

「抗生物質」は日常診療で広く使われる表現ですが、医療現場では合成抗菌薬を含めて「抗菌薬」または「抗微生物薬」と呼ぶことがあります。抗菌薬は、細菌が原因となる感染症の治療を目的とする処方薬です。細菌の細胞壁合成、タンパク合成、核酸合成などを阻害し、細菌の増殖を抑える、あるいは死滅させることで治療効果を発揮します。
一方、かぜ症候群、インフルエンザ、ウイルス性胃腸炎など、主としてウイルスが原因の病態に抗菌薬は効果を示しません。抗菌薬を処方しないことは「治療をしない」ことではなく、病態に応じた対症療法、重症化徴候の説明、再受診基準の共有、必要時の検査および経過観察を組み合わせる診療判断です。国立健康危機管理研究機構のAMR臨床リファレンスセンターも、抗菌薬は細菌感染症を治療する薬であり、細菌と構造が異なるウイルスには効果がないと説明しています。
参考)かしこく治して、明日につなぐ~抗菌薬を上手に使って薬剤耐性(…
処方薬としての抗菌薬には、ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系、マクロライド系、ニューキノロン系、アミノグリコシド系、テトラサイクリン系、グリコペプチド系などがあります。しかし、「広い抗菌スペクトラムを持つ薬ほど常によい」という考え方は適切ではありません。想定される起炎菌、感染巣への移行性、患者の重症度、アレルギー歴、腎・肝機能、妊娠・授乳の状況、併用薬、地域や施設の耐性状況を踏まえ、必要十分な薬剤を選択することが重要です。
厚生労働省は、不必要使用を「抗微生物薬が必要でない病態において使用されている状態」、不適切使用を「投与すべき病態であるにもかかわらず、薬剤選択、使用量、使用期間が標準的治療から逸脱している状態」と整理しています。処方の適正化は、投与の有無だけでなく、処方内容全体を評価する取組です。
抗菌薬の処方を検討する際は、まず「細菌感染症として治療介入が必要か」を評価します。感染症診療では、発熱の有無だけで細菌感染を診断することはできません。病歴、発症経過、バイタルサイン、局所所見、全身状態、基礎疾患、免疫状態、重症化リスクを統合して判断します。必要に応じて、血液検査、尿検査、迅速検査、画像検査、培養検査および薬剤感受性試験を組み合わせます。
特に重症感染症、入院患者、免疫不全患者、反復感染患者、既治療で改善しない患者、耐性菌リスクが高い患者では、抗菌薬投与前に可能な範囲で適切な検体を採取する意義が大きくなります。血液培養、尿培養、喀痰培養、創部・膿汁培養などは、起炎菌の推定・同定と感受性に基づく治療最適化につながります。ただし、検査のために重症患者への初回投与が不当に遅れることは避けるべきであり、敗血症など緊急性が高い病態では、検体採取と初期治療を迅速に両立させる必要があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 感染症の種類 | 感染巣、経過、局所所見、全身症状から細菌感染の蓋然性を評価する | ウイルス性疾患では抗菌薬は原則不要 |
| 重症度 | バイタル、意識、呼吸状態、循環動態、臓器障害を確認する | 重症例では初期治療の遅延を避ける |
| 微生物学的検査 | 培養・感受性試験を適切な検体とタイミングで実施する | 結果は狭域化・中止・治療変更に活用 |
| 患者背景 | 年齢、体重、腎肝機能、妊娠、アレルギー、既往、併用薬を確認する | 用量調整と有害事象予防に直結 |
| 耐性菌リスク | 最近の抗菌薬歴、入院歴、医療・介護関連曝露、既往培養結果を確認する | 施設アンチバイオグラムも参照する |
診断過程では、炎症反応の数値のみを抗菌薬処方の根拠にしないことも大切です。CRPや白血球数は炎症の補助指標であり、感染巣、病態、患者経過と切り離して解釈すべきではありません。細菌感染の可能性が低く、全身状態が安定している場合には、対症療法と安全なフォローアップを提示することが、不要な処方を減らしつつ患者の安心にもつながります。
厚生労働省:薬剤耐性(AMR)対策・抗微生物薬適正使用の手引き
抗菌薬を処方すると判断した後は、経験的治療と標的治療を区別して設計します。経験的治療では、感染巣、想定起炎菌、重症度、院内外の耐性状況、患者背景をもとに初期薬を選択します。培養・感受性結果が判明した後は、実際の原因菌と感受性、患者の臨床反応を再確認し、不要な抗菌薬の中止、より狭域の薬剤への変更、併用の整理、経口薬への切替を検討します。
薬剤選択と同時に、投与量、投与間隔、投与経路、投与期間を個別に決めます。腎排泄型の薬剤では推算腎機能に応じた用量・間隔調整が必要となる場合があり、透析患者では透析の種類や施行タイミングも処方設計に影響します。肥満、低体重、高齢、低アルブミン血症、重症敗血症、体液量変化なども薬物動態に影響し得るため、画一的な処方ではなく、電子添文、院内採用薬の投与設計基準、感染症専門医・薬剤師の助言を活用します。
抗菌薬の適正使用では、適切な薬剤を選ぶだけでは足りません。AMR臨床リファレンスセンターは、適切な抗菌薬を、適切な量、適切な期間、適切な投与ルートで使用することを重要な要素として示しています。投与開始時に治療終了の見通しを持ち、漫然投与を防ぐ設計が求められます。
参考)抗菌薬の適正使用について
個別製剤の禁忌、慎重投与、副作用、相互作用、用法・用量、腎機能障害時の注意は薬剤ごとに異なります。処方前と処方変更時には、最新の電子添文を確認してください。PMDAは、販売名や成分名から医療用医薬品の添付文書などを検索できる情報提供ページを公開しています。
参考)医療用医薬品 添付文書等情報検索
PMDA:医療用医薬品 添付文書等情報検索
抗菌薬適正使用を実務に定着させるうえで重要なのが、投与開始後48~72時間を目安とする抗菌薬タイムアウトです。この時点では、培養検査の中間・最終結果、バイタルサイン、症状、炎症所見、画像所見、臓器機能、有害事象、感染源コントロールの状況を確認し、当初の仮説と治療内容を見直します。
再評価の結論は「継続」だけではありません。細菌感染症の可能性が低下した、別診断が有力になった、感染巣が除去・ドレナージされた、十分な治療反応を得たなどの場合には中止を検討します。培養により感受性のある菌が同定され、より狭いスペクトラムの薬剤で治療可能となった場合は、de-escalation(デエスカレーション)を検討します。注射薬が不要となれば、経口治療への切替も患者の負担、静脈路合併症、医療資源の面から有用です。
治療に反応しない場合は、単純に広域薬へ変更・追加する前に、診断の妥当性、感染巣コントロールの不足、膿瘍や閉塞の有無、非感染性疾患、薬剤曝露量不足、服薬・投与の実施状況、耐性菌、深在性感染症などを再検討します。たとえば、閉塞を伴う尿路感染症、膿瘍、感染デバイスなどでは、抗菌薬の追加だけでは改善が不十分となることがあり、ドレナージ、デバイス抜去、外科的介入などの感染源コントロールが治療の中心となる場合があります。
厚生労働省の2026年公表の「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版」は、外来編、入院編、薬剤耐性菌感染症の抗菌薬適正使用編などを公開しています。新規β-ラクタム系抗菌薬など、専門的な選択が必要な場面では、抗菌薬適正使用支援チームや感染症専門医への相談が推奨されています。
抗菌薬処方では、患者への説明を治療安全性の一部として位置付けます。患者が「抗菌薬は発熱や咳に常に必要な薬」と理解していると、不要な処方要求や自己判断による服薬につながるおそれがあります。細菌感染症が疑われる理由、抗菌薬を使用する目的、期待できる効果、治療期間、服用・投与方法、見直しの予定、再診すべき症状を具体的に共有することが重要です。
また、下痢、悪心、発疹などの比較的よくみられる症状に加え、薬剤ごとに注意すべき重篤な有害事象を説明し、出現時の連絡先・受診基準を明確にします。重度の下痢、血便、発熱を伴う下痢、全身性の発疹、粘膜症状、呼吸困難、顔面腫脹、意識障害などは、早急な評価を要する可能性があります。患者自身が残薬を保管し、後日に自己判断で服用したり、家族に譲渡したりしないよう伝えることも必要です。
薬剤耐性は、抗菌薬が必要な場合に適切に使用しても起こり得る公衆衛生上の課題ですが、不必要使用や不適切使用はそのリスクを高めます。厚生労働省は、必要な場合に限り、適切な薬剤を適切な量と期間で使用することをAMR対策の基本として示しています。処方医、薬剤師、看護師、臨床検査技師、感染管理担当者が情報を共有し、患者も治療目的を理解することで、治療効果と将来の抗菌薬有効性を両立させる処方につながります。
医療機関では、院内アンチバイオグラム、採用抗菌薬、診療科別の処方傾向、培養提出率、de-escalation実施率、治療期間などを定期的に確認し、フィードバックする仕組みが有効です。AMR臨床リファレンスセンターは、前向き監視とフィードバック、院内採用抗菌薬の整備、de-escalation、ガイドラインやクリニカルパスの見直しを、施設の状況に合わせて取り組める適正使用支援策として紹介しています。