

咳は本来、異物の侵入を防ぎ、気道内の分泌物を排出する防御反射です。咳反射に関与する迷走神経の感覚神経は、化学的刺激だけでなく、温度刺激や機械的刺激にも反応します。慢性咳嗽では、通常なら問題にならない程度の刺激でも咳が生じる「咳過敏症」の考え方が重要です。冷気、香水、煙などによって喉の刺激感と咳が誘発される場合は、この病態を念頭に置きます。
参考)https://publications.ersnet.org/content/erj/55/1/1901136
深吸気での誘発も、このような刺激への反応性を考える手掛かりになります。ただし、咳過敏症と、気管支が収縮しやすい「気道過敏性」は同義ではありません。前者は咳反射の感覚神経系の過敏化を中心とする概念であり、後者は喘息などで問題となる気道収縮の反応性です。両者が関連する場合はあっても、「深呼吸で咳が出るから気道過敏性がある」「気道過敏性があるから咳喘息である」と一直線に判断しないことが大切です。
問診では、患者がいう「深く吸う」が、冷たい空気を吸った場面なのか、運動中なのか、会話の合間なのかを具体化します。併せて、喉のむずむず感、胸部の違和感、喘鳴、痰、息切れを確認します。誘発状況を整理する目的は、咳を何度も再現させることではなく、原因を推定するための情報を得ることです。慢性咳嗽では症状の強さや生活への影響も記録し、後の治療評価につなげます。
欧州呼吸器学会:成人・小児の慢性咳嗽の診断と治療に関するガイドライン
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 急性咳嗽 | 発症から3週間未満 | 気道感染症を中心に考える一方、重症疾患の警告徴候を先に確認する。 |
| 遷延性咳嗽 | 3週間以上8週間未満 | 感染後咳嗽、咳喘息などを検討し、改善傾向と随伴症状を確認する。 |
| 慢性咳嗽 | 8週間以上 | 喘息・咳喘息、上気道疾患、逆流関連疾患、薬剤などを系統的に評価する。 |
| 乾性・湿性の区別 | 喀痰を伴うか、伴わないかを確認 | 患者が後鼻漏を「痰」と表現している場合もあるため、性状と由来を確認する。 |
咳喘息は、典型的な喘鳴を伴わず、咳が主症状となる病態です。喘鳴が聞こえないことだけでは除外できず、呼吸機能、必要に応じた気道過敏性の評価、気管支拡張薬などへの反応を総合して判断します。一方、好酸球性気道炎症を伴っていても、気道過敏性や気管支収縮を認めない好酸球性気管支炎という病態もあります。咳が吸入治療で改善したという事実だけで、病態のすべてが確定するわけではありません。
参考)NHS
参考)NHS
問診では発症日、先行感染、乾性か湿性か、日内変動、睡眠への影響、運動や冷気などの誘因、喫煙歴、職業・生活環境での曝露、服薬を整理します。ACE阻害薬による咳は、薬の開始と症状の出現が明確に一致しない場合もあるため、直近に追加された薬だけでなく、継続中の処方薬も確認します。鼻症状や逆流症状など、呼吸器以外の訴えも原因の手掛かりになります。
慢性咳嗽の初期評価では、胸部X線とスパイロメトリーが基本となります。胸部X線は構造的・炎症性病変を評価する入口であり、スパイロメトリーは気流制限やその変動を捉えるために用います。ただし、呼吸機能が正常でも咳喘息を完全には否定できません。疑いが残る場合は、気管支拡張反応や専門施設での気道過敏性検査などを、臨床状況に応じて検討します。
呼気一酸化窒素濃度であるFeNOや末梢血好酸球数は、好酸球性炎症を考える補助情報です。しかし、慢性咳嗽における治療反応予測や診断には限界があり、単独の数値で咳喘息を確定・除外する検査ではありません。利用可能であれば喀痰の細胞分画なども参考になりますが、検査の可用性と解釈の専門性を踏まえて位置付けます。
検査結果の説明では、「胸部X線が正常なので病気はない」と言い切らないことも重要です。胸部X線で捉えにくい疾患や、画像異常を伴わない咳喘息などがあるためです。逆に、CTで何らかの所見が見つかっても、それが咳の原因とは限りません。画像、呼吸機能、症状の時間的な関係、治療反応を統合して判断します。
治療的診断を行う場合は、開始前に評価項目と再診時期を決めます。咳の強さを同じ尺度で記録し、夜間覚醒、会話や仕事への支障、誘発場面の変化などを比較すると、患者の実感を診療判断へ結び付けやすくなります。ERSガイドラインでは、成人慢性咳嗽に対する吸入ステロイドの短期試行として2~4週間を提案する一方、反応がない場合の継続を避ける考え方を示しています。