

不育症とは、「流産あるいは死産が2回以上ある状態」です。「不育症管理に関する提言2025」では、生児の有無を問わず、流産または死産が連続していなくてもよいとされています。したがって、すでに子どもがいる患者や、出産を挟んで流産を経験した患者も評価の対象になります。「一度出産できたから不育症ではない」という説明は適切ではありません。
参考)http://fuiku.jp/common/teigen001.pdf
診療で重要なのは、妊娠検査薬の陽性回数と、診断に用いる流死産回数を区別することです。国内の定義では、超音波検査で胎嚢を確認する段階に至らず妊娠が終了した生化学的流産は、不育症の診断に用いる流産回数に算定しません。異所性妊娠と胞状奇胎も算定対象外です。ただし、「回数に含めない」ことは、患者の喪失体験や医学的な相談の必要性を否定する意味ではありません。
2025年の提言では、生化学的妊娠・流産を3回以上反復する場合、不育症に準じた原因検索を行うことを推奨しています。診療録には臨床的な流産回数とは別に、生化学的流産の回数も記録します。海外では生化学的流産を含む定義もあるため、海外論文の対象集団と国内の患者集団を比較するときには、診断に含まれる妊娠喪失の範囲を確認する必要があります。
また、2回という回数だけで精査の必要性を判断してはいけません。妊娠10週以降の原因不明の胎児死亡など、抗リン脂質抗体症候群が疑われる既往では、1回の流死産でも評価が必要になり得ます。提言2025も、臨床的流死産歴が1回でも、次回妊娠の流死産リスクが高いと推定される状態を不育症の概念に含めています。
不育症を理解するうえでは、ある妊娠が終了した直接の原因と、流死産を起こしやすくするリスク因子を分けて考える必要があります。自然流産検体の約50~70%には染色体異常が認められ、胎児・胎芽の染色体異数性は流産の主要な原因です。一方、不育症の背景には、子宮形態異常、抗リン脂質抗体症候群、カップルの染色体構造異常などが存在することがあります。
提言2025は、日本における不育症の頻度を、生殖年齢で妊娠歴のある女性の約5%としています。ただし、これは「すべての女性の5%」や「すべての妊娠の5%」という意味ではありません。分母に妊娠経験者、妊娠を希望する人、治療中の患者のどれを用いるかによって頻度は変わるため、患者説明や記事内で数値を示す際は対象集団を明記します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 胎児・胎芽の染色体異常 | 染色体の数の異常などが流産の主要な原因になる | カップル自身に染色体構造異常があるとは限らない |
| 先天性子宮形態異常 | 中隔子宮、双角子宮などを評価する | 形態異常の種類によって妊娠への影響や治療方針が異なる |
| 抗リン脂質抗体症候群 | 妊娠合併症や血栓症の既往と抗体検査を組み合わせて評価する | 抗体が一度陽性になっただけでは診断しない |
| カップルの染色体構造異常 | 均衡型相互転座、Robertson型転座などが関与する | 検査前後の遺伝カウンセリングが重要になる |
| 甲状腺機能異常 | TSHと遊離T4を中心に評価する | 顕性機能低下、潜在性機能低下、自己抗体陽性を区別する |
| リスク因子不明 | 標準的な評価でも明確なリスク因子が特定されない | 「異常なし」と「流産原因をすべて否定できた」は同義ではない |
表は提言2025に基づく整理です。同提言が引用する国内の多施設共同研究では、系統的な原因検索を行ってもリスク因子が特定されない例が65.1%ありました。ただし、これは特定の研究集団における割合であり、すべての医療機関や患者集団にそのまま当てはめる数値ではありません。原因不明例の中には、胎児の染色体異常による流産を繰り返しているケースも含まれると考えられます。
女性の年齢と既往流産回数は、次回妊娠の見通しを考える重要な情報です。また、男性の年齢、喫煙、肥満、過度の飲酒なども問診の対象になります。ただし、リスク因子との関連が報告されていることだけをもって、個々の流産を患者本人やパートナーの行動の結果と断定してはいけません。
初診時には、妊娠ごとの経過を時系列に整理します。妊娠成立の確認方法、胎嚢・胎児心拍の確認、流死産時の妊娠週数、染色体検査の結果、出産歴、胎児発育不全や妊娠高血圧症候群の既往などを確認します。生化学的流産、生殖補助医療、着床前遺伝学的検査の実施歴も把握し、患者が「何回の流産」と捉えている内容と医学的な分類の違いを丁寧にすり合わせます。
提言2025は、検査を「推奨検査」「選択的検査」「研究的検査」「非推奨検査」に分類しています。検査項目を多く実施すること自体が診療の質を保証するわけではありません。まず推奨検査を中心に評価し、追加検査は既往歴、初期検査の結果、得られる情報が治療方針を変えるかどうかを考慮して選択します。
抗リン脂質抗体症候群では、「抗体陽性」と「症候群の診断」を区別することが特に重要です。提言2025は、国内の産科診療では改訂札幌分類基準に基づく評価が妥当とし、血栓症または所定の産科合併症という臨床基準と、持続する抗体陽性という検査基準を組み合わせています。新しい2023年ACR/EULAR分類基準は臨床研究の対象を分類する目的で開発されており、産科患者の診断に機械的に適用することには注意が必要です。
新しい検査についても位置づけを確認します。ネオセルフ抗体検査は提言2025では選択的検査です。一方、末梢血NK細胞に関する検査や子宮内フローラ検査などは研究的検査に分類されています。検査が受けられることと、不育症患者すべてに有用性が確立していることは別です。研究段階の検査では、結果の解釈、治療へのつながり、費用負担について事前に説明する必要があります。
不育症の治療は、適応を確認して病態ごとに選択します。産科的な抗リン脂質抗体症候群では、低用量アスピリンとヘパリンの併用が主要な治療になります。しかし、不育症と診断された全患者に同じ抗血栓療法を行うわけではありません。原因不明例における低用量アスピリンやアスピリン・ヘパリン療法の効果は明確ではなく、治療対象を区別する必要があります。
参考)一般社団法人日本生殖医学会|一般のみなさまへ - 生殖医療Q…
子宮形態異常では、形態の異常が見つかったという理由だけで一律に手術を勧めません。中隔子宮が不育症に関与すると考えられる症例では、適切な診断と症例選択のもと、子宮鏡下中隔切除術を選択肢として提示します。ただし、手術による生児獲得率の改善について研究結果は一致していません。患者の年齢、妊娠歴、手術の不利益なども含めた共同意思決定が重要です。
甲状腺については、機能低下の程度と自己抗体の有無を分けて判断します。甲状腺自己抗体が陽性でも甲状腺機能が正常な患者に対し、流産予防のみを目的としてレボチロキシンを投与する利益は示されていません。検査結果を一括して「甲状腺に問題がある」と説明せず、顕性・潜在性の機能異常、将来の機能低下リスク、妊娠成立後の再評価の必要性を整理します。
カップルの染色体構造異常が確認された場合は、自然妊娠での見通しと、着床前胚染色体構造異常検査であるPGT-SRなどの選択肢を遺伝カウンセリングの中で説明します。提言2025は、PGT-SRによって流産率が低下しても、最終的な生児獲得率が改善するとは限らないとしています。「流産を減らす」という指標と、「最終的に子どもを得る」という指標を混同せずに伝えることが大切です。
原因不明例では、すべての患者に有効な薬物療法が確立しているわけではありません。一方、4回以上の流産歴を持つ原因不明の不育症患者を対象とした比較試験では、妊娠初期の免疫グロブリン大量療法の有効性が示されています。ただし、特定の条件の患者で得られた結果を、2回の流産歴がある患者を含む不育症全体へ一般化することはできません。専門施設で対象条件、利益と不利益、実施体制を確認する必要があります。
不育症という診断は、今後の生児獲得が不可能であることを意味しません。しかし、見通しは年齢、流産回数、確認されたリスク因子などによって異なります。患者に確率を示す場合は、それが「次の1回の妊娠」の結果なのか、「複数回の妊娠を含む一定期間の追跡結果」なのかを明確にします。異なる評価期間の数値を並べて、特定の治療効果や個人の予後を断定しない姿勢が必要です。
リスク因子が見つからなかった患者には、「何もできない」ではなく、「現在の検査では明確なリスク因子が確認されていない」と説明します。原因不明例の中には胎児染色体異常による流産の反復が含まれ、投薬を行わずに次回の妊娠が継続する可能性もあります。検査の限界を伝えると同時に、妊娠成立後の受診や相談、経過確認をどのように進めるかを共有します。
心理的支援では、流死産を経験した本人とパートナーの悲嘆を尊重します。生化学的流産を診断上の回数に含めない場合でも、喪失への支援を省く理由にはなりません。流産後の心理社会的支援は行政の取組にも位置づけられており、こども家庭庁は流産・死産等を経験した女性への支援に関する調査研究資料を公開しています。検査・治療の説明だけでなく、患者が支援を受けられる経路を確保することが重要です。
参考)http://www.jsrm.or.jp/public/document/seishoku_qa_2025_qa17.pdf
禁煙、過度の飲酒を控えること、体重や基礎疾患の管理などは、男女双方の健康を支える観点から提案します。ただし、生活習慣の改善で流産を確実に防げるとは説明しません。患者の行動だけに原因を求めず、修正可能な要因への支援と、修正できない要因を含む医学的な説明を並行して行います。
経済面では、保険診療、先進医療、自費診療を区別し、検査前に費用を確認します。こども家庭庁は、保険適用を見据えて先進医療として実施される一部の不育症検査について費用助成を案内しています。対象検査、申請条件、実施施設などは居住地の自治体に確認する必要があります。また、「性と健康の相談センター」では、医学的・専門的な相談や経験者によるピアサポートなどの支援が行われています。
参考)不育症に関する取組み|こども家庭庁
医療従事者に求められるのは、定義に沿って対象者を把握し、根拠のある検査から病態を評価し、適応に合った治療を提示することです。同時に、原因を説明できない状況でも診療と支援を途切れさせないことが大切です。不育症診療では、妊娠の転帰だけでなく、患者とパートナーが不確実性を理解し、納得して次の選択を行えるよう支える視点が欠かせません。