

萎縮性胃炎は、慢性的な炎症により胃粘膜の固有腺が減少し、胃粘膜が薄くなる病態である。日本ではヘリコバクター・ピロリ菌感染に起因する慢性胃炎の経過中に認められることが多い。炎症が長期間続くと、胃体部を中心に萎縮が進み、腸上皮化生を伴うことがある。萎縮や腸上皮化生の程度が進行するほど、将来的な胃がん発生リスクは高まるため、単に胃もたれや心窩部痛を軽くするだけでは不十分である。
「萎縮性胃炎の薬」を検討する際は、治療目的を三つに分けて考えると整理しやすい。第一に、ピロリ菌感染がある場合の原因治療としての除菌である。第二に、心窩部痛、膨満感、悪心、胃もたれ、胸やけなど、患者が訴える上部消化管症状の緩和である。第三に、萎縮性変化を有する患者の胃がんリスクを評価し、除菌後を含めた内視鏡サーベイランスにつなげることである。
重要なのは、PPI、P-CAB、H2受容体拮抗薬、胃粘膜保護薬などのいわゆる胃薬が、既に形成された萎縮性変化を直接的かつ確実に正常化する薬ではない点である。これらは酸関連症状、びらん、潰瘍、逆流症状などの病態に応じて使う。一方、ピロリ菌感染胃炎に対する除菌は、炎症の改善、萎縮の改善傾向、腸上皮化生の進展抑制、胃がん発症リスク低下が期待されるため、病因に踏み込む治療として位置付けられる。日本ヘリコバクター学会の診療指針でも、ピロリ菌感染者は原則として除菌治療の対象とされている。
参考)https://www.jshr.jp/medical/committee/guideline/file/guideline2024_pub_2.pdf
臨床では、内視鏡所見だけで「萎縮性胃炎だから胃薬を長期投与する」と短絡しないことが必要である。服薬歴、NSAIDs・低用量アスピリン・抗血栓薬の使用、飲酒、喫煙、逆流症状、機能性ディスペプシアの併存、自己免疫性胃炎の可能性、鉄欠乏やビタミンB12欠乏の有無まで含め、症状と背景を評価して薬物療法を決める。
ピロリ菌陽性の慢性胃炎・萎縮性胃炎では、除菌療法が薬物治療の中心となる。標準的な一次除菌は、胃酸分泌抑制薬、アモキシシリン、クラリスロマイシンを組み合わせた3剤療法であり、通常は7日間投与する。胃酸分泌抑制薬にはPPIまたはP-CABが用いられ、日本の近年の指針では、一次除菌においてPPIよりボノプラザンなどのP-CABを優先する考え方が示されている。
胃内pHを十分に上昇させることは抗菌薬の作用を支えるため、酸分泌抑制を確保する意義がある。ただし、処方内容、投与回数、代替レジメンは、保険診療上の扱い、薬剤アレルギー、既往の除菌歴、地域における薬剤耐性、腎機能・肝機能、併用薬を踏まえて個別に決定する。特にペニシリンアレルギーがある患者では、アモキシシリンを含む標準レジメンをそのまま適用できないため、自己判断での処方変更ではなく消化器専門医を含めた検討が必要となる。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 一次除菌 | 酸分泌抑制薬+アモキシシリン+クラリスロマイシンを原則7日間投与 | 日本ではP-CABを用いるレジメンが重視されている |
| 二次除菌 | クラリスロマイシンをメトロニダゾールへ変更する3剤療法が一般的 | 一次除菌不成功時に検討する |
| 除菌判定 | 治療終了後、適切な時期に尿素呼気試験または便中抗原検査などで確認 | 内服完了のみで成功とは判定しない |
| 酸分泌抑制薬の休薬 | 尿素呼気試験などでは偽陰性を避けるため休薬が問題となる | 検査法・臨床状況により休薬期間を調整する |
クラリスロマイシン耐性は一次除菌の成否を左右する。感受性菌ではPPI・アモキシシリン・クラリスロマイシンの3剤療法で高い除菌率が期待される一方、耐性菌では成功率が大きく低下することが報告されている。このため、可能な状況では培養・薬剤感受性試験や、耐性遺伝子を評価する検査の活用も検討する。
参考)ガイドラインQ&A|学会誌|日本ヘリコバクター学会
除菌薬は「7日間だから副作用は軽い」とは限らない。下痢、軟便、腹痛、味覚異常、悪心、発疹などが起こり得る。メトロニダゾール使用中は飲酒を避ける必要があり、クラリスロマイシンでは併用薬との相互作用やQT延長リスクにも注意する。抗菌薬による重篤な皮膚症状、持続する水様性下痢、血便、呼吸困難、顔面浮腫などがあれば、服用継続の可否を早急に医療機関へ相談するよう患者教育を行う。
日本ヘリコバクター学会「H. pylori除菌治療」
萎縮性胃炎がある患者の訴えは一様ではない。胸やけや酸逆流感が前景にある場合、胃・十二指腸潰瘍、びらん、NSAIDs関連粘膜障害、逆流性食道炎、機能性ディスペプシアなど、症状を生じさせる併存病態を見極めることが重要である。酸関連疾患が疑われる場合は、PPIまたはP-CABが選択肢となる。これらは強力に胃酸分泌を抑えるが、「萎縮性胃炎そのものへの漫然投与」を目的とする薬ではない。
PPIにはランソプラゾール、エソメプラゾール、ラベプラゾールなどがあり、P-CABにはボノプラザンが代表的に用いられる。強い酸抑制が必要な病態、除菌療法の補助、消化性潰瘍、逆流性食道炎などでは臨床的意義が大きい。一方で、長期投与を継続する場合には、開始理由、症状改善後の減量・中止可能性、再発時の対応を定期的に見直す必要がある。特に高齢者、多剤併用患者、腎障害や骨粗鬆症リスクを有する患者では、投与目的を診療録上で明確にし、必要最小限の治療に努める。
粘膜保護薬、制酸薬、消化管運動機能改善薬は、症候と病態に応じて補助的に位置付けられる。たとえば胃もたれを訴える患者が、除菌後も症状を残す場合、内視鏡的な器質的疾患の除外後に機能性ディスペプシアとしての評価を行い、食事指導、生活習慣介入、薬物療法を組み合わせることがある。ただし、症状の存在だけから萎縮性胃炎の活動性や重症度を判断することはできない。
なお、PPIやP-CABの服用は、一部のピロリ菌検査で偽陰性に関与する。尿素呼気試験や迅速ウレアーゼ試験では、検査前の休薬が必要となることがあるため、患者が市販薬を含む酸分泌抑制薬を服用しているかを確認する。PPIやP-CABの扱いは検査法によって異なり、臨床現場では少なくとも2週間、可能であれば4週間の休薬を勧める情報もある。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=237
除菌療法を完遂したことと、除菌が成功したことは同義ではない。治療終了後は、尿素呼気試験、便中抗原検査などを用いて除菌判定を行う。血清抗体価は低下に時間を要するため、短期の成功判定には適さない場合がある。判定の時期、使用する検査、酸分泌抑制薬の休薬は検査精度に直結するため、処方時点から「いつ、どの検査で成功を確認するか」を説明しておくことが望ましい。
ピロリ菌除菌によって胃粘膜の炎症は改善し、萎縮性胃炎も改善傾向を示すことがある。しかし、既に進行した萎縮や腸上皮化生が完全に消失するとは限らず、除菌後に胃がんが発見される可能性も残る。日本消化器病学会は、ピロリ菌感染による慢性胃炎、特に胃粘膜萎縮が進行した患者では、定期的な胃がんスクリーニングを勧めている。
内視鏡フォローの間隔は、萎縮の範囲・程度、腸上皮化生、家族歴、過去の胃腫瘍歴、喫煙歴、年齢、内視鏡所見などを総合して決める。全員に一律の短期反復検査を行うのではなく、リスク層別化に基づいて計画することが重要である。高度萎縮、広範な腸上皮化生、胃がん家族歴、内視鏡治療後胃がんなどを伴う場合は、専門医と連携して慎重に観察計画を立てる。
萎縮性胃炎の患者で、黒色便、吐血、進行性の体重減少、持続する嘔吐、嚥下困難、貧血、強い腹痛などがある場合は、単純な胃炎症状として経過観察すべきではない。消化管出血、潰瘍、悪性疾患などを念頭に、緊急性を含めて速やかな診察・内視鏡評価を検討する。症状を抑える薬を追加する前に、警告症状の有無を確認することが安全な診療の基本となる。
萎縮性胃炎の説明では、「胃粘膜が弱っているから胃薬を飲み続ける」という単純化を避ける。患者が理解すべき中心は、ピロリ菌感染の有無を調べること、感染があれば除菌治療を検討すること、除菌薬は指示通りに飲み切ること、そして治療後には必ず成功判定を受けることである。除菌に成功しても胃がんリスクが完全にゼロになるわけではないため、内視鏡で萎縮が進んでいると説明された患者には、定期的な胃の観察が必要となる可能性を伝える。
保険診療では、慢性胃炎に対するピロリ菌検査・除菌治療に内視鏡所見が関係する。一般に、内視鏡で慢性胃炎が確認され、ピロリ菌感染が証明された場合には、保険診療での除菌治療が検討される。保険適用の詳細や個別の算定要件は改定され得るため、実際の運用では最新の保険診療情報と施設基準を確認する。
参考)ピロリ菌検査を保険適用で受けるための条件は?|横浜みやもと内…
患者向けには、「市販の胃薬で症状が一時的に軽くなっても、ピロリ菌感染や胃粘膜の萎縮が解決したとは限らない」と説明することが有用である。特に、健康診断でピロリ菌抗体陽性、ペプシノゲン異常、萎縮性胃炎、胃がんリスクが指摘された場合は、消化器内科での内視鏡評価と感染診断につなげる。除菌薬の副作用、飲み忘れ時の対応、治療中の飲酒制限、併用薬の申告、除菌判定の予約までを具体的に案内すると、治療完遂とその後のリスク管理につながる。
萎縮性胃炎の薬物治療では、除菌療法を軸に据えつつ、症状や併存疾患に応じて酸分泌抑制薬・粘膜保護薬などを適切に選択する視点が求められる。薬剤だけで完結させず、内視鏡所見、感染診断、除菌判定、胃がんリスクの継続評価までを一連の診療として設計することが、患者の長期的な利益につながる。