

新生児のシーソー呼吸とは、胸部と腹部が同調せず、吸気時に胸部が内側へへこむ一方で腹部が膨らむ、胸腹部の逆方向の動きを示す呼吸パターンです。呼気時には逆の動きとなり、胸と腹が交互に上下しているように見えます。これは病名ではなく、呼吸の負担が増していることを示す身体所見です。肺の膨らみにくさや気道の通過障害などを背景に出現するため、見つけた場合は呼吸障害の有無と程度を評価します。
参考)赤ちゃんの呼吸の仕組み|新生児の呼吸トラブルと治療法について…
新生児は横隔膜による呼吸の比重が大きく、腹部の動きが目立ちます。しかし、腹部がよく動くこと自体をシーソー呼吸とは呼びません。正常な呼吸では、吸気に伴う横隔膜の下降によって腹部が膨らみ、胸郭も同じタイミングで拡張します。観察の中心は腹部の動きの大きさではなく、胸部と腹部の動く方向およびタイミングです。
新生児、とくに未熟性の高い児では胸郭が柔らかく、吸気に伴う胸腔内の陰圧によって胸壁が引き込まれやすくなります。肺コンプライアンスが低下して肺を膨らませるために大きな力が必要になると、胸郭の陥凹と腹部の膨隆が目立つことがあります。この仕組みを理解すると、シーソー呼吸を単なる見た目の異常ではなく、呼吸仕事量の増加を示す所見として捉えられます。
陥没呼吸との違いも重要です。陥没呼吸は、吸気時に肋間、肋骨下、胸骨上窩、剣状突起付近などが引き込まれる所見です。一方、シーソー呼吸は胸腹部全体の動きの不一致を表します。両者は同時にみられることがあり、必ずどちらか一方に分類しなければならないわけではありません。記録では「胸腹部の逆位相運動あり」「肋骨下と剣状突起部に陥凹あり」のように、観察した動きを具体的に表現します。
シーソー呼吸を認めたときは、胸腹部の動きだけで重症度を決めず、呼吸数、呻吟、鼻翼呼吸、陥没、酸素化、心拍数、活気を組み合わせて評価します。呼吸窮迫が進行すると、チアノーゼや嗜眠、不規則呼吸、無呼吸が出現することがあります。したがって、観察時点の所見だけでなく、直前の状態から悪化しているか、呼吸補助への反応があるかを確認することが重要です。
参考)新生児呼吸窮迫症候群 - 19. 小児科 - MSDマニュア…
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 胸腹部の動き | 吸気時の胸部陥凹と腹部膨隆、胸腹部の同調性を確認する。 | 腹部の動きが大きいだけではシーソー呼吸と判断しない。 |
| 呼吸数 | 新生児では毎分60回以上が多呼吸の目安として用いられる。 | 呼吸数に加え、努力呼吸や酸素化を評価する。 |
| 陥没・鼻翼呼吸 | 肋間、肋骨下、剣状突起部などの陥凹と、吸気時の鼻翼の拡大を確認する。 | 陥凹の部位と程度を具体的に記録する。 |
| 呻吟 | 呼気に伴ううめき音の有無を確認する。 | 肺胞の虚脱を防ぐための呼気抵抗に関連する所見である。 |
| 酸素化 | SpO2を評価し、酸素療法の調整に用いる。 | 出生直後は出生後の経過時間に応じた目標範囲で判断する。 |
| 心拍数・自発呼吸 | 出生時蘇生では、初期処置後も心拍数100回/分未満、無呼吸、あえぎ呼吸なら補助換気が必要となる。 | 呼吸の見た目だけでなく、換気の有効性を判断する。 |
| 活気・呼吸の規則性 | 嗜眠、不規則呼吸、無呼吸などの出現を確認する。 | 呼吸不全の進行を示す可能性がある。 |
呼吸窮迫の観察を標準化する方法として、Silverman-Andersenスコアがあります。胸腹部の動き、肋間陥凹、剣状突起部の陥凹、鼻翼呼吸、呼気性呻吟の5項目を各0~2点で評価し、合計0~10点で表します。点数が高いほど呼吸窮迫が強いことを示し、胸腹部の動きではシーソー運動が2点に相当します。ただし、このスコアは呼吸努力を評価するものであり、心拍数やSpO2そのものを含む評価ではありません。
参考)Silverman-Andersen Respiratory…
スコアの数字だけで呼吸補助の開始や挿管を機械的に決めないことも大切です。たとえば、胸腹部の動きが同程度でも、自発呼吸が維持されている児と無呼吸を伴う児では必要な対応が異なります。無呼吸、徐脈、換気不良がある場合は、点数の算出を終えることより呼吸補助を優先します。評価尺度は所見の共有に役立ちますが、蘇生アルゴリズムに代わるものではありません。
また、呼吸の動きが弱くなったことを改善と即断してはいけません。RDSの重症例では呼吸筋の疲労により二酸化炭素が貯留し、呼吸性アシドーシスを生じることがあります。陥没や胸腹部の動きが目立たなくなっても、活気の低下、不規則呼吸、心拍数や酸素化の悪化を伴う場合は、呼吸不全の進行を疑って再評価します。
新生児のシーソー呼吸を見ただけで、呼吸窮迫症候群と診断することはできません。気道の通過障害や肺胞の拡張障害を背景に出現するため、在胎週数、出生後の発症時期、分娩様式、羊水混濁、感染リスク、身体所見を組み合わせて原因を絞り込みます。RDSに似た呼吸窮迫でも、一過性多呼吸、肺炎・敗血症、肺高血圧、誤嚥、先天性心肺異常などが鑑別に入ります。
参考)https://nms-obgyn-nagayama.jp/manual_site/sign1_6_3.html
検査は、呼吸循環の安定化と並行して選択します。RDSの評価では臨床像、血液ガス、胸部X線が重要であり、感染を疑う場合は血液培養なども検討します。血液ガスでは酸素化に加えて二酸化炭素の貯留やアシドーシスを評価できます。画像や検査結果だけでなく、児の呼吸状態と経時的変化を合わせて解釈することが必要です。
たとえば、早産児で出生直後から呻吟と胸腹部の逆方向の動きがみられる場合には、RDSが重要な候補となります。一方、予定帝王切開後の児で出生直後から多呼吸が目立つ場合はTTNも考えます。ただし、いずれも出生背景だけで確定できるわけではなく、肺炎・敗血症などを含めた鑑別が必要です。このように、呼吸所見と周産期情報を組み合わせることで、検査と治療の優先順位を整理できます。
初期対応では、換気の確保を中心に考えます。胸腹部が大きく動いていても、十分な空気が肺に入っているとは限りません。まず呼吸状態と心拍数を評価し、応援要請、保温、気道の評価、モニタリング、必要な呼吸補助を並行して進めます。出生時の蘇生では、正常体温の維持と、有効な肺の膨張・換気の確立が重要な目標です。
2025年AHA/AAP新生児蘇生ガイドラインでは、出生後の初期処置を行っても無呼吸またはあえぎ呼吸がある児、あるいは心拍数100回/分未満が持続する児に、出生後60秒以内に補助換気を開始することが示されています。これは出生時の蘇生場面における基準です。病棟で後から呼吸障害が出現した児について「60秒まで観察してよい」という意味ではなく、発症場面と施設の緊急対応手順に応じて直ちに評価・対応します。
自発呼吸がある早産児で、呼吸仕事量の増加や低酸素血症を認める場合には、持続陽圧呼吸療法(CPAP)が役立つことがあります。一方、無呼吸や不十分な呼吸努力、徐脈がある場合は補助換気が中心となります。シーソー呼吸という所見だけでCPAPを一律に選ぶのではなく、自発呼吸が維持されているか、換気が有効かを判断する必要があります。
酸素投与はSpO2を用いて調整します。出生直後は胎外生活への移行に伴って酸素飽和度が変化するため、出生後の経過時間に応じた目標範囲で評価します。酸素化が不良だからといって酸素濃度の調整だけに集中せず、気道閉塞、マスクの漏れ、肺の膨張不足など、換気が有効でない原因も確認します。補助換気への反応として、とくに心拍数の上昇が重要です。
吸引も一律には行いません。2025年AHA/AAPガイドラインでは、気道閉塞が疑われる場合に吸引を考慮しますが、ルーチンの吸引は推奨していません。胎便混濁の情報がある場合も、その情報だけで換気開始を遅らせるのではなく、呼吸状態と気道閉塞の有無に応じて対応します。実際の手技は訓練を受けた医療者が、施設で採用する新生児蘇生手順に従って実施します。
原因がRDSであれば、呼吸補助に加えてサーファクタント補充療法を検討します。呼吸状態が悪化している児では、気管挿管や機械的人工換気が必要となる場合もあります。また、サーファクタント投与後は肺コンプライアンスが速やかに改善することがあるため、呼吸器設定や酸素濃度を再評価します。診断名をつけることだけでなく、治療後の変化に対応できる監視体制が必要です。
記録は「シーソー呼吸あり」だけで終わらせず、呼吸数、胸腹部の同調性、陥没部位、呻吟、鼻翼呼吸、SpO2、心拍数、活気、実施した呼吸補助とその反応を具体的に記載します。とくに酸素化や呼吸状態の推移は、治療の調整や継続観察に必要です。新生児蘇生後の監視でも、呼吸努力と酸素化、心拍数、体温、血糖などの評価が重視されています。
申し送りでは、観察所見に加えて在胎週数、出生後の経過時間、分娩様式、羊水混濁などを共有します。これらは呼吸障害の原因や蘇生リスクを考える手がかりとなります。報告文の例としては、「出生直後から胸腹部の逆方向の動きと呻吟が持続しています。自発呼吸、心拍数、SpO2を再評価し、呼吸補助への反応を確認しています」と表現できます。実際の報告では測定値、酸素投与条件、観察時刻を添え、児の状態を具体化します。
家族には、「胸とおなかが逆方向に動いており、呼吸に負担がかかっている可能性があります。酸素の状態と呼吸を確認し、必要な補助を行っています」といった言葉で説明します。シーソー呼吸は原因疾患を確定する所見ではないため、検査前から病名や予後を断定しないことが大切です。現時点で確認できた所見、実施中の対応、これから評価する事項を分けて伝えることで、説明と実際の診療状況のずれを防げます。
経過観察中も、胸腹部の動きが残っているかだけでなく、呼吸努力、酸素化、心拍数、活気がどのように変化したかを確認します。呼吸補助や蘇生を必要とした児では、状態に応じた監視の継続や、より高い診療機能を持つ施設への搬送を検討します。本記事は医療従事者の観察と情報整理を支援するものであり、個々の児に対する治療判断は、担当医の評価と施設で採用する新生児蘇生・呼吸管理手順に基づいて行います。