

患者が「精液量減った」と訴えた際、医療者が最初に整理したいのは、射出された液体の量についての相談なのか、精子数や妊娠しやすさへの不安なのかという点です。精液量、精子濃度、総精子数は別の評価項目であり、精液が少なく見えることだけで乏精子症や不妊と診断することはできません。欧州泌尿器科学会(EAU)は、精液検査の個々の指標だけでは妊孕性の有無を判定できず、男性とパートナーの生殖に関する情報を総合して解釈する必要があるとしています。
参考)Male Infertility - EAU Guideli…
精液量は1回の射精で得られた液体の体積を示し、精子濃度はその1mL中に存在する精子の数を示します。総精子数は、精液量と精子濃度を掛け合わせた値です。そのため、濃度が同じでも精液量が違えば、1回の射精に含まれる精子の総数は異なります。EAUは、精子濃度だけでなく総精子数の評価が重要であり、その前提として精液量を正確に測定する必要があると説明しています。
説明用の例として、精液量が1mLで精子濃度が4,000万/mLなら総精子数は4,000万、精液量が3mLで精子濃度が1,000万/mLなら総精子数は3,000万になります。これは架空の計算例ですが、「液体の量が多いほど精子も多い」とは限らないことを示します。さらに、妊孕性の評価には運動率や形態なども関わるため、見た目の量を妊娠可能性に直結させない説明が必要です。
また、低容量の精液、精液がほとんど射出されない状態、精液中に精子が認められない無精子症は区別します。オルガスムを感じても精液が出ない場合には逆行性射精などが鑑別に入り、精液が射出されていても無精子症である場合には、精子の産生障害と精路閉塞の評価が必要です。「量が減った」という一言を、そのまま一つの病名に置き換えないことが診療の出発点になります。
WHOの精液検査マニュアル第6版に基づく精液量の下側参考値は1.4mLです。ただし、これは「1.4mL未満なら不妊、以上なら正常」という境界ではありません。自然妊娠に至った男性の集団における分布の下位5パーセンタイルに相当する値であり、参考値を下回っても妊娠が成立することはあります。逆に、参考値以上であっても男性不妊を否定できません。
医療者向けの記事や患者説明では、「正常値」よりも「下側参考値」という表現が適切です。インターネット上には旧版に基づく1.5mLという数値も残っているため、参照している版を明示すると混乱を減らせます。以下はWHO第6版に基づき、EAUが掲載している主な精液所見の下側参考値です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 精液量 | 1.4mL | 低容量を評価する参考値であり、不妊の診断境界ではない。 |
| 精子濃度 | 1,600万/mL | 精液量と合わせて総精子数を確認する。 |
| 総精子数 | 3,900万/射精 | 1回の射精に含まれる精子数を示す。 |
| 総運動率 | 42% | 前進運動精子と非前進運動精子の割合の合計。 |
| 前進運動率 | 30% | 前方へ進む精子の割合。 |
| 正常形態率 | 4% | 標準化された厳密な形態評価に基づく。 |
| 検査前の射精禁欲期間 | 2~7日 | 検査施設の指示に従い、実際の日数を記録する。 |
表の精液所見はEAU掲載のWHO第6版の下側参考値に基づき、禁欲期間はWHOマニュアルの採取条件に基づきます。基準値だけを並べて良否を断定するのではなく、採取条件と他の所見を合わせて読むことが重要です。
WHO:精液検査マニュアル第6版
射精禁欲期間は検査結果の解釈に関わります。WHOは検査用の精液を採取する際、2~7日の射精禁欲期間を推奨していますが、この範囲内でも日数の違いによる変動が生じます。比較する検査では禁欲期間を記録し、可能な限り条件をそろえることが大切です。この条件は検査の標準化を目的としたものであり、妊娠を目指す性交間隔を一律に指示するものではありません。
参考)https://mes-global.com/wp-content/uploads/2023/09/WHO-6th-Edition-Manual-for-Semen-Analysis.pdf
採取時に一部が容器の外へ出た検体は、実際の射精量を正しく反映しません。患者にとって申告しにくいこともあるため、問診では責める調子を避けて「最初から最後まで容器に入ったか」「こぼれた部分はなかったか」を確認します。異常な精液所見がある場合は再検査で再現性を確認し、複数回の異常が認められた際には追加の男性生殖機能評価につなげます。
鑑別は、採取条件による見かけ上の低容量と、病的な低容量を分けて進めます。射精間隔や採取方法を確認したうえで、薬剤、神経障害、手術による解剖学的変化、内分泌異常、精路閉塞などを検討します。EAUは男性不妊の評価において、病歴、身体診察、精液検査、ホルモン評価を基本とし、所見に応じて画像検査や遺伝学的検査を追加する方針を示しています。
「年齢のせい」「疲れているから」といった説明だけで評価を終えることも避けたい対応です。問診では、突然の変化か徐々に進んだ変化か、毎回か一時的か、オルガスムは保たれているか、性欲・勃起の変化があるかを具体化します。さらに妊娠希望の有無を確認することで、症状自体への対応と妊孕性評価の優先順位を整理できます。
「精液量減った」という訴えが持続する場合は、適切な条件で精液検査を行い、量だけでなく精子濃度、総精子数、運動率、形態、必要に応じてpHなどを確認します。低容量と無精子症の組み合わせは、低容量だけの場合とは異なる評価が必要です。身体診察では精巣の大きさや性状、精管の触知などを確認し、病歴・精液所見に応じて検査を組み立てます。
低容量の精液が酸性で、無精子症を伴う場合には、精路閉塞や精嚢・精管の異常が鑑別に入ります。特に精管の先天欠損は診察で見落とされることがあるため、精管の有無を含む身体所見が重要です。疑われる病態に応じて超音波などの画像検査や遺伝学的検査を検討しますが、精液量の減少だけを理由にすべての患者へ一律に高度な検査を行うのではありません。
ホルモン検査も、量の訴えだけで無差別に行うのではなく、性欲低下、身体所見、乏精子症や無精子症などを踏まえて位置づけます。テストステロン、FSH、LHなどの結果は、精巣機能や視床下部・下垂体・精巣系の状態を評価する情報になります。ただし、単一のホルモン値から精子産生の状態をすべて説明できるわけではなく、精液所見と診察所見を合わせた解釈が必要です。
専門紹介を考える目安は、採取条件を整えても低容量が繰り返される、精液がほとんど出ない、他の精液所見にも異常がある、または妊娠希望がある場合です。妊娠が成立しないカップルでは男性と女性の評価を並行して進めます。すでに明らかな射精障害が疑われる患者に、一定期間の経過観察だけを機械的に求めるのではなく、症状と生殖計画に応じて男性不妊を扱う泌尿器科へつなぐことが重要です。
対応の目的は、単純に精液量の数値を増やすことではありません。病的な原因の有無を確認し、患者の困りごとと妊娠希望に応じて必要な介入を選ぶことです。逆行性射精では、妊孕性に影響せず本人も困っていない場合、必ずしも治療を要しません。一方、妊娠を希望する場合には、原因に応じた治療や生殖補助医療の検討が必要になります。
薬剤性が疑われる場合は、処方医と相談しながら薬剤変更などの可否を検討します。糖尿病などの神経障害に関連した逆行性射精では薬物治療が選択されることがありますが、手術によって恒久的な解剖学的変化が生じている場合には、薬剤が有効でないこともあります。治療効果を一律に約束せず、原因によって回復の見込みが異なることを説明します。
逆行性射精に対する交感神経刺激作用のある薬剤などは、血圧上昇や心拍数増加、他の薬剤との相互作用に注意が必要です。一般用の風邪薬などを「精液量を増やす目的」で自己使用するよう促してはいけません。また、患者向けの記事では海外の治療薬名や用量をそのまま自己治療の手順として提示せず、専門医による適応判断と安全性評価が必要であることを明示します。
Mayo Clinic:逆行性射精の診断と治療
「男性ホルモンを増やせば精液量も改善する」という説明にも注意が必要です。妊娠を希望する男性に外因性テストステロンを安易に用いることは、男性不妊の治療方針と相容れません。EAUは、男性不妊の治療や父親になることを希望する男性にテストステロン療法を使用しないよう勧告しています。妊娠希望は、ホルモン治療を検討する前に必ず確認すべき情報です。
参考)Introduction - EAU Guidelines …
患者説明では、「精液の量だけでは精子の状態や妊娠しやすさは分かりません。採取条件を確認して検査し、必要に応じて薬や射精の仕組みに関する原因を調べます」という伝え方が役立ちます。精液量を性的能力や男性としての価値と結びつけず、診察では量、射精感、勃起、性欲、妊娠希望を分けて尋ねます。医療者が訴えを具体的な評価項目へ整理することで、不必要な不安を抑えながら、治療可能な原因を見逃さない対応につなげられます。