

薬による保湿を考える際は、最初に「乾燥を改善する治療」と「炎症を抑える治療」を区別します。保湿外用薬は皮膚の水分保持や保護を支える治療ですが、活動性の湿疹をすべて保湿だけで治療できるわけではありません。アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024では、抗炎症外用薬による炎症の制御と、保湿外用薬を用いたスキンケアを組み合わせる治療方針が示されています。医療従事者には、乾燥の程度だけでなく、紅斑、丘疹、掻破痕、滲出液などの炎症所見を評価する視点が求められます。
参考)https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/ADGL2024.pdf
皮膚の最外層にある角層は、角質細胞とその間を埋める角質細胞間脂質からなり、水分保持と外部刺激に対する防御に関わります。角質細胞間脂質の主成分にはセラミド、コレステロール、遊離脂肪酸があり、アトピー性皮膚炎では角層の異常によって水分を保持する機能が低下します。乾燥や掻破によるバリア障害と炎症は相互に関係するため、保湿は単に肌の見た目を整える処置ではなく、皮膚の状態を維持する治療の一部として位置づけられます。
一方、かゆみがあることだけを理由に、原因を乾燥と決めつけてはいけません。接触皮膚炎、疥癬、真菌感染症など、異なる対応を要する疾患が鑑別に挙がります。例えば、外用薬を塗った場所に一致する境界明瞭な湿疹や、特定部位だけ治りにくい皮疹では接触皮膚炎を考えます。保湿を続けても改善しないときには、薬剤の変更だけでなく診断そのものを見直すことが重要です。
日本皮膚科学会・日本アレルギー学会「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024」
保湿に用いる代表的な外用薬には、ヘパリン類似物質製剤、尿素製剤、白色ワセリンなどがあります。選択では成分名だけでなく、皮膚の炎症や損傷の有無、角化の程度、塗布範囲、基剤の使用感を確認します。アトピー性皮膚炎のスキンケアに関する考え方を、別の疾患や傷のある皮膚へ無条件に当てはめず、個々の製品の効能・効果と使用上の注意を照合することが基本です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| ヘパリン類似物質 | 角質水分保持増強作用を持ち、代表的な医療用製剤では皮脂欠乏症などに用います。 | 出血性血液疾患などの禁忌があり、潰瘍・びらん面への直接塗布を避けます。 |
| 尿素 | 保湿に加えて角質を軟らかくする作用があり、角化を伴う乾燥で選択肢となります。 | 炎症や亀裂のある部位では刺激を生じることがあり、潰瘍・びらん・傷面への直接塗擦を避けます。 |
| 白色ワセリン | 皮膚表面を覆うことによって水分の蒸散を抑える、保護を中心とした外用薬です。 | 水分を抱え込む成分とは働き方が異なるため、皮膚の状態や使用感も踏まえて選択します。 |
| 剤形・基剤 | 軟膏、クリーム、ローション、フォームなどから、部位や塗りやすさを考慮して選びます。 | 同じ有効成分でも使用方法が異なることがあるため、製品ごとに確認します。 |
ヘパリン類似物質製剤の代表例であるヒルドイドには、クリーム、ソフト軟膏、ローション、フォームがあります。電子添文では、皮脂欠乏症のほかにも複数の効能・効果が記載されていますが、保湿作用があることと、あらゆる皮膚症状に使用できることは同義ではありません。また、成分に関する実験的な抗炎症作用の記載を根拠に、湿疹に対する抗炎症外用薬の代替になると説明することは適切ではありません。
尿素製剤では「乾燥して硬い皮膚」と「炎症や亀裂を伴って痛い皮膚」を区別することが大切です。ケラチナミンコーワクリーム20%の添付文書情報では、使用部位に炎症や亀裂のある患者、皮膚刺激への感受性が亢進している患者では、ぴりぴり感などが生じるとされています。患者が刺激を訴えた際は、保湿効果を期待して我慢させるのではなく、患部の状態と製剤の適合性を再評価します。
外用指導では「適量を塗ってください」だけで終わらせず、どこに、どの程度、いつ塗るのかを具体化します。量の目安として知られるのがFTUです。口径約5mmのチューブから、成人の人差し指の先端から第一関節まで押し出した量が約0.5gで、成人の手のひら約2枚分の面積に塗る量に相当します。ただし、チューブの口径、基剤、皮膚の状態によって量は変わり、この目安をすべての製品に機械的に適用するものではありません。
ローションやフォームなどは、軟膏と同じ長さを出しても同じ重量にはなりません。剤形が変わったときは、以前と同じ感覚で使えると決めつけず、製品に応じた量の説明が必要です。ヒルドイドの電子添文でも、クリーム・ソフト軟膏とローション・フォームでは用法の表現が異なります。塗布量は面積と結びつけて説明し、処方された薬がどのくらいの期間でなくなる見込みかも共有すると、使用状況を確認しやすくなります。
参考)保湿剤の種類と使い方|薬局・薬店で相談できる皮…
回数の説明では、実際に続けられるかという点も重要です。アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024では、保湿外用について1日1回より朝・夕の2回のほうが保湿効果は高いとする知見が紹介されています。ただし、これは個々の製品の用法や患者の状態を無視して回数を固定する根拠ではありません。乾燥の程度、生活時間、介助の必要性などを踏まえ、処方意図に沿って実施可能な方法を患者と共有します。
保湿薬とステロイド外用薬を併用するときは、両者の役割を分けて説明します。保湿薬は乾燥した皮膚のケアに用い、ステロイド外用薬は診断された湿疹・皮膚炎の炎症を抑えるために使います。「保湿を増やせば炎症の薬を使わなくてよい」「ステロイドを使っている間は保湿しなくてよい」という二者択一の理解にならないようにすることが重要です。ガイドラインでも、炎症を制御する治療と保湿によるスキンケアの併用が示されています。
塗る順番について、日本皮膚科学会の一般向け解説では、まず医師から説明された順序を守り、特別な説明がない場合は一般に塗る面積の広いものから先に塗るとしています。保湿薬を広い範囲に塗り、その後にステロイド外用薬を湿疹の部分だけに塗る方法が例示されています。これは、先に塗ったステロイドが、後から広範囲に塗る保湿薬によって必要のない場所まで広がることを避ける考え方です。ただし、薬剤や病気によって順序が異なる場合があるため、すべての外用薬の組み合わせに共通する絶対的な規則として説明しないことが大切です。
参考)皮膚科領域の薬の使い方 Q4 - 皮膚科Q&A(公益社団法人…
日本皮膚科学会「皮膚科領域の薬の使い方:複数の塗り薬を使う場合」
炎症が改善した後も、治療計画を「薬をすべて中止すること」と同一視しないようにします。アトピー性皮膚炎では、再燃しやすい部位に抗炎症外用薬を間欠的に使用するプロアクティブ療法があり、抗炎症外用薬を使わない日も保湿によるスキンケアを継続します。どの薬を継続し、どの薬を減らすのかは病勢と治療計画によって異なります。患者には、見た目が改善した際の対応も含めて、薬剤ごとの使い分けを伝える必要があります。
保湿目的の外用薬であっても、禁忌や副作用の確認を省略してはいけません。ヒルドイドの電子添文では、血友病、血小板減少症、紫斑病などの出血性血液疾患の患者、および僅少な出血でも重大な結果を来すことが予想される患者が禁忌です。理由として血液凝固抑制作用による出血助長のおそれが挙げられています。また、潰瘍・びらん面への直接塗擦または塗布を避ける必要があります。「保湿薬だから傷にも使える」という一括した説明は避けるべきです。
同製剤では、皮膚炎、そう痒、発赤、発疹、潮紅、皮膚刺激感、投与部位の紫斑などが記載されています。妊婦または妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ使用するとされています。尿素製剤でも、ぴりぴり感、紅斑、そう痒感、疼痛などが報告されています。外用後に症状が悪化した場合は、原疾患の悪化と薬剤による反応を区別するため、使用開始時期、塗布部位、出現までの時間を確認します。
PMDA「ヒルドイド」電子添文・患者向け情報
保湿で改善しないときは、まず塗布量や回数、塗り残し、実際の使用状況を確認し、そのうえで炎症治療の不足や診断の見直しを検討します。アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024でも、寛解に導入できない場合には外用療法の適正化と、診断・重症度の再確認が必要とされています。単に「保湿力の強い薬へ変更する」という対応だけでは、接触皮膚炎や感染症など別の問題を見逃す可能性があります。
医療従事者が保湿薬を扱う際の核心は、製品名の比較だけで判断せず、皮膚所見、薬剤の特徴、外用方法、治療反応を一続きで評価することです。患者には「乾燥した部分に使う薬」「炎症の部分に使う薬」「使わないほうがよい部位」を区別して伝えます。本記事は診療ガイドラインと添付文書情報をもとにした一般的な整理であり、個々の処方・使用判断では、対象製品の最新の電子添文と患者の状態を確認する必要があります。

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