

厚生労働省:発達障害者支援施策
また、知的能力と日常生活を営む力は同じではありません。知識が豊富で会話が流暢でも、予定の管理や複数の手順の実行に大きな負担を抱えていることがあります。診療では、診断名や検査成績だけではなく、本人の生活機能に着目し、家庭・学校・職場のどこで支障が生じているか、どのような支援があれば力を発揮しやすいかを整理します。
発達障害を理解するうえでは、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害などの特徴を押さえることが基本になります。ただし、特徴の一部が当てはまることと、診断基準を満たすことは別です。複数の発達上の課題や精神疾患が併存することもあるため、一つの診断名ですべてを説明しようとしないことが重要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 自閉スペクトラム症(ASD) | 社会的なやり取りやコミュニケーションの持続的な困難、限定的・反復的な行動や関心、変化への抵抗などを評価します。 | 感覚の過敏・鈍麻や、環境との相互作用も確認します。単一の行動だけでは診断しません。 |
| 注意欠如・多動症(ADHD) | 不注意、多動性、衝動性の症状と、それに伴う生活機能の障害を評価します。 | 発達歴を確認し、家庭・学校・職場など複数の重要な場面での状態を把握します。 |
| 学習障害・限局性学習症に関わる困難 | 読む、書く、計算するなど、特定の学習領域で著しい困難がみられます。 | 教育分野の学習障害と医学的な診断概念では、対象とする領域や定義が異なるため、用語の文脈を確認します。 |
| 併存症と鑑別 | 不安、抑うつ、他の神経発達上の課題、身体疾患、感覚器の問題などを評価します。 | 発達特性と別の疾患が同時に存在する可能性を考慮します。 |
ASDのある人への対応では、「視線が合うからASDではない」「会話ができるから支援は不要」といった単純な判断を避けます。評価の対象は、診察室での短時間の印象だけではありません。幼少期からの特徴、対人関係や就労の継続状況、予定変更への負担、感覚刺激への反応などを含めた包括的な情報が必要です。
ADHDも「落ち着きがない人」という理解だけでは捉えきれません。不注意が中心となる場合には、課題の整理、時間管理、治療の継続などに問題が現れることがあります。英国NICEのガイドラインでは、女性や女児のADHDが認識されにくい可能性にも注意を促しています。外から目立つ行動の有無だけで、評価の必要性を判断しないことが大切です。
学習上の困難は、医療場面にも関係します。会話での理解に問題がなくても、問診票の記入や説明文書の読み取りに負担があるかもしれません。内閣府の合理的配慮の事例では、読み書きが難しい場合にタブレットなどの補助具を使えるようにする対応が示されています。文書への反応の遅さを、理解力や受診意欲の低さと短絡的に結び付けない配慮が必要です。
発達障害の評価では、本人の主訴、発達歴、生活機能、精神・身体状態を組み合わせます。ADHDについてNICEは、臨床的・心理社会的評価、発達歴と精神科既往歴、周囲からの情報などに基づく診断を推奨し、評価尺度や観察結果だけで診断しないよう明記しています。質問票は面接を補助する道具であり、得点が高いことだけで確定診断にはなりません。
成人ASDの評価でも、可能な範囲で家族などからの情報や、学校の記録といった過去の資料を活用します。本人と評価の目的を共有し、どのように結果を説明するかも事前に話し合います。家族の関与や情報共有については本人の意向を確認し、診断のためという理由で一律に家族同席を求めるのではなく、必要性と本人の事情を調整します。
検査についても目的を明確にする必要があります。NICEの成人ASDガイドラインは、診断の一環として生物学的検査、遺伝学的検査、脳画像検査を一律に実施することを推奨していません。一方、てんかんが疑われる場合の脳波検査や、聴覚・視覚の問題が疑われる場合の検査など、個別の症状に応じた精査は検討します。「発達障害を調べる検査」と「別の疾患を調べる検査」を分けて説明することが重要です。
特に、急に興奮や拒否が強くなった場合は、元来の発達特性だけで説明しないようにします。痛みや身体疾患、精神状態の変化、生活環境の変化が行動に影響している可能性があります。普段と何が違うかを本人や支援者から聞き取り、必要な診察や検査につなぐことが、身体疾患の見逃しを防ぐうえでも重要です。
NICE:成人の自閉スペクトラム症に関する評価と支援の推奨事項
発達障害の診療では、診断名だけで治療を決めるのではなく、本人が望む生活と、改善したい具体的な支障を共有します。ADHDのNICEガイドラインでは、心理面、行動面、就労・教育面のニーズを含む包括的な治療計画が重視されています。症状の強さだけでなく、本人の目標、強み、併存症、生活環境を踏まえて方針を立てます。
心理社会的支援には、特性と困難の関係を理解するための情報提供、生活や作業の構造化、家族への支援、必要に応じた心理的介入などがあります。成人ADHDでは、薬を希望しない場合、服薬継続が難しい場合、効果が不十分または副作用で使用できない場合などに、ADHDに焦点を当てた構造化された心理的支援を検討します。薬物療法で改善があっても生活上の支障が残る場合は、心理的支援の併用も選択肢になります。
子どもの支援では、保護者への情報提供やペアレントトレーニングも重要です。その提案は「育て方が悪い」という意味ではなく、その子のニーズに合った関わり方を家族と一緒に身に付けるためのものです。医療者がこの目的を明確に説明し、家族自身の負担や支援ニーズにも目を向けることで、治療への協力を得やすい関係づくりにつながります。
薬物療法は、対象とする症状を明確にして検討します。成人ADHDでは、環境調整を行って見直した後も重大な生活上の支障が続く場合、NICEは薬物療法を推奨しています。一方、成人ASDの中核的特徴そのものを改善する目的で、抗精神病薬や抗うつ薬を使用することは推奨していません。ASDに併存するうつ病や不安症などの治療と、中核的特徴への対応は区別する必要があります。
ADHD治療薬を開始する際は、精神状態、併用薬、身体疾患の既往、身長・体重、脈拍・血圧、心血管系の状態などを評価します。薬剤の選択は、効果だけでなく副作用、服薬のしやすさ、生活時間、本人の希望を踏まえて個別化します。ここで紹介したNICEは英国の指針であり、日本で処方する際は国内の承認適応、年齢、用法・用量、禁忌、処方・流通管理要件を別途確認する必要があります。
支援の効果判定でも、質問票の得点だけに依存しないことが大切です。症状や標的行動の変化に加え、本人が目標とした生活上の改善、副作用、介入の継続可能性を定期的に確認します。本人の希望や生活状況が変われば治療方針も見直し、最初に決めた方法を固定的に続けないようにします。
発達障害のある患者が医療を利用する際、困難の原因は症状だけとは限りません。騒がしい待合室、強い照明、先の見通しが持てない検査、抽象的な説明などが、受診の負担になることがあります。NICEの成人ASDガイドラインでは、照明や騒音、対人距離、視覚的な手がかりなどを調整し、必要に応じて面接時間や休憩の取り方を変えることが推奨されています。
説明では、専門用語を補足し、本人が理解しやすい形式を確認します。例えば、検査の手順を順番に示す、口頭説明に短い文書や図を添える、必要な情報を整理して渡すといった工夫が考えられます。ただし、文字情報が得意とは限らないため、発達障害という診断名だけで方法を決めず、「話を聞く、読む、図を見るなど、どの説明が分かりやすいですか」と本人に確かめます。
待ち時間が負担になる場合は、待ちやすい場所の調整や、呼び出し方法の工夫を相談します。内閣府は、医療・福祉分野の合理的配慮の例として、患者が待ちやすい場所で待てるようにすること、障害特性に応じて時間や慣行を柔軟に変更すること、スタッフ間の連絡体制を工夫することなどを示しています。対応できる内容を本人と相談し、施設内で再現できる形に整理することが実務上の要点です。
参考)医療・福祉 合理的配慮等具体例データ集(合理的配慮サーチ):…
内閣府:医療・福祉分野の合理的配慮の具体例
継続診療では、必要な配慮を本人の意向に沿って共有し、担当者が変わっても対応が途切れない仕組みをつくります。NICEは成人ASDの支援において、本人のケアや支援のニーズを記した「ヘルスパスポート」の活用を挙げています。医療機関でも、苦手な刺激、伝わりやすい説明方法、困ったときの対応などを簡潔に記録する方法が考えられます。家族や支援機関との情報共有では、本人が望む関与の範囲と守秘について確認します。
さらに、診療だけで解決できない教育・就労・福祉の課題は、地域の支援資源とつなげて対応します。発達障害情報・支援センターは、医療・保健、福祉、教育、労働などの分野にまたがる情報を提供しています。小児期から成人期への移行でも、処方や診断名の引き継ぎだけでなく、これまで有効だった配慮、現在の生活上の目標、併存症、継続して必要な支援を共有することが、切れ目のない診療につながります。
国立障害者リハビリテーションセンター:発達障害情報・支援センター