

眼底出血は、眼底検査で観察される網膜内、網膜前、網膜下、硝子体内などの出血を指す一般的な表現であり、それ自体は単一の疾患名ではありません。したがって、「眼底出血があるので目薬を使う」という発想だけでは不十分であり、出血の部位・形態・範囲、黄斑への波及、虚血の程度、網膜浮腫の有無、背景疾患を把握する必要があります。
臨床では、糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、高血圧性網膜症、加齢黄斑変性、近視性脈絡膜新生血管、網膜裂孔・網膜剥離、外傷、血液疾患などが鑑別に挙がります。とくに糖尿病、高血圧、脂質異常症、腎機能障害、喫煙歴、抗血栓薬の使用状況などは、網膜血管障害のリスク評価や全身管理の検討に重要です。
糖尿病網膜症では、慢性的な高血糖に伴う網膜微小血管障害から網膜内出血、黄斑浮腫、新生血管などを来します。治療は血糖・血圧のコントロールに加え、病期や黄斑浮腫の状況に応じて、抗VEGF薬の硝子体内注射、レーザー光凝固、硝子体手術などが検討されます。単なる点眼薬のみで病態を是正するものではありません。
参考)糖尿病網膜症 - 17. 眼疾患 - MSDマニュアル プロ…
MSDマニュアル プロフェッショナル版:糖尿病網膜症
患者から「眼底出血に効く目薬はありますか」「市販の目薬で血を引かせられますか」と聞かれることがあります。しかし、一般用医薬品の点眼薬は主に眼表面の乾燥、異物感、軽度の充血、眼精疲労などを対象に設計されており、網膜や脈絡膜の出血を直接吸収・消失させる治療薬ではありません。市販点眼薬を使用しても、出血部位へ有効濃度で到達し、網膜血管障害や新生血管を治療することは期待できません。
また、眼底出血の診察や検査で使用する「点眼薬」と、眼底出血を治療する「目薬」は区別して説明する必要があります。散瞳検査では瞳孔を拡げる点眼薬を用いて眼底を詳しく観察しますが、これは診断のための処置です。散瞳後はまぶしさや近見困難がしばらく続くため、受診当日の自動車・二輪車運転を避けるよう案内することが実務上重要です。
参考)急性視力障害 - 17. 眼疾患 - MSDマニュアル プロ…
医療機関で処方される点眼薬も、すべてが眼底出血を止めるものではありません。例えば、血管新生緑内障を併発して眼圧が上昇している場合には、眼圧下降点眼薬が重要になります。しかし、この場合も点眼は眼圧管理の一部であり、原疾患に対する抗VEGF薬硝子体内注射、汎網膜光凝固、手術などが併用され得ます。
参考)https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=39
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 市販の疲れ目用・充血用点眼薬 | 眼精疲労、乾燥感、軽度の充血などへの対症的使用 | 眼底出血の原因治療、出血吸収促進の根拠にはならない |
| 散瞳用点眼薬 | 瞳孔を拡大し、眼底検査や網膜評価を行いやすくする | 診断補助が目的であり、出血を治療する薬ではない |
| 眼圧下降点眼薬 | 緑内障や血管新生緑内障などで眼圧を下げる | 眼底出血の背景病態に応じ、眼科で適応を判断する |
| 抗VEGF薬 | 網膜浮腫や新生血管に対する薬物治療 | 通常は点眼ではなく硝子体内注射として実施される |
眼底出血の治療は、「出血を見つけた」という所見ではなく、原因疾患と視機能への影響を基準に決めます。出血量が少なく、黄斑部を避け、原因疾患の管理が良好であれば、定期的な眼底写真、OCT、蛍光眼底造影などを用いた経過観察となることがあります。一方、黄斑浮腫、視力低下、虚血、新生血管、硝子体出血、網膜剥離のリスクがある場合は、治療介入の緊急度が高まります。
糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫では、抗VEGF薬の硝子体内注射が代表的な治療選択肢です。VEGFを抑制することで、病的な血管透過性の亢進や新生血管形成を抑え、黄斑の浮腫や出血の改善を目指します。抗VEGF薬は「目薬」と誤解されることがありますが、通常は無菌操作下で眼内に投与する治療であり、投与後にも再燃・再発を確認する継続フォローが欠かせません。
網膜中心静脈閉塞症では、血管新生緑内障を合併した場合に眼圧下降点眼が使われることがありますが、抗VEGF薬の注射、汎網膜光凝固、緑内障手術などを組み合わせる治療が示されています。したがって、点眼の有無だけで重症度や治療の成否を判断しないことが重要です。
眼底出血は自覚症状が乏しいこともありますが、黄斑部の出血や浮腫、硝子体出血、網膜剥離を伴う場合には、視力低下や視野障害が生じます。患者が「目が赤い」と表現していても、結膜下出血のような眼表面の出血と、眼底出血は別の病態です。外から見える出血がなくても、見え方の異常を訴える場合には眼底疾患を考慮しなければなりません。
とくに、片眼でも急に視力が落ちた、黒い点や糸くずのようなものが急増した、視野の一部がカーテン状に欠ける、光が走るように見える、物がゆがむ、中心が暗く見えるといった症状は、当日または速やかな眼科受診を勧めるべき徴候です。網膜裂孔を伴う網膜剥離は、迅速な治療がなければ病変が広がるおそれがあり、疑われる場合は緊急の眼科評価が必要とされています。
参考)網膜剥離 - 17. 眼疾患 - MSDマニュアル プロフェ…
医療従事者が電話相談や初期対応で確認する際は、症状の出現時刻、片眼・両眼の別、視力低下の速度、飛蚊症・光視症・視野欠損の有無、眼外傷、糖尿病・高血圧の既往、妊娠の有無、抗血小板薬・抗凝固薬の服用状況を整理します。自己判断で抗血栓薬を中止すると、脳梗塞、心筋梗塞、ステント血栓症などのリスクを高める可能性があるため、眼底出血を理由に一律で中止するよう促してはいけません。処方元の主治医と眼科で適応・出血リスクを含めて判断することが原則です。
また、急性の視力障害では網膜血管閉塞など、眼科だけでなく脳血管イベントとの関連を考慮すべき病態もあります。突然の視力喪失に加えて、顔面・四肢の脱力、ろれつ困難、感覚異常、激しい頭痛などがあれば、救急対応を含めて脳卒中評価を優先します。急性視力障害において塞栓イベントが疑われる場合は、脳卒中センターへの迅速な紹介が必要とされています。
眼底出血が見つかった患者への説明では、「目薬を差して様子を見る」という安心感だけを与えず、原因検索と定期フォローの必要性を明確に伝えることが重要です。市販目薬を使ったこと自体が直ちに問題になるわけではありませんが、受診を遅らせたり、見え方の変化を軽視したりする理由にならないよう説明します。とくに糖尿病患者では、視力に自覚症状がなくても網膜症が進行し得るため、内科・糖尿病科と眼科の連携が不可欠です。
全身管理としては、糖尿病では血糖管理と定期眼底検査、高血圧では家庭血圧を含めた血圧管理、脂質異常症では脂質管理、腎機能障害がある場合は腎臓内科等との連携を考えます。網膜静脈閉塞症や高血圧性網膜症などでは、眼科所見が全身の血管リスクを見直す契機になる場合があります。眼底所見だけを局所問題として扱わず、循環器・代謝リスクを含めて評価する視点が求められます。高血圧性網膜症は高血圧による網膜血管障害であり、管理の中心は血圧コントロールです。
参考)高血圧性網膜症 - 17. 眼疾患 - MSDマニュアル プ…
患者には、処方された点眼薬がある場合でも、用法・回数を守り、ほかの市販点眼薬を追加する前に眼科または薬剤師へ相談するよう伝えます。複数の点眼薬を使用する場合は、一般に5分以上の間隔を確保し、薬剤ごとの指示を優先します。ただし、点眼手技の説明はあくまで処方薬を適切に使用するための補助であり、眼底出血の治療内容を自己流で変更してよいという意味ではありません。
最終的に重要なのは、眼底出血を「赤い目に使う目薬の問題」として扱わないことです。市販目薬で出血の原因を治療することはできず、出血の場所と原因疾患に応じて、経過観察、全身疾患の是正、硝子体内注射、レーザー治療、手術などを適切に選択します。視機能の変化がある場合には、受診の先延ばしを避け、眼科で散瞳眼底検査と必要な画像検査を受けるよう案内することが、視力予後を守るうえで最も実践的な対応です。