

三尖弁は右房と右室の間にある弁です。閉鎖が不十分になると、右室収縮時に血液の一部が右房へ逆流します。三尖弁閉鎖不全症は、三尖弁逆流症、英語ではtricuspid regurgitation、略してTRとも呼ばれます。逆流が進むと静脈系のうっ血や右心系への負担が増し、下肢浮腫、腹水、運動耐容能の低下などを来します。進行例では腎機能や肝機能にも影響が及びます。
参考)Tricuspid regurgitation &#x201…
ただし、心エコーで軽微な逆流が見つかった場合と、右心不全を伴う重症例とでは、臨床的な意味が大きく異なります。軽度のTRは成人で頻繁に認められるため、「逆流がある」という事実だけを理由に寿命が短いと説明するのは不適切です。逆に、重症であっても自覚症状が目立たないことがあり、患者の訴えだけで病態の進行を否定することもできません。
原因の区別も重要です。一次性TRは弁尖自体の異常によるもので、先天性疾患、感染性心内膜炎、リウマチ性病変などが含まれます。より多い二次性TRでは、右房・右室の形態変化や弁輪拡大、弁尖の牽引によって閉鎖不全が生じます。左心疾患や肺高血圧に関連するもののほか、長期の心房細動を背景とした心房性の病態もあります。心臓植込み型デバイスのリードが関与するTRも、機序を確認して対応する必要があります。
三尖弁閉鎖不全症の寿命を調べる際によく引用されるのが、Nathらによる2004年の観察研究です。米国の退役軍人医療施設3施設で心エコーを受けた5,223人を後ろ向きに解析し、平均年齢は66.5歳、対象は主に男性でした。同研究では、TRが重症になるほど1年生存率が低下しました。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| TRなし | 1年生存率91.7% | 研究内での比較対象群 |
| 軽度TR | 1年生存率90.3% | この数値だけで個人の余命は判断できない |
| 中等度TR | 1年生存率78.9% | 併存疾患や心機能を含む対象集団の成績 |
| 重症TR | 1年生存率63.9% | 現在のすべての重症患者に適用する値ではない |
表の数値はいずれも同一研究における1年生存率です。これは「診断後の平均寿命」でも「TRだけが原因で死亡する割合」でもありません。また、無治療の患者だけを追跡した自然歴として解釈することもできません。患者背景や当時の診療環境を含めた、特定の集団の観察結果です。
同研究では、年齢、左室駆出率、下大静脈径、右室の大きさと機能などで調整した後も、重症TRはTRなしと比べて死亡リスクの上昇と関連しました。調整後ハザード比は1.31、95%信頼区間は1.05~1.66でした。ただし、観察研究のため、この関連だけから「逆流そのものが死亡リスクのすべてを生じさせた」と因果関係を断定することはできません。
手術リスクを考える補助指標には、単独三尖弁手術後の院内死亡予測を目的として開発されたTRI-SCOREがあります。ただし、これは患者全般の残りの寿命を算出するスコアではありません。予測対象となる転帰と対象集団を確認し、自然歴の予測、手術リスクの予測、カテーテル治療後の予測を混同しないことが大切です。
また、「左室駆出率が保たれているから予後は良い」とも言い切れません。TRの予後不良との関連は、左室機能だけでは説明できないことが示されています。左心系の指標だけで評価を終えず、右室機能とうっ血の程度を独立した評価対象として扱う必要があります。
2025年に報告された同試験の2年成績では、重症で症候性のTR患者572人がTEERと薬物療法の併用群、または薬物療法単独群に無作為に割り付けられました。反復する心不全入院の年間発生率は、それぞれ0.19件/患者年と0.26件/患者年で、TEER群のほうが低い結果でした。一方、2年間の全死亡率は17.9%と17.1%で、同程度でした。
参考)https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIRCULATIONAHA.125.074536
したがって、この試験からは「TEERは逆流を減らし、生活の質や心不全入院に利益をもたらし得る」と説明できますが、「寿命を確実に延ばすことが証明された」とは説明できません。なお、死亡・手術・追加介入を含む複合評価項目の群間差には、対照群からデバイス治療へ移行した患者が多かったことが大きく影響しています。複合評価項目の改善を、そのまま生存率の改善と読み替えないことが重要です。
TRILUMINATE Pivotal試験:TEERの2年成績
診察では、前回から歩行距離や階段昇降が変化したか、下肢のむくみや腹部膨満が増していないか、体液貯留に伴う生活上の支障がないかを確認します。TRに伴う右心不全は、労作時呼吸困難だけでなく、浮腫、腹水、消化器症状、肝腎機能障害として表れるため、呼吸器症状の有無だけでは追跡が不十分です。診察所見、検査値、画像所見を時系列で比較することが重要です。