

顎骨壊死とは、上顎骨または下顎骨の一部が壊死する病態です。骨が口腔内に露出するほか、歯肉の腫脹、疼痛、排膿、抜歯窩の治癒不全などを伴う場合があります。ただし、初期から強い疼痛が出現するとは限らず、感染を伴わない骨露出として発見されることもあります。原因には薬剤や放射線治療などがあり、「顎骨壊死」という病態全体と、薬剤に関連した顎骨壊死を区別する必要があります。
参考)https://aaoms.org/wp-content/uploads/2024/03/mronj_position_paper.pdf
医療従事者が骨粗鬆症治療やがん診療の場面で特に理解しておきたいのが、薬剤関連顎骨壊死です。英語ではmedication-related osteonecrosis of the jawといい、MRONJと略します。主な関連薬剤は、ビスホスホネート製剤(BP製剤)と、抗RANKL抗体であるデノスマブ製剤です。以前はBRONJやARONJなどの名称も用いられましたが、日本の「顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023」ではMRONJという呼称を採用しています。
参考)https://www.jsoms.or.jp/medical/pdf/work/guideline_202307.pdf
BP製剤とデノスマブ製剤は、いずれも破骨細胞を介した骨吸収を抑制します。骨粗鬆症に伴う骨折や、がんの骨転移に伴う骨関連事象を減らす重要な薬剤ですが、骨のリモデリング、すなわち古い骨を新しい骨へ置き換える過程にも影響します。MRONJの発症には、この骨代謝の変化に加え、細菌感染、炎症、血管新生の変化、免疫機能などが複合的に関わると考えられており、単一の機序だけでは説明できません。
顎骨では、歯周組織や根管を介して感染が骨内へ波及し得ます。また、骨を覆う口腔粘膜が薄く、咀嚼や不適合義歯による損傷を受けやすいことも特徴です。そのため、薬剤の影響だけを見るのではなく、歯周病や根尖病変、粘膜損傷の有無を併せて評価することが重要です。ロモソズマブや血管新生阻害薬などでも顎骨壊死が報告されていますが、薬剤ごとに因果関係を裏付けるエビデンスの量は異なり、BP製剤・デノスマブ製剤と同じ確実性で扱うべきではありません。
日本口腔外科学会公開:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023
日本のポジションペーパー2023では、基本的に「BP製剤またはデノスマブ製剤による治療歴」「8週間以上持続する骨露出、または骨を触知できる瘻孔」「原則として顎骨への放射線照射歴がなく、原発性がんや顎骨転移ではない」という3項目でMRONJを診断します。現在の処方だけでなく、過去の投薬歴も確認することが必要です。
ただし、8週間という期間は、抜歯などの後に通常の創傷治癒が進むかを見極めるための基準です。日本のポジションペーパー2023は、8週間以内でも、経過や画像所見などから明らかに治癒傾向のない骨壊死が認められる場合には、MRONJと診断できるとしています。したがって、診断基準の期間を満たすまで紹介や治療を待つ、という解釈は適切ではありません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 薬剤使用歴 | BP製剤またはデノスマブ製剤による治療歴がある | 中止済みの薬剤や注射薬も確認する |
| 局所所見と持続期間 | 8週間以上の骨露出、または骨を触知できる口腔内・口腔外瘻孔 | 日本の基準解説では、明らかな骨壊死は8週間以内でも診断可能 |
| 除外・鑑別事項 | 原則として顎骨への放射線照射歴がなく、病変が原発性がん・顎骨転移ではない | 放射線治療歴と薬剤歴が重なる場合は総合評価が必要 |
| ステージ1 | 感染を伴わない、無症状の骨露出・骨壊死、または骨を触知できる瘻孔 | 疼痛がなくても病変を否定できない |
| ステージ2 | 感染・炎症を伴う骨露出・骨壊死、または骨を触知できる瘻孔 | 発赤や疼痛を伴い、排膿の有無は問わない |
| ステージ3 | 下顎下縁・下顎枝や上顎洞などへの進展、病的骨折、口腔外瘻孔などを伴う病変 | 病変範囲と全身状態を踏まえて治療を計画する |
上表は日本のポジションペーパー2023の診断基準とステージ分類を整理したものです。骨露出や骨に達する瘻孔がない、いわゆるステージ0は、潜在性・非骨露出型病変の分類として残されていますが、同文書ではMRONJの診断・統計から除外しています。非特異的な歯痛や顎の鈍痛、腫脹などだけで確定診断せず、歯周病や根尖性歯周炎などを鑑別しながら経過を追う必要があります。
画像検査では、口内法X線やパノラマX線で歯・顎骨の状態を評価し、必要に応じてCTで骨融解、骨硬化、腐骨形成、皮質骨の破壊、上顎洞への波及などを確認します。骨髄炎が疑われるのにX線やCTで異常が捉えにくい場合には、MRIが有用です。ただし、画像や病理所見だけでMRONJを特異的に判別できるわけではなく、薬剤歴、診察所見、経過を統合して診断します。血清CTXなどの骨代謝マーカーも、個人の発症リスクや抜歯の安全性を確実に判断する指標としては確立されていません。
MRONJのリスク評価では、薬剤名だけでなく、何のために、どの用量・間隔で、どの程度の期間使っているかを確認します。同じ薬剤でも、骨粗鬆症に対する低用量投与と、がんの骨病変に対する高用量投与では発症リスクが異なります。「注射薬だから高リスク」「内服薬だから安全」という投与経路だけの判断は不十分です。
AAOMSの2022年ポジションペーパーでは、骨粗鬆症患者におけるMRONJ発症リスクを、BP製剤で0.02~0.05%、デノスマブ製剤で0.04~0.3%と整理しています。ただし、これらは観察期間や研究条件が異なるデータの範囲であり、一律の年間発症率ではありません。がんに対する高用量投与では一般にリスクが高く、日本のポジションペーパー2023も、研究デザインや口腔管理状況などによって発症頻度に大きな差があるとしています。数値を説明する際には対象患者と観察条件を併記することが大切です。
抜歯はMRONJの発症前にみられる重要なイベントですが、「抜歯そのものが唯一の原因」とは限りません。抜歯適応となった歯の周囲に、すでに重度の感染や潜在的な骨壊死が存在し、抜歯後に病変が顕在化する場合があります。抜歯を避けることだけを優先して感染源を残すと、かえって病変が進行するおそれがあります。保存の可否、感染の程度、薬剤使用状況を踏まえ、歯科・口腔外科で適応を判断することが必要です。
AAOMS:Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw—2022 Update
MRONJの治療は、疼痛や感染を抑えるだけでなく、可能な場合には骨露出を含む症状の消失、すなわち治癒を目標とします。従来は難治性と考えられ、症状緩和に重点が置かれていましたが、日本のポジションペーパー2023では外科的治療の有効性を踏まえ、治癒を目指す方針が示されています。一方、全身状態や生命予後、患者の希望によっては、症状緩和と生活の質の維持を優先することもあります。
保存的治療では、口腔清掃、抗菌性洗口液、局所洗浄、必要に応じた抗菌薬の全身投与、分離した腐骨の除去などを行います。感染や炎症の制御、疼痛の軽減、手術前の局所状態の改善に意義があります。ただし、抗菌薬だけで壊死骨を元の状態へ戻せるわけではなく、保存的治療中にも病変が進行する可能性があります。漫然と処方を継続せず、局所所見と画像による再評価が必要です。
ステージ1では保存的治療と外科的治療の両方が選択肢になります。ステージ2では、全身状態が許せば外科的治療を優先し、ステージ3でも外科的治療が中心となります。術式は病変範囲に応じて、壊死骨と周囲骨の切除、下顎骨辺縁切除、区域切除などから選択します。ただし、外科的治療の良好な成績を示す研究の多くは観察研究であり、切除範囲の設定などには未解決の課題が残ります。病期だけで機械的に術式を決めるのではなく、手術侵襲、機能障害、原疾患の治療計画を検討します。
抗菌薬の種類・投与期間にMRONJ全例へ適用できる統一的な基準はありません。また、高気圧酸素療法、レーザー、血小板由来製剤などの補助療法は有効性が報告されているものの、確立した標準治療の代替と位置づけるには十分な根拠がありません。テリパラチドについても治癒促進の報告はありますが、MRONJ治療として一律に推奨できる段階ではなく、適応や禁忌を含めた慎重な判断が必要です。
予防の基本は、骨吸収抑制薬の投与前から口腔状態を評価し、必要な歯科治療を進めることです。歯周病や根尖病変などの感染源を確認し、必要な抜歯などは可能な範囲で投与開始前に実施します。ただし、歯科治療を理由に骨粗鬆症やがんの治療開始を不必要に遅らせない配慮も必要です。処方医と歯科医師は、原疾患治療の緊急性、必要な歯科処置、創の治癒状況を共有して開始時期を調整します。
抜歯時の予防的休薬について、日本のポジションペーパー2023は「原則として抜歯時にARAを休薬しないことを提案する」としています。ARAはBP製剤とデノスマブ製剤を指します。この提案は、休薬によってMRONJ発症を減らせることを示す十分な根拠がないことに基づきます。ただし、特に高リスクな症例における短期間の休薬まで完全に否定するものではなく、個別評価が必要です。
特にデノスマブ製剤では、中止や長期延期に伴い骨代謝が反跳性に亢進し、椎体骨折が増える可能性があります。患者が「顎骨壊死が怖いから」と自己判断で投与を中断しないよう、治療の利益と口腔管理の必要性を併せて説明します。骨折リスクに基づいて検討するBP製剤の計画的休薬と、抜歯のための予防的休薬は目的が異なるため、混同しないことも重要です。
予防的休薬と、すでに発症したMRONJの治療中に薬剤を中止するかという問題も分けて考えます。日本のポジションペーパー2023では、発症後の治療においてもARA休薬を積極的に推奨する根拠はないとしています。原疾患への影響や代替治療の可能性を踏まえ、処方医と歯科・口腔外科が協議して決定すべきであり、歯科処置の予定だけで一律に中止・延期する対応は避けます。
連携文書には、薬剤の一般名、適応疾患、用量、投与間隔、開始時期、過去の切り替え歴、最終投与日、次回投与予定、併用薬などを記載すると判断に役立ちます。歯科側からは、感染源、必要な処置、処置予定日、創の治癒状況を伝えます。薬剤師はお薬手帳や投薬記録から過去の薬剤歴を補い、特に手帳へ記載されにくい注射薬の確認に関与します。看護師なども口腔症状や受診状況を把握し、異常があれば歯科受診につなげます。
投与開始後も、定期的な歯科受診、歯周病の管理、義歯の調整、セルフケア支援を継続します。無歯顎の患者でも、不適合義歯や残根などの問題があり得るため、歯がないことを理由に評価を省略できません。患者には「薬をやめれば防げる」「抜歯をしなければ起こらない」と説明するのではなく、骨折や骨関連事象の予防と、感染源の治療・口腔管理を両立させる必要があることを伝えます。