

「妊娠中に塗り薬を塗ってしまった」という相談では、使用した事実だけで胎児への影響を断定せず、薬の成分と実際の使用状況を確認することが出発点です。妊娠中にも治療に必要な薬はあり、一方で使用を避けるべき薬もあります。医療従事者は、患者の不安を受け止めながら、すでに使用した薬の評価と、今後の治療方針を分けて説明する必要があります。
参考)妊娠と薬 |厚生労働省
外用薬は皮膚などの局所に使用しますが、「皮膚に塗るだけだから血液中に入らない」とは限りません。例えば外用ステロイドでは、小範囲の傷のない皮膚に使用する場合、一般に内服薬より全身への移行が少ないと考えられます。一方、皮膚が薄い部位、傷のある皮膚、包帯などで覆った状態では吸収が増える可能性があります。同じ成分でも、塗る場所や皮膚の状態によって評価は変わります。
参考)Topical Corticosteroids - Moth…
患者説明で重要なのは、曝露評価という考え方です。薬の危険性だけを見るのではなく、どの成分を、妊娠のいつ、どの程度使用したかを組み合わせて判断します。外用ステロイドの少量・局所使用と、広い範囲への長期使用を同じ条件として扱わないことが大切です。また、妊娠中期以降に注意すべき胎児への作用がある薬もあり、「妊娠初期を過ぎたから、どの薬でも問題ない」と説明することも適切ではありません。
添付文書上の「禁忌」や「治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ使用」という記載は、処方や使用を判断する重要な情報です。ただし、使用を避けるべきという規定と、偶発的な使用後に胎児への影響が生じたかどうかは同じ問題ではありません。例えばアダパレン外用薬は妊婦に禁忌ですが、使用していた妊娠例について、先天奇形との因果関係が示されていないという報告もあります。禁止されている薬を使った事実だけで結果を断定せず、専門的に評価する姿勢が必要です。
参考)https://www.yakkyoku-hiyari.jcqhc.or.jp/pdf/sharingcase/sharingcase_2024_10_01G.pdf
厚生労働省:妊娠と薬
初回相談では、「何という塗り薬か」を特定することが最優先です。患者が「湿疹の薬」「腰痛のクリーム」「ニキビの薬」と説明していても、それだけでは成分を判断できません。薬の容器、外箱、お薬手帳、処方記録などを確認し、商品名・有効成分・濃度・剤形を整理します。妊娠と薬情報センターへの相談でも、薬の名称や使用量が分かる資料の準備が案内されています。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 薬剤の特定 | 商品名、有効成分、濃度、軟膏・クリーム・ゲルなどの剤形 | 処方薬だけでなく市販薬、配合剤も確認する |
| 妊娠週数と使用日 | 使用開始日、最終使用日、使用時点の妊娠週数 | 妊娠判明前の使用も含めて時系列を整理する |
| 使用量と回数 | 1回のおおよその量、1日何回か、使用した日数 | 「少量」という表現だけで終わらせない |
| 塗布部位と範囲 | 顔、手足、体幹、陰部などの部位と広さ | 局所使用か、広範囲使用かを区別する |
| 皮膚の状態 | 傷、びらん、炎症の程度、包帯などによる被覆の有無 | 外用ステロイドでは吸収に影響する条件となる |
| 併用薬と治療背景 | 内服薬、貼付剤、他の外用薬、治療対象となる疾患 | 薬を中止した場合の母体への影響も検討する |
この表は「何グラム以下なら安全」といった一律の判定表ではなく、個別評価に必要な情報をそろえるための問診項目です。皮膚からの吸収に影響する条件や妊娠中の薬剤使用についての注意点を踏まえ、分かる範囲で具体的に記録します。正確な使用量が不明な場合も、容器の容量、残量、使用回数、塗布範囲などを記録して、後から確認できる状態にします。
例えば「妊娠が分かる前に、手の湿疹へステロイド軟膏を数回使用した」という相談と、「妊娠中期以降に、腰痛用の消炎鎮痛ゲルを連日、広い範囲へ使用した」という相談では、確認すべきリスクが異なります。前者ではステロイドの強さや皮膚の状態、後者ではNSAIDsの成分や妊娠週数、使用期間が重要です。商品名が似ている、同じ症状に使うといった理由で同じ評価を当てはめないようにします。
薬の特定後は、その製品の最新の電子添文を確認します。特に消炎鎮痛薬では、内服薬と局所作用型の外皮用剤で妊婦に関する記載が異なることがあります。「ジクロフェナク」という成分名だけで、内服薬の禁忌情報をそのまま外用ゲルへ転用するのは不適切です。剤形を含めて照合し、記載と実際の使用状況を対応させて判断します。
参考)https://med.towayakuhin.co.jp/medical/product/fileloader.php?id=25686&t=4
妊娠中の外用薬を考える際は、薬の目的ではなく有効成分ごとに整理します。湿疹の薬、痛みの薬、ニキビの薬では、利用できる妊娠中のデータや添付文書の注意事項が異なります。ここでは相談で問題になりやすい三つの薬剤群を中心に、継続使用の判断と偶発的な曝露後の評価を区別して確認します。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000271181.pdf
外用ステロイドについて、MotherToBabyは、妊娠中の使用を調べた研究で先天異常の増加は認められていないと説明しています。また、2021年のデンマークのコホート研究では、妊娠中の外用ステロイド使用と、在胎週数に比べて小さい児や低出生体重との関連は認められませんでした。これらは患者への説明に有用ですが、「どの製品をどれだけ使っても安全」という意味ではありません。
非常に強い外用ステロイドを広範囲に長期間使用する場合については、低出生体重との関連を懸念する情報もあります。一方、前述の研究では強力な製剤についても明確なリスク増加が示されておらず、研究結果の解釈には幅があります。医療従事者は不安をあおることも、リスクをゼロと断言することも避け、必要な治療効果を得られる強さ・範囲・期間を検討します。
MotherToBaby:妊娠中の外用ステロイド
NSAIDsでは、妊娠中期以降の使用で胎児動脈管収縮が報告されている点が重要です。局所作用型のジクロフェナク外皮用剤については、妊婦への使用を「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ」とする情報があります。また、経口剤・坐剤のシクロオキシゲナーゼ阻害剤では、胎児の腎機能障害、尿量減少、それに伴う羊水過少症の報告が記載されています。外用薬と内服薬の情報を区別しながらも、外用だから評価不要としないことが大切です。
参考)https://dsu-system.jp/Web/drug_detail_new_v3?seq=250&b_flg=1b_flg=1" target="_blank" rel="noopener">DRUG STAFETY UPDATE - 医薬品安全対策情…
NSAIDsを使用した妊婦への対応では、妊娠週数や投与日数を考慮して、胎児動脈管収縮を疑う所見を適宜確認することがPMDAの評価資料で示されています。ただし、偶発的に一度塗った患者全員に同一の検査を行うという意味ではありません。製品、時期、反復使用の有無などを整理し、産科と相談して追加評価の必要性を判断します。
PMDA:NSAIDsの妊娠中期以降の使用に関する評価資料
アダパレン外用薬では、妊娠中または妊娠の可能性がある場合には使用せず、妊娠が判明した場合は医師へ知らせるよう説明します。すでに使用していた場合は、使用中止の判断と過去の曝露の評価を分けます。外用アダパレンと、催奇形性が問題となるイソトレチノイン内服では、投与経路や全身曝露が異なるため、同じリスクとして説明することは適切ではありません。
妊娠中に塗り薬を使用したことが分かったら、処方医、かかりつけ産科、調剤・販売した薬剤師へ相談するよう案内します。薬剤が特定できていない段階で、「そのまま続けてよい」とも「すべての薬を直ちにやめるべき」とも断定しません。厚生労働省は、自己判断で薬の使用を中断すると疾患が悪化し、母体や胎児に悪影響を及ぼす場合があると説明しています。
ただし、アダパレンのように妊婦への使用が禁忌と明確にされている薬は、そのまま継続せず、医師へ連絡する必要があります。これは、すでに使用したことで胎児への影響が確定したという意味ではありません。「今後は使用しないこと」と「これまでの使用について評価すること」を別々に伝えると、患者が必要以上に悲観したり、反対に注意事項を軽視したりすることを防ぎやすくなります。
患者への説明例としては、「塗ったという事実だけでは赤ちゃんへの影響は判断できません。薬の成分、使用した時期、量や範囲を確認して評価します。今後も使うかどうかは、薬の注意事項と皮膚症状を踏まえて決めましょう」と伝える方法があります。薬剤が分からないまま「少量だから絶対に大丈夫」と保証せず、分かっている情報と、まだ確認が必要な情報を区別することが重要です。
反対に、添付文書の注意事項だけを読み上げて不安を強める対応も避けたいところです。外用ステロイドについては研究で先天異常の増加が確認されていないこと、アダパレンについては妊婦に禁忌である一方、偶発的使用後の評価には投与経路や使用状況の確認が必要であることなど、薬ごとの根拠を添えて説明します。安全性の説明は「安全か危険か」の二択ではなく、どの条件で何が分かっているかを伝える作業です。
母体の治療をどう続けるかも同時に検討します。湿疹などの症状に対して薬が必要な場合、妊娠を理由に治療そのものを放棄するのではなく、処方医と産科が連携して適切な薬剤や使用方法を選びます。厚生労働省も、妊娠中には疾患治療のために医薬品が必要になる場合があるとしています。患者の不安への対応と、母体の病状管理を切り離さないことが重要です。
成分や使用状況を確認しても評価が難しい場合、複数薬剤を使用している場合、説明後も患者の不安が強い場合には、妊娠と薬情報センターへの相談を検討します。同センターは国立成育医療研究センター内に設置され、妊娠中や妊娠を希望する女性の薬に関する相談に対応しています。全国47都道府県の拠点病院に「妊娠と薬外来」があり、地域の相談外来で相談を受けられます。
参考)妊娠と薬情報センター
相談の申し込みでは、Web問診システムを利用し、薬の名称・使用量が分かるお薬手帳などを準備するよう案内されています。医療従事者は、薬剤一覧だけでなく、外用薬の使用開始日と最終使用日、妊娠週数、塗布部位、使用回数、皮膚の状態を整理しておくと、相談時に情報を共有しやすくなります。申し込み方法や相談先は変更される可能性があるため、最新の公式案内を確認します。
国立成育医療研究センター:妊娠と薬の相談申し込み
専門相談は、主治医の治療を置き換えるものではなく、薬剤の安全性に関する情報整理や評価を通じて治療方針の決定を支援するものです。相談結果を処方医と産科で共有し、薬の継続・変更・中止、必要な胎児評価、通常の妊婦健診での経過観察を個別に検討します。NSAIDsのように妊娠時期に応じた確認が必要な薬と、外用ステロイドの局所使用を同じ管理方針にしないことが実務上のポイントです。
再発予防では、処方薬だけでなく、市販の痛み止め外用薬、家に残っている薬、他の医療機関で処方された薬も確認対象にします。薬局やドラッグストアで購入できる医薬品にも、妊娠中に使用できないものがあります。購入前や使用前に妊娠中であることを医師・薬剤師へ伝えるよう案内し、「市販品だから安全」「以前処方された薬だから今回も使える」という思い込みを避けます。
医療従事者が提供すべきなのは、根拠のない安心や、薬の名前だけに基づく過度な警告ではありません。薬剤を特定し、使用時期と曝露量を整理し、製品ごとの注意事項と妊娠中の研究データを照合したうえで、患者に説明できる判断へつなげることです。妊娠中に塗り薬を塗ってしまったという相談を、母体の治療と胎児への配慮を両立させる機会として扱うことが求められます。