

「糖尿病でかゆい」という訴えは、単一の病態を指すものではありません。糖尿病患者では、皮膚乾燥、真菌感染、循環障害などが局所のかゆみに関与します。一方、糖尿病がある人にも、糖尿病とは直接関係しない皮膚疾患や全身性疾患が起こります。したがって、診療では原因の切り分けが重要です。糖尿病の診断があることを理由に、すべてのかゆみを高血糖のせいと判断しないようにします。
参考)Diabetes and Skin Complication…
皮膚乾燥は、初期評価で確認したい要素です。米国糖尿病学会(ADA)は、高血糖のある患者では皮膚が乾燥しやすく、細菌への抵抗力も低下しやすいと説明しています。乾燥した皮膚を掻くと傷が生じ、感染の入り口になることがあります。下腿などに粉を吹くような落屑や掻破痕があれば、かゆみの原因だけでなく、皮膚を傷つける悪循環も評価する必要があります。
真菌感染も重要な原因です。カンジダによる皮膚感染では、湿潤した赤い皮疹の周囲に小さな水疱や鱗屑がみられることがあり、腋窩、鼠径部、乳房の下、指趾の間など、温かく湿った部位に生じやすくなります。また、足白癬や股部白癬、外陰腟の真菌感染もかゆみを起こします。「陰部がかゆい」「足の指の間がかゆい」という訴えでは、単なる乾燥と考えず、部位に応じた診察が必要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 乾燥が目立つ下腿のかゆみ | 乾燥、落屑、掻破痕を確認し、皮膚乾燥を評価する。 | 循環障害が局所のかゆみに関与することもある。 |
| 指趾の間・鼠径部のかゆみ | 発赤、鱗屑、湿潤などを確認し、真菌感染を検討する。 | 部位だけで診断せず、皮疹の性状と診察所見を合わせる。 |
| 陰部のかゆみ | カンジダなどの感染と、SGLT2阻害薬の使用状況を確認する。 | SGLT2阻害薬は性器真菌感染のリスクを高める。 |
| しびれ・灼熱感を伴うかゆみ | 神経障害性のかゆみを鑑別に含める。 | |
| 皮疹が乏しい全身のかゆみ | 腎・肝・甲状腺疾患、血液疾患、薬剤などを検討する。 | |
| 注射部位に一致した皮疹 | インスリンなどに関連する皮膚反応を確認する。 | 薬剤との時間的関係を整理し、処方医に相談する。 |
糖尿病に特徴的な皮膚所見が、必ずしもかゆみを伴うわけではない点にも注意します。例えば、糖尿病性皮膚症では下腿前面に淡褐色の斑がみられますが、ADAは通常、痛みやかゆみを伴わないと説明しています。褐色の斑とかゆみが同じ部位にあっても、その斑自体が原因とは限りません。乾燥や別の皮膚疾患が併存していないかを確認します。
例えば、糖尿病患者が「両脚がかゆく、しびれもある」と訴えた場合、神経障害だけに注目せず、下腿の乾燥、足趾間の感染所見、掻破による傷も確認します。この例は、乾燥と神経障害など複数の要素が重なりうることを示すためのものです。評価と治療を一つの原因に限定せず、皮膚と神経の両面から対応する必要があります。
乾燥がある場合、スキンケアは治療の土台になります。熱すぎる入浴やシャワーを避け、低刺激の洗浄料を用い、入浴後に保湿剤を塗布します。患者には、「掻かないよう我慢する」という指示だけではなく、乾燥を軽減して皮膚を傷つけにくくする目的を説明します。掻破による傷は感染につながるため、すでに傷がある場合は、その状態も確認します。
糖尿病患者の足では、「保湿」と「湿潤を避けること」を部位ごとに使い分けます。乾燥した皮膚の保湿は有用ですが、ADAは足趾の間へのローション塗布を避けるよう勧めています。余分な湿気が真菌の増殖を促すためです。足の皮膚を毎日観察し、傷や亀裂などの変化を確認することも、日常の指導に含めます。
感染が疑われる場合は、保湿だけで対応を終えず、医師による診断と原因に応じた治療につなげます。細菌感染では抗菌薬、真菌感染では抗真菌薬など、治療の方向が異なります。赤い、熱を持つ、腫れる、痛むといった所見は細菌感染の手掛かりになるため、「かゆみ止めを使って様子を見る」という対応だけで済ませないことが重要です。
SGLT2阻害薬使用中の陰部のかゆみでは、性器真菌感染を検討します。2025年の臨床レビューでは、複数の無作為化比較試験をまとめた解析で、SGLT2阻害薬による性器感染リスクがプラセボや比較薬に対して約3~5倍になると報告されています。ただし、性器感染と尿路感染は区別する必要があり、同レビューでは尿路感染リスクの増加は認められていません。患者への説明でも、異なる感染症を一括りにしないことが大切です。
性器真菌感染が発生した場合でも、SGLT2阻害薬をすべての患者で一律に中止するわけではありません。同レビューでは、多くの場合、感染を治療しながら継続できるとしています。一方、重症感染では一時的な休薬を検討する場合があります。処方薬の継続・中止は、感染の重症度と薬剤の利益を踏まえて処方医が判断し、患者には自己判断による変更を避けるよう説明します。
神経障害性のかゆみが疑われる場合は、皮膚乾燥のケアとともに、感覚症状や神経障害の評価を進めます。糖尿病のかゆみには複数の要素が関わりうるため、保湿のみ、血糖管理のみなど、一つの介入で十分と決めつけないことが大切です。症状が持続する患者では、糖尿病診療と皮膚科診療を連携させ、原因の再評価につなげます。
Cleveland Clinic Journal of Medicine:SGLT2阻害薬の副作用への対応
かゆみの診療では、緊急性のある感染を見逃さないことが重要です。皮膚に熱感、腫脹、発赤、疼痛がある場合は、細菌感染を疑います。糖尿病患者の傷、熱傷、感染について、ADAは速やかな受診を勧めています。患者が「かゆい」と表現していても、診察では痛みや腫れが主体でないかを確認し、皮膚の状態に応じて対応します。
特に、SGLT2阻害薬使用中に陰部から肛門周囲の圧痛、発赤、腫脹があり、発熱や全身の具合の悪さを伴う場合は、フルニエ壊疽を含む重篤な感染を考慮する必要があります。FDAの安全性情報では、こうした症状は急速に悪化する可能性があり、直ちに診療を受けるよう注意喚起しています。一般的な性器真菌感染とは区別し、通常のかゆみ対策だけで経過をみないことが重要です。
参考)http://saigaiin.sakura.ne.jp/sblo_files/saigaiin/image/EFBC93sglt.pdf
患者への説明は、「糖尿病では乾燥や感染などでかゆみが起こることがあります。ただし、原因は一つとは限らないため、皮膚の状態、薬、神経症状などを確認します」と具体的に伝えると整理しやすくなります。血糖管理を継続しながら、保湿、感染への対応、必要な全身評価を組み合わせることが、糖尿病患者のかゆみを適切に扱う基本です。