

肩を壁、床、家具、スポーツ中の接触などで強く打った後に腕が上がらない場合、「打撲だから数日で治る」と自己判断することは適切ではありません。打撲は皮下組織、筋肉、骨膜などの損傷によって痛み、腫れ、皮下出血を起こす外傷ですが、肩は鎖骨、肩甲骨、上腕骨、関節唇、腱板、神経、血管などが密接に関係する部位です。外観上は目立つ変形がなくても、肩関節の動きや腕を支える組織が損傷していることがあります。
特に確認すべきなのは、痛みによって本人が腕を動かせない「自動挙上困難」なのか、反対の手で支えるなどして他動的に上げても動かない「他動可動域制限」なのかという点です。前者では腱板損傷、筋損傷、痛みによる防御性収縮などが候補となり、後者では脱臼、骨折、関節内損傷、著明な腫脹などを含めて評価します。ただし、患者自身が状態を正確に切り分けることは困難であり、外傷後に明らかな挙上障害がある場合は整形外科での診察が基本となります。
転倒して手をついた、肩から直接落ちた、交通事故やスポーツで強い衝突を受けた場合には、上腕骨近位端骨折、鎖骨骨折、肩鎖関節損傷、肩関節脱臼などを考慮します。高齢者、骨粗鬆症のある人、抗凝固薬や抗血小板薬を使用している人では、比較的軽い転倒でも骨折や広範な皮下出血が起きることがあります。
また、40歳代以降では、外傷を契機として腱板損傷・腱板断裂が顕在化することがあります。腱板は肩関節を安定させ、腕を上げる動作に関与する腱の集合です。外傷性の損傷では、腕を上げようとしても力が入りにくい、途中で急に落ちる、夜間痛が強い、特定の方向で鋭い痛みが走るといった症状がみられることがあります。日本整形外科学会も、腱板断裂の診察では挙上の可否、拘縮、軋轢音、筋萎縮などを確認し、必要に応じてX線やMRIで評価するとしています。
参考)「肩腱&#x677…
肩の打撲後に腕が上がらない場合、全例が救急車を必要とするわけではありません。しかし、骨折、脱臼、血管損傷、神経損傷、重度の軟部組織損傷を示唆する所見があるときは、通常の様子見をせず、救急医療機関または整形外科を早急に受診する必要があります。特に受傷直後から腕をほとんど動かせない場合、時間の経過を待って無理に可動域を確認することは避けます。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 明らかな変形 | 肩の形が左右で大きく異なる、骨の突出、鎖骨部の段差がある | 脱臼、骨折、肩鎖関節損傷を疑う |
| 激しい疼痛 | 安静でも強く痛む、軽く触れただけで耐え難い痛みがある | 骨折、脱臼、関節内損傷などを考慮する |
| 神経症状 | 手指や腕のしびれ、感覚低下、手指を動かしにくい | 神経損傷や強い腫脹による圧迫を否定できない |
| 血流異常 | 手が白い、紫色、冷たい、左右で脈や色が明らかに異なる | 血管障害の可能性があり救急評価が必要 |
| 挙上不能 | 受傷後から腕をほぼ上げられない、支えても痛みが強い | 当日から早期の整形外科受診を検討する |
| 広範な腫脹・内出血 | 腫れが急速に増える、肩から上腕に広く紫斑が広がる | 骨折、筋損傷、出血傾向にも注意する |
手や指の強いしびれ、運動麻痺、冷感、蒼白・紫色への変化、出血が止まりにくい傷、著しい変形を伴うときは、神経・血管の障害や重い骨関節損傷が疑われます。このような状態では、一般外来の予約を待たず、救急受診を優先する判断が重要です。転倒後の肩痛と挙上困難についても、強い痛み、しびれ、手の血流異常、開放創などは救急対応を要する所見として案内されています。
参考)転んで肩を打った・腕が上がらない|骨折?整形外科を受診する目…
一方、変形やしびれがなくても、翌日以降も腕を肩の高さまで上げられない、夜間に痛みで眠れない、痛みがむしろ増悪する、数日たっても日常生活動作が改善しない場合は、早めに整形外科を受診します。衣服の着脱、洗髪、物を棚に上げる動作などで強く痛むことも、診察時に伝えるべき重要な情報です。
受傷直後は、損傷部位を保護し、二次的な悪化を避けることが優先です。痛む側の腕を無理に上げたり、肩を回したり、誰かに引っ張ってもらったりする行為は避けてください。脱臼や骨折がある場合に自己流で戻そうとすると、骨、神経、血管、腱などへの損傷を悪化させるおそれがあります。肩関節は構造が複雑であり、外見だけで脱臼や骨折の有無を確定することはできません。
初期対応としては、楽な姿勢で安静を保ち、氷のうや保冷材を布で包んで短時間ずつ患部に当てます。冷却は痛みや腫れを軽減するための応急処置であり、損傷そのものを診断・治療するものではありません。冷却材を皮膚へ直接当て続けると凍傷の危険があるため、必ず布越しに使用し、皮膚の色や感覚を確認します。包帯や三角巾で支える場合も、手指のしびれ、冷感、色の変化、締め付け感が出たら速やかに緩めます。
外傷に対するRICEは、Rest(安静)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)を指す基本的な応急対応です。ただし肩は、下肢や手関節のように一律に圧迫・挙上すればよい部位ではなく、強い圧迫や不適切な固定はかえって苦痛や循環障害を招く可能性があります。肩の外傷では、痛みの少ない肢位で保護し、診断を受けるまで無理な運動を避けることが重要です。RICEは治療の代替ではなく、骨折・脱臼の可能性も考慮して応急手当後に受診する必要があります。
参考)知っておきたい応急手当
スポーツ安全協会:スポーツ事故対応ハンドブック
整形外科では、受傷状況、受傷時の腕の位置、直接打撲か転倒か、痛みの部位、しびれの有無、既往歴、利き手、仕事やスポーツで必要となる動作などを確認します。診察では、肩の輪郭、腫脹、皮下出血、圧痛部位、鎖骨の段差、肩鎖関節部の痛み、上腕骨近位部の痛み、末梢循環、手指の運動・感覚などを評価します。
画像検査では、骨折や脱臼の確認を目的として、まず単純X線検査が行われることがあります。X線で明らかな骨折がなくても、症状や診察所見によっては、腱板、関節唇、靱帯、筋肉、骨挫傷などの評価のため、超音波検査、MRI、CTなどが検討されます。腱板断裂ではMRIで断裂所見が確認されることがあり、超音波検査を用いることで外来で早期評価できる場合もあります。
参考)肩腱板断裂の診断と治療 - 整形外科 - 受診案内 - 聖路…
肩の自動挙上が困難でも、疼痛が強いために筋力を発揮できない場合と、腱板や神経の損傷により実際に力が入らない場合があります。そのため、痛みが強い急性期に単一の徒手検査だけで断定することは適切ではありません。疼痛管理、経過観察、画像評価を組み合わせ、必要に応じて再診時に可動域と筋力を再評価します。
とくに外傷後の急性腱板断裂が疑われる場合、単なる肩こりや五十肩とみなして長期間放置すると、腱の退縮、脂肪変性、筋萎縮が進み、治療方針に影響する可能性があります。中年以降では加齢性変化を背景にした腱板断裂も存在しますが、転倒や衝突を契機に急に腕が上がらなくなった場合には、受傷前の肩機能と比較して評価することが重要です。日本整形外科学会は、外傷を契機とする腱板断裂では急性期に三角巾で1~2週の安静を行うことがあると説明していますが、安静期間やリハビリテーション開始時期は損傷の種類と重症度によって異なります。
肩の打撲後は、痛みが落ち着き始めた時点で自己判断による強いストレッチや筋力トレーニングを始めないことが重要です。骨折、脱臼、腱板損傷、肩鎖関節損傷などがある場合、開始時期や負荷量を誤ると痛みが長引いたり、再損傷を起こしたりするおそれがあります。反対に、医師から許可された範囲を超えて長く動かさないことも、肩関節の拘縮や筋力低下につながるため、診断後は個別の指示に沿って段階的に動かします。
患者へ説明する際は、「打撲だから大丈夫」と「必ず重症である」の二択で伝えるのではなく、外傷後の挙上困難には複数の原因があり、診察と必要な画像検査で見極める必要があることをわかりやすく共有します。痛みの程度、腫れの変化、しびれや手の色の変化、夜間痛、日常生活への支障を記録してもらうと、再診時の評価に役立ちます。
受診後に患者が注意すべき変化としては、痛みの急激な増悪、腫れや皮下出血の拡大、発熱、創部からの出血、手指のしびれや脱力、冷感、皮膚色の変化などがあります。これらが出現した場合は、次回予約を待たずに医療機関へ連絡または受診するよう伝えます。とくに抗凝固薬を服用中の人、高齢者、糖尿病や免疫低下状態にある人、仕事上で肩を酷使する人では、経過の見通しを個別に確認する必要があります。
肩を打撲して腕が上がらない症状は、軽度の軟部組織損傷でも起こり得ますが、骨折、脱臼、腱板損傷などを除外する前に無理な運動や自己流の矯正を行うべきではありません。明らかな挙上不能、強い痛み、変形、しびれ、冷感・変色があれば緊急度を高く考え、迅速に整形外科または救急医療機関で評価を受けることが安全な対応です。