

救急車で運ばれた病院から転院することは可能ですが、転院の必要性、患者の状態、受入先の診療体制、搬送方法を個別に確認する必要があります。医療従事者が最初に整理すべきなのは、患者・家族が「別の病院に移りたい」と希望していることと、現在の医療機関では必要な治療を提供できず転院が必要であることの違いです。消防機関による転院搬送のガイドラインも、緊急性や専門医療の必要性などを判断の軸にしています。
参考)https://www.fdma.go.jp/laws/tutatsu/items/250630_kyuuki_01.pdf
転院には、緊急に高度・専門医療を受けるための搬送と、急性期治療後の療養を引き継ぐための移動など、目的の異なる場面があります。たとえば、現在の病院では対応できない専門治療が必要な場合と、病状が落ち着いてから自宅に近い病院を希望する場合では、調整の優先順位も適切な搬送手段も同じではありません。国の通知では、緊急性の乏しい転院搬送に病院救急車や患者等搬送事業者などを活用する考え方が示されています。
患者・家族への説明では、転院の可否と「転院に消防の救急車を使えるか」を分けて伝えることが重要です。「救急車で来た患者だから、次の病院にも救急車で移れる」と説明すると、搬送方法の調整段階で認識の食い違いが生じます。消防の救急車による転院搬送は、当初の救急搬送とは別に、その時点の緊急性や他の搬送手段の利用可能性などを判断する仕組みです。
実務上は、希望する病院名だけでなく、「通院歴がある」「家族が面会しやすい」「専門的な治療を受けたい」「費用が心配」といった希望の背景を聞き取ると、相談の論点を整理しやすくなります。医療ソーシャルワーカーは、患者・家族の経済的、心理的、社会的な問題への支援や、転院先の紹介、関係機関との調整に関わる職種です。医学的な説明と生活面の相談をつなぐ役割として活用できます。
参考)https://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/top/fukushiworkguide/jobguidejobtype/jobguide_job39.html
WAM NET:医療ソーシャルワーカーの役割
消防庁と厚生労働省が示す転院搬送ガイドラインでは、消防機関が救急業務として行う転院搬送について、原則として緊急に処置が必要であり、専門医療などのために要請元医療機関での治療が困難であることを挙げています。さらに、要請元の医師が、病院の搬送車、民間の患者等搬送事業者、公共交通機関など、他の搬送手段を活用できないと判断する場合に実施する考え方です。単に移動の介助が必要という理由だけで、消防救急車の対象になるわけではありません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 緊急性 | 緊急に処置が必要であること。 | 病院を変えたいという希望だけでは、この条件を満たすとは限りません。 |
| 専門医療等の必要性 | 高度医療や特殊疾患への専門医療などが必要で、現在の医療機関での治療が困難であること。 | 診療科や設備の名称だけでなく、患者に必要な治療を具体的に整理します。 |
| 代替手段の利用可能性 | 要請元の医師が、他の搬送手段を活用できないと判断すること。 | 病院救急車や患者等搬送事業者なども検討対象です。 |
| 受入先の調整 | 要請元医療機関が、あらかじめ転院先を決め、受入れの了解を得ること。 | 国の参照事項を踏まえ、地域でルール化する項目です。 |
| 同乗者と情報提供 | 原則として要請元の医師、看護師、救急救命士が同乗し、転院搬送依頼書などで情報を伝えること。 | 2025年の改訂内容と地域の運用を確認します。 |
上表は、国のガイドラインに示された原則と、地域で合意・ルール化する際の参照事項を整理したものです。全国の消防本部で、依頼様式、連絡手順、搬送範囲などが完全に同一という意味ではありません。2025年6月30日付の通知では、地域の実情に応じた合意形成と、救急外来だけでなく各診療科や地域連携部門への周知も重視されています。
また、「急性期の治療が終了したから消防救急車は絶対に使えない」と一律に判断するのも適切ではありません。ガイドラインには、急性期治療後でも、他の医療機関で専門医療または相当の医療が必要と医師が判断した場合、専門医療等の必要性の要件を満たす場合があると記載されています。ただし、その記載だけで搬送が決まるわけではなく、緊急性や代替手段などの原則も併せて確認する必要があります。
消防庁・厚生労働省:転院搬送における救急車の適正利用の推進について
救急車で運ばれた病院から転院したいという相談を受けたら、まず主治医や担当医と医学的な必要性・緊急性を共有し、地域連携部門や医療ソーシャルワーカーにつなぎます。医療ソーシャルワーカーは転院先の紹介や関係機関との連絡・調整、患者・家族の生活上の問題への支援を担いますが、医学的判断を代替する職種ではありません。職種ごとの担当を明確にして、説明内容が食い違わないように進めます。
以下は、国の転院搬送ガイドラインと医療ソーシャルワーカーの役割を踏まえた、院内の確認項目の例です。すべての施設に共通する義務的な手順ではないため、院内規程と地域のルールに合わせて運用してください。
消防機関への転院搬送依頼について、ガイドラインでは、要請元医療機関が転院理由、搬送を依頼する理由、担当医師名、患者の状態、処置内容などを記載した依頼書を提出することを、地域でルール化する参照事項にしています。「転院が決まりました」という連絡だけではなく、なぜその搬送手段が必要なのかを説明できる情報の準備が大切です。
患者・家族から特定病院への転院希望が出た場合も、希望先への移動を先に約束せず、受入れの調整と搬送条件の確認を進めます。たとえば「かかりつけ病院に戻りたい」という相談では、診療の継続に関する希望と、面会・通院の利便性に関する希望を分けて聞き取ると、主治医と連携部門が検討すべき事項を明確にできます。患者の希望を尊重することと、受入れや安全な移動を確認することを並行して進める姿勢が必要です。
転院時の搬送方法には、消防の救急車、医療機関が保有する病院救急車、民間の患者等搬送事業者などがあります。国の通知は、緊急性の乏しい転院搬送について、病院救急車や患者等搬送事業者などの活用を求めています。したがって、病院間の移動であることや、最初の受診が救急搬送だったことだけを理由に、消防の救急車を当然の選択肢とするべきではありません。
搬送計画を作る際は、車両の手配だけでなく、移動中にどのような観察や医療の継続が必要かを担当医と確認することが実務上の要点です。確認項目の例として、酸素療法の継続、点滴や投与中の薬剤の扱い、体位保持、移乗の介助、状態変化時の連絡先などが考えられます。これらは個別の患者について検討する事項であり、車両の名称だけで必要な対応がすべて可能と判断しないようにします。ガイドラインも、要請元の管理と責任の下で搬送を行う考え方を示しています。
2025年の改訂では、消防救急車による転院搬送に原則として同乗する職種に、医師・看護師に加えて救急救命士が示されました。また、同乗できない場合は、救急隊のみで搬送することについて要請元医療機関が患者・家族などに説明し、了承を得るとされています。ただし、説明と了承だけで患者の安全が確保されるという意味ではありません。誰がどの対応を担うかを、患者の状態と地域の運用に照らして確認する必要があります。
具体例として、緊急の専門治療が必要で、自院では対応できない患者を別の病院へ搬送する場合は、専門医療の必要性、緊急性、他の搬送手段の利用可否を評価します。一方、治療後の状態が落ち着き、生活圏に近い病院で療養を続けたいという場合は、受入先の調整とともに、病院救急車や患者等搬送事業者などを検討します。このように、同じ「救急車で運ばれた病院から転院」でも、その時点の医療上の必要性によって判断が変わります。
転院費用を説明するときは、病院で受ける診療に関する費用と、病院間を移動する搬送費を分けて確認します。民間搬送などを手配する場合の確認項目として、基本料金、距離・時間による料金、必要な介助や機器への対応、待機や付き添いに関する費用などを事業者に問い合わせる方法が考えられます。ただし、利用する搬送サービスの費用が、そのまま健康保険から全額支給されるわけではありません。協会けんぽは移送費について、一定の要件を満たす場合の給付としています。
参考)移送費|給付と手続き|協会けんぽ
協会けんぽが示す移送費の支給要件は、移送先の療養が保険診療として適切であること、療養の原因となった病気やけがによって歩行が著しく困難であること、緊急その他やむを得ない事由があることの三つです。医師の指示によって一時的・緊急的な必要性のある移送が行われることが制度の前提です。「転院のために料金を支払った」「医師に移動を勧められた」という事実だけで、支給が確定するものではありません。
厚生労働省の通知では、移動困難な患者について、その医療機関の設備などでは十分な診療ができず、医師の指示で緊急に転院した場合が支給対象となる例として挙げられています。一方、通院など一時的・緊急的とは認められない場合は対象外とされています。患者・家族の希望による転院でも、その希望だけを根拠に移送費の給付を案内せず、医学的な必要性と制度上の要件を分けて確認します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb0348&dataType=1&pageNo=1dataType=1href="https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb0348&dataType=1&pageNo=1">https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb0348&dataType=1&pageNo=1pageNo=1" target="_blank" rel="noopener">・健康保険の移送費の支給の取扱いについて(◆平成06年09月…
支給額も、実際に支払った金額が無条件に全額補填される仕組みではありません。協会けんぽは、最も経済的な通常の経路と方法による旅費を基準に算定した範囲での実費と説明しています。医師や看護師の付き添いが必要な場合には、原則として一人までの交通費などが対象に含まれますが、付き添いに関する費用すべてが支給されると案内しないよう注意が必要です。
また、十分な治療を受けられる病院が近くにあるにもかかわらず離れた病院へ移送する場合や、退院時に歩行できないために移送する場合などは、協会けんぽの対象外の例に挙げられています。医療従事者は「歩けないから保険が使える」と単純化せず、移送の目的と緊急性を確認し、加入先の保険者に支給条件や申請書類を問い合わせるよう案内します。
患者・家族への説明では、「搬送サービスの利用料金」「保険者が判断する移送費の支給」「転院先での診療費」を混同しないことが大切です。費用の見込みや申請に不安がある場合は、医療ソーシャルワーカーなどの相談窓口につなぎます。転院の調整と経済的な問題への支援を並行して行うことで、患者・家族が治療の継続と移動の条件を理解したうえで準備しやすくなります。
全国健康保険協会:移送費の給付条件と対象外の例
全国健康保険協会:健康保険移送費支給申請書