

腫瘍マーカーとは、がん細胞が産生する物質や、がんに対する生体の反応に伴って現れる物質などのうち、がんの状態を把握するために利用される指標です。日常診療では、血液中のCEA、CA19-9、AFP、PSAなどがよく知られています。ただし、検体は血液に限らず、尿を用いる検査もあります。また、広い意味では腫瘍組織のタンパク質発現や遺伝子変化も腫瘍マーカーに含まれます。
参考)Tumor Markers - NCI
腫瘍マーカーの種類を理解する際は、「どの臓器のがんと関連するか」だけでなく、「何を判断するために測定するか」を分けて考えることが重要です。血中濃度を測る従来型のマーカーは、診断の補助、治療効果の評価、治療後の経過観察などに用いられます。一方、遺伝子変化や受容体発現を調べるマーカーは、特定の薬剤が適しているかなど、治療選択に関する情報を提供します。同じ「マーカー検査」でも、答えようとしている臨床上の問いは異なります。
物質の性質による整理では、AFPやCEAのような癌胎児性抗原、CA19-9などの糖鎖関連抗原、PSAのような臓器に関連するタンパク質、NSEのような酵素、hCGのようなホルモン関連物質などに分けられます。ただし、分類名を覚えるだけでは検査の選択にはつながりません。実務では、疑われるがん種や組織型、既に確定している診断、測定によって得たい情報を先に整理し、その目的に合う項目を選ぶ必要があります。
参考)Tumor Marker Tests in Common U…
最も重要な原則は、腫瘍マーカー単独ではがんを診断できないということです。高値でもがんがない場合があり、逆にがんが存在していても基準範囲内にとどまる場合があります。進行や転移の判断についても同様で、数値だけを根拠に結論を出すのではなく、症状、診察所見、画像検査、病理検査などを合わせて評価します。
参考)腫瘍マーカー検査とは:[国立がん研究センター がん情報サービ…
国立がん研究センター「腫瘍マーカー検査とは」
以下に、医療従事者が押さえておきたい代表的な腫瘍マーカーを整理します。記載したがんは主な関連疾患であり、そのマーカーが高値なら該当するがんが確定するという意味ではありません。また、同じがんでも組織型や診療場面によって測定する項目は異なり、一覧にあるすべての項目を一律に測定する必要はありません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| CEA | 大腸がんを中心に、胃がん、肺がん、乳がんなどで用いられる。 | 治療効果や再発評価の補助に利用する。複数のがんと関連し、臓器を特定する検査ではない。 |
| CA19-9 | 膵臓がん、胆道がん、胃がんなどで用いられる。 | 治療反応の評価に利用する。膵炎や胆石症などでも上昇することがある。 |
| AFP | 肝細胞がんや一部の胚細胞腫瘍などで用いられる。 | 診断補助や治療反応の評価に利用する。肝細胞がんだけに対応する項目ではない。 |
| PIVKA-Ⅱ | 肝細胞がんで用いられる。DCPとも呼ばれる。 | 治療効果や再発評価の補助に利用する。 |
| AFP-L3分画 | 肝細胞がんで用いられるAFP関連の検査。 | AFP、PIVKA-Ⅱとともに、肝細胞がんで用いられる代表的な項目として整理する。 |
| PSA | 前立腺がんの診断補助、治療反応、再発評価に用いられる。 | 前立腺肥大症でも高値となるため、前立腺に関連することと、がんに特異的であることを区別する。 |
| CA125 | 卵巣がんなどで用いられる。 | 診断補助、治療反応、再発評価に利用する。 |
| CA15-3 | 乳がんで用いられる。 | 治療反応や再発評価の補助として利用する。 |
| CYFRA | 肺がんで用いられるサイトケラチン関連のマーカー。 | 経過観察や再発評価の補助に利用する。 |
| ProGRP・NSE | 主に小細胞肺がんに関連する項目。 | NSEは神経芽腫でも用いられる。肺がんでは組織型と関連付けて理解する。 |
| SCC抗原 | 食道がん、子宮頸がんなどで用いられる。 | 扁平上皮がんとの関連を踏まえて選択するが、原発臓器を単独で確定する検査ではない。 |
| SPan-1・DUPAN-2 | 膵臓がんで用いられる項目。 | 膵臓がんにはCA19-9以外のマーカーもあるが、全項目の一律測定を意味しない。 |
| hCG・β-hCG | 絨毛がんや胚細胞腫瘍などで用いられる。 | 血液または尿を用い、病期、予後、治療反応の評価に利用する。 |
| カルシトニン・サイログロブリン | カルシトニンは甲状腺髄様がん、サイログロブリンは甲状腺がんの治療後評価などで用いられる。 | 「甲状腺がん」という臓器名だけでなく、組織型や治療状況を確認する。 |
| NMP22・BTA | 膀胱がんなどで用いられる尿中マーカー。 | 血液以外の検体を利用する例。BTAは既知の膀胱がん患者で、尿細胞診や膀胱鏡と併用した経過観察に用いられる。 |
この一覧を読む際に注意したいのは、「一つの臓器に一つのマーカーが対応する」という単純な関係ではないことです。CEAは複数のがんで用いられ、AFPは肝細胞がんだけでなく胚細胞腫瘍でも利用されます。逆に、肝細胞がんではAFP、PIVKA-Ⅱ、AFP-L3分画など、複数の検査項目が知られています。マーカー名から病名を逆算するのではなく、臨床情報を基に候補を絞り込む考え方が必要です。
米国国立がん研究所「Tumor Marker Tests in Common Use」
腫瘍マーカーの検査を選ぶ際は、まず検査目的を明確にします。診断前の補助検査なのか、診断後の治療反応を確認したいのか、治療後の再発を評価したいのかによって、検査結果の位置付けが変わるためです。米国国立がん研究所も、腫瘍マーカーの用途として診断補助、予後評価、治療選択、治療反応、再発評価などを挙げています。
以上は検査目的を整理するための基本的な枠組みです。個々の患者に適した測定項目や実施時期は、がん種、治療内容、既往の測定結果などによって異なります。特に治療反応や再発の評価では、一回の測定結果よりも、治療前からの連続した推移を把握することに意味があります。ただし、数値の上昇や低下だけで、治療が無効になった、再発した、あるいは病変が消失したと判断することはできません。
例えば、大腸がん患者の経過観察でCEAが上昇した場合、その結果は再発評価の手掛かりになります。しかし、CEAにはがん以外の要因による上昇もあるため、「CEAが上がったので再発」と結論付けるのは不適切です。過去の値、症状、喫煙などの背景、画像所見を確認して総合判断する、という位置付けで扱います。このように、マーカーは臨床判断を支える情報であって、判断そのものを置き換える情報ではありません。
また、診断時にマーカーが高値でなかった患者では、そのマーカーだけを経過観察の中心に置くことには限界があります。がんが存在していても上昇しない場合があるため、基準範囲内で推移していることだけを根拠に、病状が安定していると保証することはできません。患者ごとに、そのマーカーが病状をどの程度反映してきたかを確認する視点が必要です。
腫瘍マーカーの結果には、基準範囲や判定の目安が示されます。しかし、その境界を超えたことと、がんの確定診断は同義ではありません。例えば、医療機関の検査案内ではCEA 5.0 ng/mL以下、CA19-9 37 U/mL以下といった目安が示されていますが、AFPについては10 ng/mL以下とする資料と20 ng/mL以下とする資料があります。数値を記事や資料からそのまま当てはめるのではなく、実際の検査報告書に記載された基準と照合することが重要です。
参考)腫瘍マーカー
偽陽性とは、がんがないにもかかわらず、がんの可能性を示すような結果が出ることです。腫瘍マーカーでは、良性疾患や生理的な変化、生活習慣などが測定値に影響します。CEAは喫煙や良性疾患でも上昇することがあり、CA19-9は膵炎や胆石症などでも高値を示す場合があります。PSAも前立腺肥大症で上昇することがあるため、高値という結果だけで悪性疾患を断定しないことが基本です。
参考)腫瘍マーカー(臨床検査科)
国立がん研究センターは、腫瘍マーカーに影響する要因として、がん以外の疾患に加え、加齢、妊娠、月経、飲酒、喫煙、薬の成分などを挙げています。ただし、これらの影響がすべてのマーカーに同じように当てはまるわけではありません。結果を評価する際は、測定した項目と患者の背景を関連付けて確認する必要があります。
一方、偽陰性とは、がんが存在していても検査がそれを捉えられないことです。腫瘍マーカーが正常であっても、がんを否定することはできません。症状や画像所見から悪性疾患が疑われる場合、マーカーが基準範囲内であることを理由に、それ以外の評価を打ち切るのは適切ではありません。高値を過大評価することと、正常値を過信することの両方を避ける必要があります。
また、感度と特異度は異なる概念です。感度は病気がある人をどれだけ拾い上げられるか、特異度は病気がない人をどれだけ正しく陰性と判定できるかに関係します。従来の血中腫瘍マーカーを無症状の人のがんスクリーニングに用いる場合、がんを見逃すことと、がんがない人を陽性と判定することの両方が問題になります。そのため、「採血だけで多くのがんを確実に発見できる検査」と説明することはできません。
患者への説明では、「今回の検査は何を確認するためのものか」を最初に伝えることが重要です。腫瘍マーカーという名称から、陽性ならがん、陰性ならがんではないという理解につながりやすいためです。例えば、「この検査は病状の変化を確認する材料の一つで、数値だけで診断や治療効果を決めるものではありません」と説明すれば、検査の役割と限界を同時に示せます。これは、画像検査や病理検査を併せて総合判断するという基本原則に沿った説明です。
高値を認めた場合は、がん以外でも上昇する可能性があることを説明しつつ、必要な評価まで否定しないことが大切です。「高いので必ずがんです」と不安を強める説明も、「良性でも上がるので心配ありません」と検査前に安心を保証する説明も避けます。結果の意味は、測定項目、症状、既往歴、他の検査所見によって変わるため、現時点で分かることと、追加評価が必要なことを分けて伝えます。
無症状の人から「腫瘍マーカーを一通り測れば、がん検診の代わりになるか」と相談された場合も、検査の限界を明確にする必要があります。国立がん研究センターは、健康診断のオプションや人間ドックなどで行われる腫瘍マーカー検査は、国が推奨するがん検診には含まれないと説明しています。既に診断された患者の経過観察で有用な検査であっても、それがそのまま一般集団の早期発見に適していることを意味するわけではありません。
医療従事者向けの情報整理では、治療選択に使うバイオマーカーも別枠で理解しておくと役立ちます。米国国立がん研究所の一覧には、EGFR、ALK、HER2、ER・PR、PD-L1、MSI・dMMRなどが掲載されています。これらは、主として腫瘍組織などの特性を調べ、治療方針を検討するための情報を得る検査です。CEAやCA19-9のような血中濃度の推移を見る検査とは、測定対象や臨床上の役割が異なります。
さらに、血液中に存在する腫瘍由来の物質を解析するリキッドバイオプシーも、従来の腫瘍マーカー採血と同一視しないことが重要です。血液を使うという共通点はあっても、遺伝子変化などを解析して治療選択に利用する検査と、タンパク質の濃度を測って経過を追う検査では目的が違います。また、無症状者を対象とする多がん種の検出検査については、死亡減少につながるかなど、有益性と不利益の検証が課題とされています。
腫瘍マーカーの種類を臨床に生かすには、名称と対応疾患を覚えることに加え、検査目的、結果に影響する背景、過去の推移、他の検査との関係を一緒に確認します。結果を共有するときも、単に「上昇」「正常」と記録するだけでなく、何を評価するための測定だったかを明確にすることで、検査の意味を伝えやすくなります。腫瘍マーカーは、適切な診療の文脈に置いて初めて、診断補助や治療評価に役立つ情報となります。