

「腹斜筋痛い」という検索語や患者の表現は、診断名ではなく、側腹部や脇腹の痛みを本人が筋肉由来と捉えている状態を示します。医療従事者は、最初から腹斜筋の損傷と決めつけず、疼痛部位、発症状況、随伴症状を確認する必要があります。腹壁由来の痛みには筋損傷、神経絞扼、ヘルニア、血腫などが含まれ、腹腔内や胸腔内の病変、胸椎由来の神経症状も鑑別対象になります。
参考)https://www.aafp.org/afp/2018/1001/p429
側腹壁は表層から外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の順に構成されます。外腹斜筋と内腹斜筋は体幹の回旋などに関与し、投球やスイングのような動作で負荷を受けます。したがって、野球、テニス、ゴルフなどの動作中に側腹部の痛みが急に発生した場合には、腹斜筋損傷を考える合理性があります。ただし、痛む位置だけから外腹斜筋と内腹斜筋を正確に区別することは難しく、病歴と診察を組み合わせて評価します。
問診では「いつから痛いか」に加えて、「どの動作の途中で始まったか」「それ以前に運動量や仕事内容が変わったか」を具体化します。急な回旋や過伸張に続く痛み、同じ動作で再現される疼痛、局所の圧痛は筋損傷を支持します。一方、腹壁痛全般でも、持ち上げる、曲げる、笑う、いきむ、ひねるといった動作で痛みが誘発されます。動作時痛があることと、腹斜筋損傷が確定することは同義ではありません。
食事や排便との関連、悪心・嘔吐、発熱、食欲低下、排尿痛、血尿、不正性器出血なども確認します。腹部手術歴は術後の神経絞扼や瘢痕部ヘルニアを考える手掛かりとなり、抗凝固薬の使用、外傷、強い咳は腹壁血腫の評価に関係します。「運動したから筋肉痛だろう」という説明だけで問診を終えず、筋骨格系以外の原因を示す情報がないかを並行して拾うことが重要です。
American Family Physician:腹壁痛の評価・鑑別診断・治療
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 腹斜筋を含む腹壁筋損傷 | 回旋・投球・スイングなどとの時間的関連、側腹部の圧痛、負荷による痛みの再現。 | 腫脹や皮下出血を伴う場合があり、受傷機転と機能障害を確認します。 |
| 前皮神経絞扼症候群(ACNES) | 腹直筋外側縁付近の小さな圧痛点、腹筋緊張や姿勢変化による痛みの増悪。 | 腹斜筋そのものの損傷とは異なり、腹壁を通る神経の絞扼が原因です。 |
| 腹壁ヘルニア | 局所の膨隆、腹圧や姿勢による変化、腹壁の弱い部位や手術瘢痕との関連。 | 明らかな膨隆がなくても否定できず、動的な超音波評価が役立つ場合があります。 |
| 腹直筋鞘血腫などの腹壁血腫 | 外傷、処置、抗凝固療法、咳などの背景と、疼痛・腫瘤・貧血所見。 | 腹斜筋損傷とは区別し、出血の程度と循環動態を評価します。 |
| 帯状疱疹・神経根症 | 皮膚分節に沿う痛み、知覚過敏、感覚異常、背部症状など。 | 帯状疱疹では水疱が出る前に痛みや知覚過敏が現れることがあります。 |
| 胆嚢炎・虫垂炎・憩室炎など | 疼痛部位、発熱、食欲低下、悪心、排便変化、腹膜刺激徴候を総合します。 | 動作で痛むことだけを理由に腹腔内疾患を除外してはいけません。 |
| 尿路結石・尿路感染症など | 側腹部痛、放散痛、排尿症状、発熱、尿所見などを確認します。 | 血尿を認めない尿路結石もあるため、尿所見だけで除外しません。 |
腹壁痛のレビューでは、神経絞扼、ヘルニア、術後・処置後の問題が主要な原因として挙げられています。なかでもACNESは見逃されやすく、腹直筋の外側縁付近に限局した小さな圧痛点がある場合に検討します。一方、側腹部の痛みを訴える患者では、胆道系、尿路、腸管、婦人科領域、呼吸器などの原因も病歴に応じて考える必要があります。上表の鑑別所見は腹壁痛と急性腹痛のレビューに基づく整理です。
たとえば、投球中に脇腹が痛くなり、体幹回旋で疼痛が再現される患者では筋損傷が候補になります。しかし、同時に発熱や排尿痛があれば、運動歴だけでは説明できません。また、抗凝固薬を服用している患者が強い咳の後に局所痛を訴え、腫瘤や貧血所見を認める場合には、血腫の可能性を評価します。同じ「腹斜筋が痛い」という訴えでも、背景によって必要な検査と対応は変わります。
診察の入り口では、腹斜筋の触診よりも全身状態とバイタルサインの確認を優先します。血行動態の不安定、腹膜炎を疑う所見、診察所見に比して著しく強い痛みは、緊急の評価や処置が必要となる可能性を示します。特に高齢者や免疫抑制状態の患者では典型的な所見が目立たないことがあり、発熱や筋性防御がないという理由だけで重篤な疾患を除外しない姿勢が必要です。
参考)https://www.aafp.org/afp/2023/0600/acute-abdominal-pain-adults
全身状態が安定し、腹壁由来の痛みが疑われる場合には、圧痛点を確認したうえでCarnett徴候を評価します。患者を仰臥位にし、腹筋を弛緩させた状態で最大圧痛点を同定します。その部位に圧を保ちながら頭部と肩を持ち上げてもらい、腹筋が緊張した際の痛みの変化を確認します。圧痛が変わらない、または増強する場合は陽性で、腹壁由来の疼痛を支持します。反対に軽減する場合は、内臓由来を示唆します。
重要なのは、Carnett徴候が腹斜筋損傷の確定検査ではないことです。神経絞扼や血腫など、別の腹壁病変でも陽性となり得ます。さらに、急性腹腔内疾患を除外できるほどの精度はありません。陽性であっても、発症経過、バイタルサイン、随伴症状、腹膜刺激徴候を踏まえて検査の必要性を判断します。「陽性だから内臓の病気ではない」と患者へ説明することは避けるべきです。
局所診察では、圧痛の範囲と深さ、腫瘤、膨隆、手術瘢痕、皮下出血、皮疹、感覚異常を確認します。筋力や動作の評価は患者が耐えられる範囲で行い、強い疼痛を反復して誘発することを目的にしません。皮膚分節に沿った知覚変化や胸背部症状があれば神経系の評価を加えます。患者向けには、Carnett徴候を自分で繰り返し試して受診の要否を判断するのではなく、診療の一部として評価する所見であると伝えます。
American Family Physician:成人の急性腹痛の評価と診断
「腹斜筋痛い」という訴えに対して、すべての患者へ同じ検査を行う必要はありません。腹壁痛が疑われるとき、超音波検査は腫瘤、血腫、膿瘍、組織の浮腫などの評価に役立ちます。ヘルニアでは動的な観察が可能であり、腹壁病変を疑う際の有用な選択肢となります。一方、CTやMRIなどの追加画像検査は、診断の不確実性や腹腔内病変への懸念などを踏まえて検討します。
腹腔内疾患が疑われる場合には、疼痛部位、妊娠の可能性、全身状態、疑う疾患に応じた検査計画が必要です。急性腹痛のレビューでは、右上腹部痛には超音波検査が重視され、腹部全体や一部の下腹部痛などではCTが選択されることがあります。ただし、実際の検査は患者背景や施設の診療体制を含めて決定します。「筋肉の痛みらしいので画像は不要」とも、「脇腹が痛いので全員CT」とも一律に判断しません。
血液検査では、病態に応じて血算、CRP、腎機能、電解質、肝胆道系酵素、リパーゼなどを検討します。泌尿器疾患が疑われる場合には尿検査が、妊娠の可能性がある急性腹痛では妊娠検査が診断に関係します。白血球数やCRPだけで虫垂炎を確定・除外することはできず、血尿がないことだけで尿路結石を否定することもできません。検査結果は、診察前に想定した病態と照らし合わせて解釈します。
限局した慢性腹壁痛で神経絞扼が疑われる場合には、局所麻酔薬による診断的注射が診断と治療に用いられることがあります。腹壁痛のレビューでは、注射後に疼痛が50%以上改善することが診断を支持する目安として示されています。ただし、これは腹斜筋損傷を判定する方法ではありません。注射には適切な患者選択、解剖学的理解、手技上の安全性が必要であり、超音波ガイドは針の位置確認と腹腔内への誤刺入回避に役立ちます。
冷却は筋損傷全般に対する疼痛軽減の選択肢ですが、腹斜筋損傷に特化した有効性の研究は限られています。そのため、冷却だけで治癒が早まると断言したり、温冷処置の切り替え時期をすべての患者に一律に適用したりする説明は避けます。腹壁痛全般についても、冷却、マッサージ、外用鎮痛薬などの有効性には十分な根拠がないとするレビューがあります。対症的な処置と、原因に対する治療を区別して説明することが大切です。
経過観察では、痛みが軽減しているかだけでなく、機能が回復しているか、新しい症状が出ていないかを確認します。痛みが悪化する、日常生活や仕事に大きな支障がある、発熱・悪心・嘔吐・めまいが加わる、腹部に腫瘤や膨隆を認める場合には、診断と対応の見直しが必要です。再診時には最初の「腹斜筋損傷」という仮説に固執せず、神経絞扼、ヘルニア、血腫、腹腔内疾患などを再検討します。
患者への説明では、現時点で筋損傷を考える理由と、まだ確定していない事項を分けて伝えます。「どの動作を控えるか」「どの症状が出たら予定を待たず受診するか」「何を確認して復帰を進めるか」を具体化すると、単なる安静指示よりも診療方針を共有しやすくなります。とくに激しい腹痛、失神、出血症状、全身状態の悪化については、通常の経過観察ではなく速やかな医療評価が必要であると明示します。本記事は医療従事者向けの情報整理であり、個々の患者の診断・処方・復帰判断を代替するものではありません。