

「耳脈打つ」「耳の中でドクドクする」「心臓の音が耳に響く」といった訴えでは、まず患者が音を聞いているのか、痛みや振動を感じているのかを分けて確認します。外部に音源がないのに心拍に一致した音を知覚する状態は、拍動性耳鳴を考える重要な手掛かりです。一般的な「キーン」「ジー」という非拍動性耳鳴とは評価の重点が異なり、血管やその周囲の構造に原因がないかを検討します。
参考)Imaging Pulsatile TInnitus
問診では、患者に手首の脈拍を感じてもらいながら「耳の音と脈のタイミングは一致しますか」と尋ねると、症状を具体化できます。「ドクドク」という擬音だけでは、心拍同期性があるとは限りません。規則的なクリック音であっても脈拍と一致しない場合は、口蓋ミオクローヌスなどによる非同期性のリズミカルな耳鳴も鑑別に入ります。NICEのガイドラインも、同期性と非同期性の拍動性耳鳴を区別して画像評価を提案しています。
参考)Recommendations
また、拍動性耳鳴と他覚的耳鳴は同じ意味ではありません。他覚的耳鳴は、患者の訴える音を診察者も検出できる状態を指します。したがって、診察時に音が聞こえなかったという理由だけで、患者が訴える拍動性耳鳴を否定することはできません。耳周囲や頸部の聴診は評価の一部ですが、聴診所見だけで結論を出さず、問診、耳鏡所見、聴力、必要な画像検査を組み合わせます。
初診時には、発症時期、片側か両側か、持続性か間欠性か、頭位や体位で変化するかを記録します。加えて、難聴、耳閉感、頭痛、視覚異常、めまい、神経症状の有無を確認します。医療従事者が重視すべきなのは、患者の表現を直ちに病名へ置き換えることではなく、音の性質と随伴症状を整理して、検査を担当する診療科に伝わる情報へ変換することです。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 動脈性・動静脈シャント性 | 頸動脈の狭窄、硬膜動静脈瘻、動静脈奇形などを鑑別する。 | 血管雑音や神経症状の有無を確認し、疑いに応じた血管画像評価を行う。 |
| 静脈性・頭蓋内圧関連 | 静脈洞の異常や特発性頭蓋内圧亢進症などを考える。 | 頭痛、視覚異常、複視、乳頭浮腫などの所見が重要になる。 |
| 中耳・側頭骨関連 | 中耳の液体貯留、グロムス腫瘍などの中耳病変、骨性異常を検討する。 | 耳鏡所見と聴力評価を踏まえ、側頭骨CTやMRIを選択する。 |
| 全身性・代謝性 | 貧血、甲状腺機能亢進症、血圧異常などを確認する。 | 病歴や身体所見に応じて血液検査、血圧測定を組み合わせる。 |
| 心拍に同期しないリズミカルな音 | 口蓋ミオクローヌスなど、心拍以外のリズムで生じる音を検討する。 | 患者の「脈打つ」という表現だけで血管性と断定しない。 |
上表は鑑別の方向性を示すものであり、単独の所見から原因を確定する基準ではありません。血管性疾患、頭蓋内圧関連疾患、中耳病変、全身性要因が、それぞれ拍動性耳鳴の原因となり得ることが報告されています。
頭痛や視覚異常を伴う症例では、頭蓋内圧亢進を考える視点も必要です。乳頭浮腫や複視などの評価を含め、耳だけに診察範囲を限定しないことが重要になります。また、中耳の液体貯留などによる伝音難聴でも拍動性耳鳴が生じ得るため、血管病変だけを探して耳の局所所見を見落とさないようにします。
「耳が脈打つ」という症状だけで、すべての患者を救急搬送する必要があるわけではありません。緊急性は、発症様式と随伴症状から判断します。NICEでは、耳鳴に突然の重要な神経症状、急性で制御困難な前庭症状、脳卒中が疑われる状況を伴う場合、直ちに紹介することを推奨しています。ここでいう「直ちに」は、数時間以内、必要であればさらに早い専門評価を意味します。
突然の難聴がある場合、患者が耳閉感や耳鳴を主訴としていても、聞こえの変化を明確に尋ねる必要があります。「耳が詰まるだけ」「脈打つ音が気になるだけ」という表現の中に、急な聴力低下が含まれていないかを確認します。紹介状には耳鳴の発症日だけでなく、難聴が始まった日と進行速度を記載すると、受診優先度の判断に役立ちます。
なお、NICEの24時間以内などの時間基準は英国の診療ガイドラインに基づくものです。日本での実際の紹介先や受診経路は、地域の救急体制と施設の対応能力に合わせます。記事や患者説明では、海外の推奨を国内の制度上の義務と混同せず、緊急性を考えるための臨床的な目安として示すことが適切です。
NICE:耳鳴の評価・紹介・画像検査に関する推奨
初期評価では、詳細な問診に加えて、耳鏡による中耳・鼓膜の観察、血圧測定、神経症状の確認、耳周囲や頸部の聴診を行います。拍動性耳鳴では、音の高さ、体位による変化、中耳腫瘤の有無などが画像検査の方向性を決める手掛かりになります。検査依頼時には「耳鳴の精査」とだけ記載せず、左右、心拍同期性、随伴症状、耳鏡所見を伝えることが重要です。
NICEは耳鳴のある患者に聴覚評価を行うことを推奨しており、中耳や耳管の機能異常、その他の伝音難聴が疑われる場合はティンパノメトリーを検討します。聴力検査は、難聴の有無を確認するだけでなく、中耳病変を疑うか、血管性原因を中心に評価するかを考える基礎情報になります。正常な聴力だけで拍動性耳鳴の原因を除外できるわけではありません。
画像検査について、NICEは拍動性耳鳴に画像評価を行うことを推奨しています。心拍に同期し、診察と聴覚評価が正常な場合には、頭頸部、側頭骨、内耳道を対象にしたMRAまたはMRIを検討します。MRIやMRAを受けられない場合には造影CTを検討し、骨性病変や中耳病変が疑われる場合は側頭骨の造影CTを考慮する、という整理です。
一方、放射線診療の観点では、動脈評価にはMRAやCTA、静脈評価にはMRVやCTVを組み合わせる考え方があります。MRI、MRA、CT、CTAは名称が似ていても観察する情報が同一ではありません。「MRIが正常だった」という結果を解釈する際には、血管を評価する撮像が含まれていたか、どの部位を対象にしたかを確認します。臨床像に応じて検査を選ぶことが重要で、すべての患者に一律の検査セットを適用するものではありません。
非侵襲的検査で原因が明確にならなくても、硬膜動静脈瘻などが強く疑われる場合には、専門医がカテーテルによる血管撮影を検討します。血管撮影は病変の詳しい構造把握に役立ちますが、侵襲を伴うため、単に耳が脈打つという理由だけで全例に実施する検査ではありません。初回画像が陰性でも、症状と検査内容の整合性を再評価することが必要です。
拍動性耳鳴の治療は、音の訴えそのものだけでなく、確認された原因に合わせて進めます。中耳病変、全身性疾患、血管病変では必要な治療が異なるため、「耳鳴の薬を処方して経過を見る」という対応だけでは不十分な場合があります。硬膜動静脈瘻などでは、病変の形態やリスクに応じて血管内治療、手術などの専門的な方針が検討されます。画像上の異常が見つかった場合も、それが症状の原因かを吟味する必要があります。
患者への説明では、「拍動性耳鳴は必ず危険」と不安をあおることも、「疲れやストレスだから心配ない」と検査前に断定することも避けます。説明例としては、「脈に合わせて聞こえる音は、耳の中の状態や血流などが関係することがあります。聞こえと耳の診察を確認し、必要に応じて画像で原因を調べます」と伝えられます。診療の見通しを示しながら、患者の不安や生活への影響を確認することが重要です。
原因検索と並行して、睡眠、仕事、集中力、心理的負担も評価します。NICEは耳鳴の生活の質への影響を尋ね、睡眠障害がある場合は必要に応じて評価尺度を使用することを提案しています。成人ではTinnitus Functional Indexを用いた影響評価も検討できます。症状の音量だけでは苦痛の程度を把握できないため、日常生活で何が困っているかを具体的に尋ねます。
難聴を伴う患者では、適応に応じて補聴器を検討します。また、耳鳴による苦痛が持続する場合は認知行動療法を含む心理的介入が選択肢になります。ただし、こうした耳鳴への支援は、拍動性耳鳴で必要な原因検索の代替ではありません。音響療法についても、NICEでは実臨床への推奨を示すだけの根拠が不足しており、確実に治る方法として説明しないことが大切です。
再診までの情報収集として、患者には音が生じた時間、左右、持続時間、体位、聞こえの変化、頭痛や視覚症状の有無を記録してもらうと、症状の整理に役立ちます。これは診断を自己判断させるためではなく、医療者が経過を把握するための補助です。問診で得られる体位変化や音の性質は、画像を評価する際にも重要な臨床情報となります。
医療従事者が「耳脈打つ」という訴えに対応するときの核心は、心拍同期性を確認し、緊急性のある随伴症状を先に評価し、耳・聴力・血管・全身状態の所見から検査を組み立てることです。原因が未確定であればその点を明確に伝え、紹介や再評価の計画を共有します。持続する拍動性耳鳴を漫然と経過観察せず、患者の苦痛への支援と原因検索を両立させる姿勢が求められます。