

血糖値の日内変動に、すべての時刻・食事条件・測定方法へ共通して当てはめられる一つの正常値はありません。臨床では、空腹時や75g経口ブドウ糖負荷試験(75g OGTT)の診断基準、健康な非糖尿病者の連続グルコースモニタリング(CGM)で観察された分布、糖尿病患者の治療目標を区別して解釈します。「血糖値は一日中70~140mg/dLなら正常」といった説明では、この異なる指標が混同されます。
参考)https://www.jds.or.jp/uploads/files/publications/gl2024/01.pdf
日本糖尿病学会の正常型は、空腹時血糖値110mg/dL未満、かつ75g OGTTの2時間値140mg/dL未満という組み合わせで判定します。一方、空腹時血糖値100~109mg/dLは正常域のなかの「正常高値」です。したがって、空腹時血糖値が105mg/dLという結果だけを見て、日内変動や耐糖能まで正常と判断することはできません。正常高値では、背景リスクを踏まえてOGTTの実施を検討します。
患者説明で重要なのは、測定条件
です。数値だけでなく、食事からの経過時間、静脈採血か指先測定かCGMか、測定時の症状、糖代謝に影響する薬剤の有無を確認します。日本糖尿病学会は、糖尿病の診断に静脈血漿で測定した血糖値を用い、簡易血糖測定器やCGMの値は用いないとしています。日内変動を可視化する検査と、診断を確定する検査は役割が異なります。
日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン2024:糖尿病診断の指針」
「血糖値の日内変動と正常値」を整理するときは、まず検査の目的を明確にします。以下の表では、糖代謝異常の判定に用いる数値と、日常生活下のCGM研究で示された参考値を分けています。通常の食事と75gのブドウ糖負荷では条件が異なるため、OGTTの2時間値の基準を、そのまま日常のあらゆる食後測定へ置き換えないことが大切です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 正常型の判定 | 空腹時110mg/dL未満、かつ75g OGTT 2時間値140mg/dL未満 | 両方の条件を満たす場合の分類。 |
| 空腹時血糖の正常高値 | 100~109mg/dL | 正常域でも将来の糖尿病発症リスクに注意する。 |
| 境界型の判定 | 正常型にも糖尿病型にも該当しないもの | 空腹時とOGTT 2時間値を組み合わせて判定する。 |
| 糖尿病型の血糖値 | 空腹時126mg/dL以上、OGTT 2時間値200mg/dL以上、随時200mg/dL以上のいずれか | 糖尿病型の検査結果と、糖尿病の確定診断は区別する。 |
| 糖尿病型のHbA1c | 6.5%以上 | HbA1cだけを反復測定して糖尿病と診断することはできない。 |
| 健康な非糖尿病者のCGM参考値 | 70~140mg/dLの時間割合の中央値96% |
153人を対象とした研究結果であり、診断基準ではない。 |
| 多くの非妊娠糖尿病患者のCGM治療目標 | 70~180mg/dLの時間割合を70%超とする |
国際コンセンサスの一般的な目標。個別化が必要。 |
例えば、空腹時血糖値が95mg/dLでも、75g OGTTの2時間値が160mg/dLなら正常型ではなく境界型に該当します。反対に、空腹時が115mg/dLで2時間値が130mg/dLの場合も境界型です。このように、早朝の一回の測定だけでは捉えられない糖代謝異常があるため、「朝の血糖が正常だから食後も問題ない」とは説明できません。
また、随時血糖値が200mg/dL以上であっても、その結果だけで機械的に診断を確定するわけではありません。日本糖尿病学会の診断手順では、別日の糖尿病型の確認、同一採血での血糖値とHbA1cの組み合わせ、典型的な高血糖症状などを評価します。一方で、血糖値が糖尿病型で、口渇・多飲・多尿・体重減少などの典型的症状を伴う場合は、一回の検査で診断できる条件に該当します。
「食後1時間はいくつまでなら正常か」という質問にも、測定条件の説明が欠かせません。通常食では食事内容や量が一定ではなく、CGMと静脈血漿では測定対象も異なります。日本糖尿病学会の正常型判定は、空腹時と75g OGTTの2時間値を軸にしています。一方、OGTTの1時間値が高い正常型では将来の糖尿病への進行リスクが高いことも示されており、正常型という分類だけでリスク評価を終えるわけではありません。
早朝高血糖を評価する場合も、起床時の数値だけで暁現象と判断しないことが重要です。米国糖尿病学会は、早朝のコルチゾールや成長ホルモンなどが肝臓での糖産生を促し、通常は膵β細胞からのインスリン分泌によって血糖が調節されると説明しています。糖尿病患者で朝の高値が続く場合は、就寝時・夜間・起床時の連続した情報から原因を検討します。
ただし、CGMが測定しているのは血管内の血液そのものではなく、細胞間の間質液中グルコースです。血糖が変化する際には、血液と間質液の間に時間差が生じるため、同じ時刻の指先測定や静脈採血と完全に一致するとは限りません。「CGMでは食後にまだ低いから、血糖も上がっていない」といった解釈を避け、測定法の違いを踏まえて波形を読む必要があります。
参考)Continuous Glucose Monitoring …
HbA1cと実測血糖の乖離にも注意が必要です。鉄欠乏状態、溶血、透析、失血後、輸血などでは、HbA1cが平均的な血糖状態と一致しない可能性があります。CGMの波形とHbA1cが大きく食い違うときは、単にどちらかを誤りと決めつけず、血糖の変化した時期、赤血球に関係する病態、検査条件を確認し、診断は静脈血漿の血糖値を重視して進めます。
日内変動を相談されたときは、最初に「どの測定で、どの条件の値なのか」を整理します。早朝空腹時の静脈採血、通常食後の指先測定、CGMのセンサー値は、そのまま同じ診断表へ並べて判定できません。特に75g OGTTは、検査前の食事や絶食時間、検査中の安静などを定めた標準化検査です。通常の食後測定と負荷試験を区別するだけでも、数値の誤解を減らせます。
次に、空腹時血糖値とHbA1cを確認し、必要に応じてOGTTを検討します。日本糖尿病学会は、空腹時血糖値110~125mg/dL、随時血糖値140~199mg/dL、HbA1c 6.0~6.4%などではOGTTを強く推奨しています。また、空腹時100~109mg/dL、HbA1c 5.6~5.9%、濃厚な糖尿病家族歴や肥満がある場合なども、検査を行うことが望ましいとしています。ただし、すでに糖尿病の診断が確定している患者に、日内変動の確認を目的として通常OGTTを行うわけではありません。
患者への説明では、「一時的に140mg/dLを超えたこと」と「糖尿病であること」を分けて伝えます。健康な非糖尿病者でも短時間の範囲外値は観察されますが、これは反復する高値や低値を放置してよいという意味ではありません。CGMの値が症状と合わない場合には、指先測定などで整合性を確かめ、診断が必要な場面では静脈採血による評価へつなげます。
また、口渇、多飲、多尿、体重減少を伴う高血糖は、単なる日内変動として扱わず、速やかな診療評価につなげる必要があります。とくに急速に発症・増悪する糖尿病では、血糖の高さに比べてHbA1cが低く見える場合があります。「HbA1cがそれほど高くないから大丈夫」と判断せず、症状と血糖値の組み合わせを優先して確認することが重要です。
最終的に、血糖値の日内変動の正常値を説明する際は、「正常型は空腹時と糖負荷後の組み合わせで判定する」「CGMでは健康な人にも変動がみられる」「糖尿病治療の目標範囲は正常値とは異なる」という三つの軸で整理します。この区別を共有することで、単発のセンサー値への過剰な不安を抑えながら、空腹時血糖だけでは見逃し得る耐糖能異常や、治療中の低血糖にも注意を向けられます。