

診療で優先するのは、将来の胎児リスクについて不確実な推測を重ねることではなく、現在の母体状態を評価し、必要な治療を遅らせないことです。妊娠中はインフルエンザによる入院や重症化のリスクが高く、米国疾病予防管理センター(CDC)は、妊娠のどの時期でも疑診または確診例への迅速な抗ウイルス薬治療を推奨しています。胎児への配慮と母体の治療は対立するものではなく、両者を同時に考える必要があります。
参考)Recommendations for Obstetric …
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 非染色体性先天異常全体 | 2022年レビューの当該結果は単一研究に基づき、多数の研究を統合した値ではありません。 | |
| 神経管閉鎖障害 | 妊娠初期の感染との関連を示しますが、発熱などの影響を十分に分離できません。 | |
| 口唇口蓋裂 | 主に観察研究に基づく結果で、感染による直接的な因果関係の証明ではありません。 | |
| 先天性心疾患 | 交絡因子を調整した研究の統合値ですが、残余交絡の可能性があります。 | |
| 感染診断の確実性 | 検査で確認された感染と、インフルエンザ様症状を同一視しないことが重要です。 |
高熱は、感染と先天異常の関連を考えるうえで重要な要素です。妊娠・授乳中の曝露情報を提供するMotherToBabyは、妊娠6週より前の発熱や高体温について、一部の研究で神経管閉鎖障害の可能性がわずかに高くなると報告されています。また、妊娠12週より前の発熱について、心臓や腹壁の異常、口唇口蓋裂との関連を示す研究がある一方、関連を認めない研究もあると説明しています。発熱の原因疾患と体温上昇自体の影響を完全に区別することは困難です。
参考)Fever/Hyperthermia - MotherToB…
この情報を「妊娠6週を過ぎれば、発熱による胎児への影響はすべてなくなる」と読み替えてはいけません。妊娠6週以降の高体温では神経管閉鎖障害の増加は予想されないという説明は、特定の異常と発生時期についてのものです。母体の重症化やほかの妊娠転帰まで否定するものではありません。診療では、妊娠週数、最高体温、発熱の持続時間、治療開始時期などを確認し、記録しておくことが役立ちます。
妊娠初期の患者が発熱、咳、筋肉痛などを訴えた場合は、地域の流行状況、接触歴、発症時刻、妊娠週数を確認し、インフルエンザを鑑別に含めます。発熱を伴わないインフルエンザもあるため、高熱がないことだけで否定することはできません。CDCは、妊婦では検査結果を待つことによる治療の遅れを避けるよう推奨し、迅速検査が陰性でもインフルエンザを除外できないとしています。
抗ウイルス薬は発症後48時間以内に開始した場合に最も大きな臨床的利益が期待されます。ただし、「48時間を過ぎたら治療しても意味がない」と説明するのは不適切です。CDCは、妊娠中の入院患者を含む研究で、48時間を超えて開始した場合にも利益が示唆されるとしています。重症例や進行例では、発症からの経過時間だけを理由に治療を見送らず、全身状態を踏まえて判断します。
胎児への影響を心配して受診や服薬を控える患者には、「妊娠しているため治療できないのではなく、妊娠しているからこそ早めの対応が重要です」と説明すると、治療の目的を共有しやすくなります。CDCが引用する観察研究では、妊娠中のインフルエンザに対する早期抗ウイルス薬治療は、集中治療や死亡の減少、入院期間の短縮と関連しています。治療の説明は、薬剤のリスクだけでなく、感染を十分に治療しない場合のリスクも含めて行います。
妊娠中のインフルエンザ治療では、オセルタミビルについて比較的多くの使用データがあります。CDCは、安全性と有効性に関する研究の蓄積を理由に、妊婦への経口オセルタミビルを優先しています。米国産科婦人科学会(ACOG)が示す通常成人の治療レジメンは、75mgを1日2回、5日間です。ただし、実際の処方は国内の添付文書、腎機能、重症度などに基づいて決定し、標準レジメンをすべての患者へ機械的に適用しないことが必要です。
国立成育医療研究センターの医療関係者向け情報では、妊娠第1三半期にノイラミニダーゼ阻害薬であるオセルタミビルまたはザナミビルへ曝露した1,125児と、非曝露の672,784児を比較した欧州の研究で、先天奇形リスクの増加は認められなかったと紹介されています。国内の妊娠初期の使用例も含め、これまでの情報から、妊娠中のオセルタミビル使用が胎児へ悪影響を及ぼす可能性は低いとしています。患者には「安全性を支持するデータがある」と説明し、「どのような条件でもリスクがゼロ」とは言い切らないことが適切です。
参考)インフルエンザについて(医療関係者向け)
一方、バロキサビルはオセルタミビルと同じようには扱えません。CDCは、妊娠中の有効性・安全性データが不足していることから、妊婦への使用を推奨していません。これは「催奇形性が証明されている」という意味ではなく、推奨できるだけの情報がないという判断です。すでに服用していた場合も、薬剤名、服用日、用量、当時の妊娠週数を確認し、データ不足をそのまま胎児異常の診断へ結びつけない対応が必要です。
解熱薬について、MotherToBabyは、多くの医療者がアセトアミノフェンを妊娠中の第一選択と考えており、必要時に最小有効量を用いると説明しています。処方時には発熱の原因に対する治療も並行し、市販の総合感冒薬との成分重複などを確認します。また、イブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬は妊娠20週以降に原則として避けることが勧められています。この注意点は妊娠初期の一律な催奇形性を意味するものではありませんが、患者の自己判断による薬剤選択を避けるための説明は必要です。
出生前評価では、超音波検査が神経管閉鎖障害や先天性心疾患など、一部の構造異常のスクリーニングに用いられます。MotherToBabyは、特定の神経管閉鎖障害について母体血清AFPによる評価も紹介していますが、検査の利用可能性や実施方針は地域・施設によって異なります。感染歴だけで一律に検査を追加するのではなく、妊娠週数、発熱の経過、既往歴、通常の健診で得られる所見を踏まえ、産科担当医と評価計画を相談します。検査はすべての異常を除外できるものではないことも共有します。
予防については、注射による不活化インフルエンザワクチンと、経鼻の生ワクチンを区別します。CDCは妊娠のどの時期でもインフルエンザワクチン接種を推奨し、妊娠第1三半期の接種で重大な先天異常の増加を認めなかった大規模研究を紹介しています。ACOGは妊婦への経鼻生ワクチンを推奨していません。国立成育医療研究センターも、妊娠初期の不活化ワクチン接種について、先天異常の増加を認めなかった研究を示しています。