

免疫介在性溶血性貧血は、免疫反応によって赤血球が傷害され、赤血球の破壊が産生を上回ることで貧血に至る病態を理解するための用語です。ただし、日本語の「免疫介在性溶血性貧血」と略語IMHAは、犬などの獣医療で広く使われます。人の医療では、自己抗体による赤血球破壊を「自己免疫性溶血性貧血」、英語でautoimmune hemolytic anemia、略してAIHAと呼ぶのが一般的です。本記事は医療従事者を対象に、人のAIHAを中心として解説します。獣医療の診断基準や治療用量を、そのまま人の診療に当てはめないことが必要です。
参考)犬の免疫介在性溶血性貧血(IMHA)って? 症状や治療法を解…
免疫性溶血のすべてがAIHAではありません。自己赤血球に反応する自己抗体のほか、輸血後の同種抗体や薬剤に関連した抗体によっても溶血が起こります。したがって、直接抗グロブリン試験が陽性になった場合は、自己免疫性と直ちに決めつけず、輸血歴、妊娠歴、薬剤の開始・変更時期と溶血の時間的関係を確認します。AIHAの診断は、溶血性貧血の存在を確認し、そのうえで自己抗体による免疫機序を評価する二段階で進めます。
参考)https://zoketsushogaihan.umin.jp/file/2022/Autoimmune_hemolytic_anemia.pdf
温式AIHAでは、主として体温付近で反応するIgG自己抗体が赤血球に結合し、脾臓のマクロファージなどによる血管外溶血を起こします。一部では補体も関与し、肝臓での赤血球除去が増加します。冷式の代表である寒冷凝集素症では、通常IgM抗体が低温条件で赤血球に結合し、補体古典経路を活性化します。溶血は主として肝臓での血管外溶血ですが、感染などを契機に血管内溶血が強まる場合もあります。この機序の違いが、ステロイドへの反応や治療標的の違いにつながります。
冷式AIHAには、寒冷凝集素症に加えて発作性寒冷ヘモグロビン尿症があります。後者はDonath-Landsteiner抗体という二相性溶血素が関与し、小児の感染後にみられることがあります。また、原発性の寒冷凝集素症であるCADと、感染症や明らかな悪性リンパ腫などに伴う寒冷凝集素症候群であるCASは区別して扱います。CAD自体に骨髄のクローン性B細胞増殖が関与することは、直ちに明らかな悪性リンパ腫の合併を意味するわけではありません。
特発性造血障害研究班:自己免疫性溶血性貧血診療の参照ガイド(令和4年度改訂版)
臨床症状は、倦怠感、動悸、労作時の息切れ、めまいなどの貧血症状と、黄疸、暗色尿などの溶血所見を組み合わせて捉えます。急速に進行する場合には、胸痛、失神、心不全、意識障害などを伴うことがあります。症状の強さはヘモグロビン濃度だけでは決まらず、低下速度、心肺機能、年齢、基礎疾患の影響を受けます。寒冷凝集素症では、寒冷曝露による末端のチアノーゼやRaynaud様症状が病型を推定する手掛かりになります。
初期検査では、血算、網赤血球数、末梢血塗抹、LDH、間接ビリルビン、ハプトグロビンなどを確認します。典型的には網赤血球増加、LDH・間接ビリルビン上昇、ハプトグロビン低下を認めますが、単独の検査には限界があります。とくに急性発症や造血障害を伴う症例では、溶血があっても網赤血球が十分に増加しません。「網赤血球増加がないから溶血ではない」と判断すると、代償性造血が追いつかない重症例を見逃す可能性があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| ヘモグロビン濃度 | 貧血の程度と経時的な低下を評価する | 輸血判断は症状、低下速度、循環動態も含める |
| 網赤血球 | 通常は増加するが、増加不十分の例もある | 絶対数や貧血の程度に見合う造血反応を確認する |
| LDH・間接ビリルビン | 溶血に伴って上昇する | AIHAに特異的ではなく、他の所見と統合する |
| ハプトグロビン | 溶血で低下することが多い | 単独では診断せず、臨床経過と合わせて解釈する |
| 末梢血塗抹 | 球状赤血球、凝集、破砕赤血球などを確認する | 球状赤血球はAIHAだけに特有の所見ではない |
| 直接抗グロブリン試験 | 赤血球に結合した免疫グロブリンや補体を検出する | 陽性だけで活動性の溶血やAIHAを確定しない |
| 病型別の追加検査 | 寒冷凝集素価、温度作動域、Donath-Landsteiner試験など | 臨床像と直接抗グロブリン試験の反応パターンに応じて選ぶ |
この表は診療で確認する項目を整理したもので、正式な診断基準をそのまま置き換えるものではありません。直接抗グロブリン試験、すなわちDATは直接クームス試験とも呼ばれ、温式AIHAではIgG単独またはIgGとC3、寒冷凝集素症では主としてC3が検出されます。ただし、C3のみの陽性は寒冷凝集素症だけに特異的ではありません。発作性寒冷ヘモグロビン尿症、薬剤関連の溶血、一部の温式AIHAなども考慮し、追加検査で病型を絞り込みます。
DAT陰性でもAIHAは完全には否定できません。赤血球に結合する抗体量が検出感度を下回る場合、低親和性抗体が検査操作で解離する場合、通常の試薬で検出しにくいIgAなどが関与する場合があります。溶血が明らかで他の原因を説明できないときは、専門施設と連携して高感度の検査や赤血球結合IgG定量を検討します。反対に、溶血のないDAT陽性も存在するため、陽性・陰性の二択だけでは判断しない姿勢が重要です。
Merck Manual Professional:自己免疫性溶血性貧血の診断と治療
免疫介在性の溶血を疑った時点でも、非免疫性溶血や他の貧血を並行して評価します。遺伝性球状赤血球症、赤血球酵素異常、発作性夜間ヘモグロビン尿症、機械的溶血、血栓性微小血管症などは、病歴や末梢血所見に応じて鑑別します。球状赤血球はAIHAと遺伝性球状赤血球症の双方でみられるため、赤血球形態だけでは診断できません。家族歴、以前からの貧血・黄疸、DATなどを合わせて評価する必要があります。
血小板減少を伴う場合、AIHAと免疫性血小板減少症の合併であるEvans症候群を考えますが、それだけに固定しないことが重要です。血栓性血小板減少性紫斑病などの血栓性微小血管症も鑑別に含めます。DATが弱陽性であっても、臓器障害や血小板減少を伴う症例では、血栓性微小血管症の可能性を臨床像に応じて評価します。破砕赤血球が少ないという理由だけで、その可能性を安易に除外しないよう注意します。
輸血については、自己抗体の汎反応性によって交差適合試験が不適合となることがあります。しかし、救命が必要な重症貧血では、完全に適合する血液が得られないことだけを理由に輸血を遅らせてはいけません。血液内科と輸血部門が連携し、ABO適合、同種抗体の有無、輸血歴などを踏まえて製剤を選択します。「不適合でも何でも輸血してよい」という意味ではなく、検査上の困難と未治療の重症貧血の危険を比較し、緊急性に応じた判断を行うということです。
たとえば、急速に貧血が進行し胸痛を伴う患者で、溶血所見とDAT陽性が確認された場合、病型の精査がすべて終了するまで待つ対応は適切とは限りません。循環動態の評価と輸血の準備を進めながら、自己抗体と同種抗体の評価、免疫性溶血の治療方針を並行して検討します。寒冷凝集素症で輸血が必要な場合には、患者の保温に加えて、適切な機器による血液・輸液の加温を行います。
参考)Autoimmune Hemolytic Anemia - …
症候性の温式AIHAでは、副腎皮質ステロイドが標準的な一次治療です。国内の令和4年度改訂参照ガイドでは、プレドニゾロン1mg/kg/日の連日経口投与が初期治療として推奨されています。ただし、これは一般的な導入用量の目安であり、患者ごとの処方指示ではありません。年齢、感染症、糖尿病、心血管疾患、重症度などを踏まえて治療を設計し、ヘモグロビンと溶血指標の改善を確認しながら慎重に減量します。初期反応が良好でも再発やステロイド依存があるため、短期間の改善と長期寛解は区別して評価します。
ステロイド不応、不耐、再発、あるいは副作用のため減量が難しい温式AIHAでは、リツキシマブが重要な選択肢です。脾摘や他の免疫抑制薬を検討する場合もありますが、感染症や血栓症のリスク、年齢、既往歴を含めた判断が必要です。難治例では薬を追加する前に、続発性疾患や病型の再評価も行います。自己免疫疾患、リンパ増殖性疾患などが背景にある場合、基礎疾患への治療が溶血の制御にも関わります。
国内の薬事情報では、2026年2月19日にリツキサンの「自己免疫性溶血性貧血」に対する適応追加が承認されています。したがって、2023年の参照ガイドにある「リツキシマブは適応外」という記載を、そのまま現在の承認状況として引用するのは不適切です。実際の使用に際しては、最新の電子添文で効能・効果、用法・用量、注意事項を確認し、製品ごとの承認内容に従います。ガイドの推奨と薬事上の適応は、別々に更新状況を確認する必要があります。
中外製薬・全薬工業:リツキサンの自己免疫性溶血性貧血に対する承認取得
寒冷凝集素症では、寒冷回避と保温が基本です。温式AIHAとは異なり、ステロイドの有効性は乏しく、脾摘も通常は有効ではありません。症候性貧血や輸血依存などに対して、抗体産生側を標的とするリツキシマブを用いた治療や、補体を標的とする治療を検討します。海外で用いられる併用レジメンを採用する場合にも、国内での適応・安全性と患者背景を個別に確認しなければなりません。感染に伴うCASでは、原因となる感染症への対応も重要です。
スチムリマブは、補体古典経路のC1sを阻害する抗体製剤で、寒冷凝集素症の補体依存性溶血を抑える治療です。溶血や貧血への作用と、赤血球凝集による末梢循環症状への作用は同一ではなく、Raynaud様症状や先端チアノーゼの改善は期待しにくい点に注意します。また、莢膜を有する細菌などへの感染対策が必要で、投与前の予防接種や緊急導入時の対応を最新の添付文書・施設手順で確認します。病型を問わず同じ免疫抑制治療を行うのではなく、赤血球破壊の機序に合わせた選択が重要です。
治療効果は、ヘモグロビン濃度の改善だけでなく、網赤血球、LDH、間接ビリルビン、輸血の必要性、倦怠感や息切れの変化を合わせて判断します。DATは溶血が改善しても陽性が持続することがあり、陽性の継続だけで治療失敗と決めつけるべきではありません。逆に、患者の自覚症状が軽くても溶血が再燃している可能性があるため、減量期や治療変更後は検査値の推移と症状を継続して確認します。
AIHAでは静脈血栓塞栓症のリスクも問題になります。温式AIHAだけでなく寒冷凝集素症でも血栓リスクの上昇が報告されています。入院中の活動性溶血、臥床、既往歴などを踏まえて薬物的予防を検討しますが、出血、血小板減少、腎機能、予定される処置なども併せて評価します。新たな呼吸困難や胸痛を「貧血の症状」とだけ解釈せず、肺血栓塞栓症などの可能性にも注意する必要があります。
ステロイド治療中は、感染症、高血糖、高血圧、骨粗鬆症、消化管障害、睡眠や気分の変化などを監視します。また、免疫抑制治療ではB型肝炎ウイルスの再活性化を含む感染対策を治療前から計画することが重要です。副作用の発現後に対処するだけでなく、既往歴の確認、必要な検査、骨折リスクの評価などを治療計画に組み込みます。具体的な予防策は、使用薬剤、用量、投与期間、併用薬によって異なるため、関連する最新指針に沿って判断します。
検査部門との連携も診療の質を左右します。寒冷凝集により自動血球計数の赤血球関連値に不自然な結果が生じることがあり、検体の加温と再測定が必要です。寒冷凝集素検査では、血清分離までの温度管理が結果に影響するため、採血前に検査室へ相談します。輸血部門には、緊急性、輸血歴、妊娠歴、疑われる病型を早期に共有し、血液製剤の準備と抗体評価を進めます。医師、看護師、臨床検査技師、薬剤師が同じ時間軸で情報を共有することが、安全な診療につながります。
患者への説明では、「免疫が関与する貧血」であっても病型ごとに治療が異なること、治療反応後にも再発し得ること、自己判断で薬を中止しないことを伝えます。寒冷凝集素症では寒冷回避の必要性を説明し、胸痛、失神、急な息切れ、暗色尿の増加などがあれば速やかな相談につなげます。診療情報を記録する際には、「免疫介在性溶血性貧血」という広い表現にとどめず、温式AIHA、CAD、CAS、薬剤関連の免疫性溶血など、確認できた病型とその根拠を明示することが重要です。