

子どもの抜毛症は、頭髪や眉毛、まつ毛などを繰り返し抜き、その結果として脱毛が生じる疾患です。DSM-5-TRでは強迫症および関連症群に位置づけられます。髪を触る、毛先をいじるといった行動だけで直ちに診断するものではなく、抜毛を減らそうとする試みや、本人の苦痛、生活機能への影響を含めて評価します。外見上の脱毛が目立たなくても、広い範囲から少しずつ抜いている場合や、髪形で隠している場合があります。
参考)Trichotillomania - Psychiatry …
発症は思春期前後に多いとされますが、より幼い子どもにも抜毛行動は認められます。医療従事者が注意したいのは、成人を対象とした有病率や治療研究を、そのまま小児全体に当てはめないことです。小児の疫学研究には限界があり、就学前の子どもと青年期の患者では、行動への気づきや、衝動を言葉にする能力、治療への参加方法が異なります。
抜毛の様式は、本人の自覚が乏しい「自動的な抜毛」と、衝動や感情、毛の感触などを意識しながら行う「意識的な抜毛」に分けて捉えると、問診と治療計画に役立ちます。自動的な抜毛では、座って過ごす時間などに手が髪へ向かっていても、本人が十分に気づいていないことがあります。意識的な抜毛では、特定の毛を探す、抜いた毛を指で丸めるなどの行動を伴うことがあります。
DSM-5-TRに基づく診断では、抜毛による脱毛、抜毛を減らす・やめる試み、臨床的に意味のある苦痛または機能障害を確認し、身体疾患や別の精神疾患でより適切に説明されないことを確かめます。「五つの項目のうち三つに当てはまれば診断できる」という単純なチェック方式ではありません。特に、皮膚疾患による脱毛の除外と、他の精神疾患との鑑別を省略しないことが重要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 反復する抜毛 | 自分の毛を繰り返し抜き、脱毛が生じている。 | 頭髪だけでなく、眉毛やまつ毛も確認する。 |
| 減らす・やめる試み | 抜毛を減らす、または中止しようとする試みを繰り返している。 | 本人の言葉と保護者の情報を、発達段階に応じて整理する。 |
| 苦痛・機能障害 | 抜毛に関連した強い苦痛、または重要な生活領域の支障がある。 | 学校生活、対人関係、脱毛を隠す行動なども評価する。 |
| 身体疾患の除外 | 脱毛や抜毛が、皮膚疾患などによって説明されない。 | 診察所見に応じて、皮膚科評価や検査を検討する。 |
| 他の精神疾患の除外 | 別の精神疾患の症状として、より適切に説明されない。 | 外見への強い懸念に基づく身体醜形症などと鑑別する。 |
上表は診断の骨格を整理したものであり、自己診断用の点数表ではありません。また、抜く直前の緊張や、抜いた後の満足感は見られることがありますが、それらの存在だけで診断を決めることはできません。脱毛の診察と精神医学的評価を組み合わせ、症状の経過と生活への影響を確認します。
初診では、発症時期、抜く部位、抜毛する時間帯や場面、本人が気づいている程度、減らそうとした方法を具体的に尋ねます。さらに、抜いた毛を噛む・口に入れる・飲み込む行動、皮膚の傷や感染、爪かみや皮膚むしり、不安や抑うつなどの併存症状を確認します。重症度は脱毛面積だけで判断せず、抜毛に費やす時間、苦痛、学校や家庭への影響を含めて評価する必要があります。
子どもの抜毛症では、習慣逆転法(Habit Reversal Training:HRT)を含む認知行動療法が、治療の中心となります。HRTは単に「我慢する練習」ではありません。抜毛の前触れや実際の行動に気づき、抜毛と両立しない行動へ切り替える技能を学ぶ方法です。実際の診療では、抜毛が起こりやすい環境を調整する刺激統制も組み合わせます。
これらの要素は、年齢、本人の自覚、抜毛の様式に応じて組み合わせます。幼い子どもに詳細な自己記録や感情の説明を求めすぎると、治療への参加が難しくなることがあります。自動的な抜毛では気づきと環境調整を重視し、感情に関連する抜毛では感情への対処も併せて検討します。具体的な代替動作は、苦痛を与えず、日常生活で続けられるものを治療者と選びます。
小児における効果を示した研究として、2017年のランダム化比較試験があります。7~17歳の40人を対象に、週1回、計8回のHRTと通常治療を比較したところ、臨床全般改善度による治療反応者は、HRT群で21人中16人(76%)、通常治療群で19人中4人(21%)でした。この結果はHRTの有効性を支持しますが、「76%が完全に治癒した」という意味ではありません。小規模な試験であり、すべての年齢や診療環境で同じ結果が得られると保証するものでもありません。
参考)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
実践例として、宿題中に手が髪へ向かいやすい子どもなら、まずその前触れを一緒に確認し、手を軽く握るなどの競合反応を練習する計画が考えられます。これは一律の処方ではなく、HRTの考え方を示す例です。医療従事者は「抜かなかったか」だけでなく、「気づけたか」「切り替えられたか」「本人の苦痛が減ったか」を評価し、実行しづらい課題は修正します。
薬物療法を検討するときは、成人の研究結果と小児の研究結果を明確に分ける必要があります。成人で有効性が示された薬剤や成分であっても、子どもの抜毛症に同じ効果があるとは限りません。行動療法を基本に据え、薬剤を検討する場合には、抜毛そのものへの介入なのか、併存する不安や抑うつなどへの介入なのかを整理して説明します。
N-アセチルシステイン(NAC)は、その違いを示す代表的な例です。2013年に報告された、8~17歳の39人を対象とする12週間の二重盲検プラセボ対照追加投与試験では、主要評価項目と副次評価項目のいずれでも、NAC群とプラセボ群の有意差は認められませんでした。治療反応者はNAC群25%、プラセボ群21%であり、この試験から小児への有効性は示されていません。
参考)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
したがって、「サプリメントだから安全」「成人で効いたから子どもにも試せる」といった説明は避けるべきです。小児における薬物療法のエビデンスは限られており、個別に利益と有害事象を検討する必要があります。抗うつ薬や抗精神病薬などについても、成人の報告を根拠に小児の標準治療として一律に勧めることはできません。併存症の治療と、抜毛行動に対する治療効果を分けて評価する姿勢が重要です。
身体合併症で特に確認すべきなのが食毛です。抜いた毛を口に入れる、噛む、飲み込むといった行動があり、飲み込んだ毛が消化管内で塊になると、毛球症を生じることがあります。毛球は消化管閉塞や穿孔などを引き起こし、外科的な除去が必要になる場合があります。食毛の有無は、脱毛の程度が軽く見える患者でも確認してください。
食毛がある子どもに腹痛、嘔吐、少量での満腹感などの消化器症状がみられる場合は、心理的な問題としてのみ扱わず、身体診察と必要な検査につなげます。症状が強い場合には、通常の心理療法の予約を待つのではなく、急性の身体疾患として評価する必要があります。問診では、責める口調を避け、「毛を口に入れたり、飲み込んだりすることはあるかな」と具体的に尋ねると、確認したい行動が伝わりやすくなります。
家族への説明では、抜毛症を「しつけが足りない」「本人の意思が弱い」という問題に置き換えないことが出発点です。本人は抜毛をやめようとしてもうまくいかず、脱毛や行動を恥ずかしいと感じていることがあります。家族の注意や口論が増えると、隠す行動や家族の負担が強まり、症状を支える悪循環につながる可能性があります。診療では本人と保護者の双方の困りごとを聞き、共同で行動の仕組みを理解します。
相談先は、皮膚科、小児科、児童精神科などを症状に応じて組み合わせます。脱毛の原因が明確でなければ身体的原因の評価を行い、抜毛の反復と生活上の支障がある場合には、抜毛症の評価と行動療法に対応できる専門家につなぎます。HRTは名称を説明するだけで成立する治療ではないため、実施経験のある治療者との連携が重要です。紹介時には、抜毛する場面、食毛の有無、身体症状、学校生活への影響を整理すると、評価につながりやすくなります。
参考)https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/trichotillomania/diagnosis-treatment/drc-20355193
継続診療では、毛が生えたかどうかだけを成果指標にせず、抜毛の頻度や時間、衝動への対処、本人の苦痛、家庭内の衝突、学校生活への支障を追います。症状には増減があるため、一時的に抜毛が増えたことを治療失敗や本人の怠慢と決めつけず、きっかけと技能の使い方を再評価します。最終的には、子どもが自分の行動を理解して対処する技能を身につけ、脱毛への不安に生活を制限されにくくなることを目指します。