学会:網膜裂孔
「目に影が見える」という主訴で最も重要なのは、網膜裂孔や網膜剥離の可能性を見逃さないことです。とくに、飛蚊症が急に始まった、短時間で数が増えた、従来とは明らかに異なる影が出現したという場合は、症状が軽度に見えても早期に眼科で評価します。症状の変化は、硝子体の牽引、裂孔、出血などが新たに生じたサインである可能性があります。
影に加えて光視症がある場合も注意が必要です。目を閉じているときや暗い場所で、片側にピカッとした光、稲妻、フラッシュのような光が反復して見える場合、硝子体が網膜を牽引している可能性があります。光視症が必ずしも網膜裂孔を意味するわけではありませんが、飛蚊症の急増と同時に起きた場合には、散瞳眼底検査を急ぐべき所見です。
「黒いカーテンがかかる」「端から暗くなる」「見える範囲が欠ける」という表現は、網膜剥離を念頭に置く重要な訴えです。日本眼科学会は、網膜剥離で視野の一部が黒く欠ける、またはカーテンがかかったように見えにくくなることがあり、こうした症状が急に現れた場合は早急な眼科受診が必要であるとしています。
これらがある場合は、経過観察や市販目薬による対応ではなく、原則として当日中を含む早急な眼科受診を判断します。夜間・休日であっても、視野欠損や急速な視力低下を伴う場合には、地域の救急対応が可能な眼科や救急医療機関への相談を検討します。網膜剥離では、剥離期間が長くなるほど神経網膜への障害が進み得るため、症状を放置しないことが重要です。
医療従事者が「目に影が見える」と訴える患者に対応する際は、症状の表現を飛蚊症として一括りにせず、病態を推定できるように情報を整理します。まず、片眼性か両眼性かを確認します。患者自身が片眼ずつ隠して確認すると、どちらの眼で症状を感じているかを把握しやすくなります。片眼に限定される急性の飛蚊症、光視症、視野欠損は眼底疾患を疑う契機になります。
発症時期は「いつからか」だけでなく、「突然か徐々にか」「数分・数時間・数日でどう変化したか」を聴取します。急性発症で増悪する症状は、慢性的で安定した飛蚊症とは別に扱います。影の形状については、単発の輪や糸状、虫様、多数の点状、煙やすす状、固定した黒い領域などを聞き分けます。多数の微細な黒点が突然現れる場合には、硝子体出血や網膜裂孔に伴う色素細胞の出現も鑑別に入ります。
随伴症状として、光視症、視野欠損、視力低下、変視症、充血、眼痛、羞明、頭痛、悪心、外傷歴を確認します。また、高度近視、糖尿病、高血圧、抗凝固薬・抗血小板薬の使用、眼内手術歴、網膜疾患の既往、家族歴なども評価に役立ちます。例えば、白内障手術後や眼外傷後に急な症状が出現した場合は、硝子体・網膜病変に注意を要します。
眼科では、視力、眼圧、細隙灯顕微鏡検査、散瞳眼底検査を基本として、必要に応じて眼底写真、光干渉断層計(OCT)、超音波Bモード検査などを用います。硝子体出血や白内障などで眼底の観察が困難な場合にも、超音波検査が網膜剥離などの評価に役立つことがあります。散瞳後は一時的にまぶしさや近見困難が起きるため、患者には検査当日の自動車運転を避けるよう事前に案内することが実務上重要です。
日本眼科医会は、飛蚊症では自覚症状が少なく、視力低下や痛みを伴わないことも多いため、重大な眼疾患を見逃す可能性を指摘しています。とくに60歳前後で突然飛蚊症を自覚した場合には、後部硝子体剥離と網膜裂孔の有無を確認するため、なるべく早く眼科を受診することが重要とされています。
参考)黒いものが飛ぶ 飛蚊症
日本眼科医会:黒いものが飛ぶ 飛蚊症
患者説明では、「飛蚊症の多くは加齢に関連した変化として生じることがある一方、初めての症状や急な変化は網膜の病気を除外する必要がある」と、過度に恐怖を与えず、しかし受診の必要性を明確に伝えることが大切です。「慣れれば大丈夫」「痛くないから様子を見る」といった自己判断は、裂孔や剥離の診断遅れにつながるおそれがあります。
すでに眼科で生理的飛蚊症と説明された患者であっても、影の数が急に増えた、今までなかった光視症が出た、視野の欠けや視力低下が加わった場合は、再受診が必要です。過去の検査結果が正常であっても、症状の性質が変われば新たな病変が発生している可能性があります。特に高齢者、高度近視のある人、糖尿病患者、眼外傷後の人、網膜裂孔・網膜剥離の既往がある人では、変化を軽視しないよう説明します。
受診までの間に、影を消そうとして目をこする、強く圧迫する、自己流で洗眼を繰り返すといった行為は勧められません。飛蚊症の影は眼表面の異物ではなく、硝子体や網膜に関係する見え方であることが多く、洗眼では原因の評価や治療にはなりません。症状の開始時刻、片眼・両眼の別、影の数や形、光視症・視野欠損の有無を記録しておくと、受診時の問診に役立ちます。
目に影が見える症状は、日常的にみられる飛蚊症から、視機能を脅かす網膜裂孔・網膜剥離まで幅広い原因を含みます。安全な対応は、症状だけで生理的か病的かを断定しないことです。とくに「突然」「急に増えた」「光が走る」「視野が欠ける」「見えにくい」という変化を伴うときは、散瞳眼底検査が可能な眼科へ速やかにつなげることが、視力予後を守るうえで重要です。